婚約
「大丈夫か、鈴華?」
泣きはらした目の腫れはまだひいていない。ひどい顔をした私をレンジュが心配する。
レンジュだって、弟のマオが仙牢に入れられショックを受けているだろうに。
「レンジュ……私のわがままを聞いてくれる?」
レンジュが、私の手から大きな鈴を受け取った。
「ああ、もう二度目はないだろうからな……」
鈴をレンジュは回収した。もう、会えないとそう言われているのだろう。
「私……マオを助けたい。十年でも二十年でも何年かかったとしても」
「いや、それは……」
無理だと言う言葉をレンジュは飲み込んだ。
「無理だったとしても、私……仙牢を出たマオを、抱きしめてあげたい……」
気が付けばボロボロと涙が落ちる。
「マオにもう一度会って、ありがとうってお礼を言って、待ってたよって……また、いろいろな話をしようって、そう言いたい……」
ごくりとレンジュが唾を飲み込んだ。
「仙牢から出られるのは千年後だ」
千年?そんなに長い間、マオは牢に入れられるの?
「出るのを待つなど……千年の時はそう優しいものではない、退屈で気が狂いそうになる」
レンジュの言葉に首を横に振る。
「読みきれないほどの本があるんだから、退屈なんてしないわ!」
「はは、鈴華らしい……」
力ない声がレンジュから漏れ出る。
「私、初めてマオと会ったときに、何のために本を読むのかマオに聞かれたの。役に立たないのではないかって言われて。でもね、マオは私が本で読んだ知識を聞いて面白いって。私、その時に、マオを楽しませるのに本を読んだことが役に立ったってうれしくなって……」
レンジュが黙って私の話を聞いてくれている。
「だから、マオが仙牢を出てきたときに、たくさん楽しい話を聞かせてあげるの。その時のことを考えて本を読むわ。きっと、ただ本を読むよりも、読んだ本の話を聞かせてあげることを想像していれば、退屈なんてしていられない。千年なんてあっという間よ」
レンジュがくくっと喉の奥を鳴らした。
「マオのためのに本を読むのか! それはまた、とんでもねぇ口説き文句だな」
「そう、だから、お願い。レンジュ、私と結婚して!」
ぎゅっとレンジュの手を握り締める。
「はぁ? なんで、俺をここで口説く?」
「だって、仙皇帝宮に行きたければ俺と結婚したらいいって言ってたでしょ? 私が仙皇帝宮に行くためにはこれしか方法がないんだからっ!」
レンジュが肩を落とした。
「千年後のマオに死ぬほど恨まれるじゃねぇかよ……」
「え? 何? だめなの? そこを何とか! どうしても仙皇帝宮に行きたいの! 他に方法がわからないし、それに私、明後日には後宮にさえいられなくなっちゃうから、早く結婚しよう? だめ? だめなら他に誰と結婚したら仙皇帝宮に行ける? 仙捕吏とかは?」
レンジュがぐっと私の肩に手をまわした。
「馬鹿が。据え膳を誰かに譲るわけねぇだろ。よし、結婚……いや、とりあえず婚約だ。いいな、立会人は苗子やれ」
え? いいの? よろこんで顔をあげると、レンジュの顔が目の前にある。
レンジュの唇が、私の唇に触れ……え? ええええ? ほっぺとかじゃなくて、キス、接吻だよ! いや違う、これ、口吸いだ! 口と口を合わせることから、隠語で「呂」っていうんだって本に書いてあった。呂国の姫が呂……って、脳内でわけが分からなくなっていると、パチパチパチっと線香花火のような火花が周りに飛び散る。