憧れの場所
「毒の本を」
司書は片方の眉をちょいとあげてから立ち上がると、中央にある太い柱型の本棚に設置されたらせん階段を上りながらある場所で止まり本を三冊ほど抜き出した。
「これが、最新の毒に関する辞典のような本じゃな。こちらが即効性の毒の本。こちらが遅延性の毒の本。それから、これが解毒方法を記した本じゃ。個々の毒について知りたいのであればそれもそろっておる」
手渡された本の著者名を確認すると、ジュジュと書いてあった。
「これ、ジュジュさんが書いたんですか?」
ジュジュさんがふぉふぉふぉと老人のような笑い方をした。
「毎年たくさんの新しい本がこの図書館には運び込まれてくる。世界中から何千何万と。ワシはな、その中で必要がありそうな本を読み比べてまとめる作業をしておるのじゃ。なかなか楽しいもんじゃぞ?」
なんと! それは楽しそう! 同じ物語でさえ国が違えば翻訳の過程や国が常識とする背景の違いで違ってくるんだもの。それらを比較するなんて!
「時代によって毒だとされるものが増えていくのも面白いぞ。ここ十年の間に新しく毒として認知されたものは、おしろいじゃな。化粧を毒と知らず使用を続けて死に至るとは、何とも恐ろしいもんじゃて」
犀衣様もそれなのでは? だったら、事故じゃないの?
「それにしても何か事件があったのかの? 毒の本を昨晩も見せてほしいと頼まれたばかりじゃ。おっと、この本は持ち出しは禁止じゃからの、中で読んでいくんじゃぞ」
「待って、昨晩ってもしかして仙捕吏長が見に来たの?」
「うーん、仙捕吏長もいたかのぉ。かなりの人数でやってきて、片っ端から毒の本を読み漁って帰っていったぞい?」
そりゃ、そうか。仙捕吏だって調べるよね。
犯人を捜すだけが仕事じゃない。死因を調べるのだって……。何の毒が使われたか調べるのだって、仙捕吏の仕事だ。私一人が改めて調べたって新しい発見があるわけないか。
「鈴華様、あのぉ、私は、何の本を読めばいいですか? えーっと、豆味噌、ワカメ、ネギ、ごはん、マグロ……」
楓の言葉にハッとする。
「ジュジュさん、仙捕吏たちは毒の本以外を調べてましたか?」
「いや」
まだ、調べられていないことがある。私にもできることが残っている!
「毒以外で外傷なく人を死に至らしめることに関する本ってありますか?」
「ふむ、驚きすぎて心臓が止まると言うのを読んだことがあるぞえ。あとは急に寒いところへ出たときとかの。心臓が弱っておるとそういうことも起きるようじゃ」
確かにそれは聞いたことがある。けれど、犀衣様が心臓が弱かったなんて話があればすでに調べられてるだろう。
「他にはのぉ、そうじゃそうじゃ、食べると危険なものがあると言うのも見たことがあるのぉ。赤ん坊にはちみつを与えてはならんというものじゃった。あとフグという魚」
魚?
「ジュジュさん、今から楓が言う食べ物に危険なものはありますか?」
もう一度楓に覚えた料理長のメモを読み上げてもらう。
豆味噌、ワカメ、ネギ、ごはん、マグロ、ワイン、サバの干物……。
「うむ、そうじゃなぁ、酒は体質に合わないと中毒で死ぬ。飲みすぎると内臓を悪くして死ぬ。安酒には毒物にもなるものが混ざっていて飲むと死ぬ。塩もそうじゃな。過剰摂取で体を悪くして死ぬ。逆に全く取らなければ死ぬ。のどが渇いたからと言って海の水を飲むと死ぬ」
犀衣様は酒は大丈夫だ。塩も過剰摂取の可能性も少なそう。安酒が出るわけがない。海水を飲む必要もない。
「マグロのトロに近い油の乗った魚にアブラボウズという魚がおるんじゃが、うまいがお腹を壊し大量に食べれば最悪死ぬ」
お腹を壊していた様子もないからそれも違う。
「乾燥したワカメをたくさん食べてから水分を取るとおなかの中でワカメが膨れ上がり」
調理したワカメだからそれもない。
っていうか、どの食べ物も体質に合わない人が食べれば危険があるし、食べ方を間違えたり過剰に口にすると危険だということが分かった。
「ふむ、他に聞きたいことがあればいつでも声をかけるのじゃ」
ジュジュさんは司書の仕事に戻り、私と楓は、読書用スペースの椅子に座った。