正体
「これで婚約成立だ。苗子が証人だ」
唇が離すとレンジュが苗子に指をさす。
「はい、確かに。仙皇帝宮に入るために、臨時で鈴華様が婚約したことを私が証明しましょう」
苗子の言葉にレンジュが嫌そうな顔をする。
「おい、臨時とか、仮とか、そんなのはいらねぇよ。そのうち本当になるはずだからな!」
「どうでしょうね? というより、レンジュ、鈴華のあの目はいいんですか?」
あの目って何よ、苗子!
「今の花火って、レンジュとキスしたから出たの? 前とは何が違うの?ねぇ、もう一回キスしたらまた出る? 苗子とレンジュがキスしても出るの? それとも婚約者じゃないとだめなの? 気になる、ねぇ、レンジュ、いろいろ試したり」
わきゅわきゅと手を動かしてレンジュに近づくと、レンジュは苗子の後ろに身を隠した。いや、相変わらずでかい体は隠れてないけども。
「苗子、怖い、助けて」
「嫌ですよ……っていうか、明後日にはレンジュは仙皇帝に復帰するんですよね? まさかとは思いますが、補佐官の私も復帰させるつもりじゃないですよね?」
え?
「レンジュが仙皇帝に復帰?」
「ああ、俺、マオが仙皇帝になる前の仙皇帝だった。マオが急にあんなことになって新し仙皇帝の選定もできないからとりあえず俺が復帰することになった」
「は?マオが仙皇帝になる前の仙皇帝?」
どういうこと……?!
「マオが仙皇帝?」
レンジュがああと頷く。
「知らなかったか。……まぁ、そう言うことだ」
「……そして、レンジュが、その前の仙皇帝?」
びっくりして口をパクパクさせていると、ニヤッとレンジュが笑った。
「で、苗子は俺の補佐官というか、右腕。俺が仙皇帝としてやってこれたのは苗子がいてこそ」
苗子が嫌そうな顔をする。
「そういって、仕事を押し付けられて、私はどれだけ大変だったか……。またあの生活に戻れっていうんですか?」
驚きに口がふさがらない。
「レンジュって宦官でしょ? 宦官が仙皇帝になれるの? そりゃ独身を貫くのは分かる、大丈夫、私、レンジュが宦官だってばれないように完璧に仙皇帝の婚約者役演じて見せるから。それから、苗子は男装して官吏になった有能な女性ってことなのね? 大丈夫、その秘密も守り抜いて見せるからね? ああ、小説みたいだわ。女装した官吏が皇帝に見初められ……まてよ? そうなると、邪魔なのは婚約者の私ということに?」
と、物語のような事実に気が付いて心躍らせていると、苗子が頭を下げた。
「鈴華様、申し訳ございません、私は実は宦官です。騙そうと思ったわけではなく、後宮と仙皇帝宮を行き来する者が必要なため、どの宮にも配置されていまして……」
「え? 苗子、宦官なの? 良かったね~」
ほっとして声をかけると、苗子が頭をあげた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「その、宦官……つまり、元男でありながら、侍女を……その……良かったとは?」
「そりゃ、その……もし、本当に女だったら、流石にあまりにも絶壁すぎるでしょう? いくら胸が小さいにしてもあまりにも男みたいだと……もちろん気にしない人もいるけれど、苗子は気にしてたみたいだから……」
「は?」
苗子が胸に手を当てた。
「あはははっ、鈴華、お前すごいな。普通は身の回りの世話を宦官にされてたと知ったら恥ずかしがるか怒るかだろうに、そのどちらでもなく、苗子の心配が解消されたとよろこぶなんてな」
苗子が泣きそうな顔をしている。
「ありがとうございます鈴華様……」
「私、宦官でも苗子にずっと侍女をしてほしいの。だめ、かな?」
苗子がにやりと笑ってレンジュを見た。
「というわけで、私は鈴華様の侍女を続けるので、仙皇帝陛下の補佐官は別の者を探してくださいね」
「苗子、しゅき! 大好きっ!」
思わず苗子に抱き着く。
「は? 待て、苗子……! 鈴華もよく考えるんだ、仙皇帝妃にふさわしい教育といって特訓の毎日が待っているぞ?」
え? 特訓?
「えーっと、苗子?」
苗子が無表情に笑っている。
う、うう、何も言わせないという顔ですね。分かりました。
レンジュは苗子の顔を見て逃げるように天井裏に消えた。