仙皇帝宮へ
「そういえば、私が訪ねたときにいつのも者が休みだと言っていたわね。色の悪いワインを出すなと叱られていたのは、あなたね?」
「はい。あの日のことは仙捕吏長様にも何度も尋ねられました。私は休んだ者から頼まれていた通りに、棚の左端から順にワインを出していただけで……毒なんて入れていませんっ!」
首をかしげる。
「順に? でも色が悪いと言われたあと、綺麗な色のワインを出してくれたでしょう? 探して交換してくれたんじゃないの?」
侍女が首を横に振った。
「いえ、お酒の専門家がいつもしていた、色をよくする方法をまねてお出ししました」
ああ、本で読んだことがある。泡立てないように注ぐ方法だとか、沈殿物が混ざらないように静かに注ぐ方法だとか、お酒にかぎらず飲み物によって注ぎ方一つで色や味が変わるんだよね。
「なるほど。いつも通りに酒を持ってきただけで特別なものは出していないのね? つまみは?」
料理人がまたメモを見ながら答えてくれる。
「一つ目が焼き魚……サバの干物、塩気が強めのものです。お酒が進むと味覚が鈍くなり味があまり分からなくなりますので、味が薄いものに変えていきます。塩分を控えた物で、噛み応えや食感に変化があるものに。あの日は、鹿の干し肉、茹でた豆の後はナッツの盛り合わせピーナッツ、それから最後にあげた芋を出しています」
「特別凝った料理は出さないのね?」
料理人がうなづいた。
「はい。手で気軽に食べられる物がよいと犀衣様が仰っていましたので、ほとんど同じようなものを毎日出しておりました」
なるほど。
「楓、メモを見せてもらって」
二秒見て、記憶してもらう。
「ありがとう。行こう、楓!」
聞きたいことは聞けたので、紫の宮から仙皇帝宮に向かう。
仙皇帝の婚約者になったけれど本当に入れるのかな? と、思ったら扉を叩いたら自然と開き中に入ることができた。
「うわ、何? 防犯大丈夫? 結界とか不思議な力が働いてるの?」
仙皇帝の婚約者になったから通れるようになったってことだよね? 仕組みか気になる。
「ねぇ、地下図書館はどこ? 案内して!」
仙皇帝宮の内側に立っていた門番に声をかける。
「ん? 新しい宦官か? 図書館ってことは鈴華姫のお使い?」
私がその鈴華姫ですけど。説明もめんどくさいので適当にうんうんと頷いて案内してもらう。
廊下を三度曲がり、地下へと続く長い階段を下りると、一つの扉があった。
両開きの巨大な扉。何かの本で読んだ地獄の門みたいな荘厳さだ。
ぶるりと震えるのは、武者震い。……ここが、世界中の本が集まる地下図書館。
「行くわよ、楓」
甲冑に身を包んだ人が二人立っていて、扉を開けてくれた。
一歩足を踏み入れると、紙やインクの匂いが全身を包む。
本に抱かれている……。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
地下だというのに、煌々と明かりがともされて視界に困ることはない。
人の背丈の五倍はあろうかという高い天井。ぐるりと囲われた壁には本がずらりと並んでいる。中央に天井まで届く柱のように突き出しているものも本棚だった。
どうやら、その中央の柱が仙皇帝宮を模したもの、そこを中心として八つの区画に別れていてそれぞれの国の本が収められているようだ。
圧倒されるほどの量の本に、ただただため息しか出ない。
中央の柱にはカウンターがあり司書がいた。置かれている名札にはジュジュと書いてある。
「何の本をお探しかな?」
見た目は三十代にしか見えないのに老人のようなしゃべり方でジュジュが口を開く。
「ははは、ワシはな、こう見えてもここに三百年もいるじじぃじゃ」
すごい! 図書館の仙人だ! と、感動している場合ではない。