藤国
「恐れながら犀衣姫様、本日は担当者が休みで……」
犀衣……という名前なのね。犀衣様か。
「別の者じゃできないの?」
犀衣様の言葉に、少々お待ちくださいと、侍女が再び足早に建物の中に駆け込んだ。
「ごめんなさいねぇ。すぐに用意させるから。ふふふ」
スカーレット様が犀衣様が再び手にしたグラスに視線を向ける。
「それは、お酒ですか?」
スカーレット様の問いに、犀衣様がグラスを揺らしながら口を開いた。
「そうよぉ。ワイン。知らない?葡萄からできるのよ」
犀衣様の言葉に、昔読んだ本を思い出す。
「知っています。藤国は、葡萄栽培が盛んだということですよね。その葡萄から作られるお酒をワインと呼ぶんですよね。葡萄の種類によって、香りや味も様々で、寝かせる年数によっても、風味が全然違ったものになると本に書いてありました!」
「そう。ふふふ、特に出来の良い年に作られたワインは高いのよぉ。でも、後宮にいる限り、いついつに作られたワインが欲しいと言えば高いワインだって飲み放題。うふふ、なんて素敵なのかしら。そう思わない?」
同意を求める言葉だけれど、返答に困る。
「お待たせいたしました」
侍女が新しく持ってきたワインをグラスに注ぐ。
「そう、これよこれ。この、美しい紫こそ、藤国のワインの色。ほら、綺麗でしょう?」
犀衣様が持ち上げ光にかざしたワインの色は、確かに先ほどのものと色の鮮やかさが違う。
キラキラ宝石のような美しい色のワインだ。
「さぁ、どうぞ」
犀衣様に差し出されたグラス。
「申し訳ございません、せっかくですが、私はお酒には弱くて。一口で倒れてしまいますの」
スカーレット様が申し訳なさそうに首を傾げた。
「あの、私も、お酒は飲むなと陛下に言われておりまして……」
弱い上に、酒乱らしい。記憶が飛ぶタイプで、何をどうしたのか全く覚えていないんだけど。酒は二度と飲むなと言われました。
うーん。何をしたんだろうか……。
「あら?二人ともお酒が飲めないの?それは、残念ねぇ……人生の半分は損してるわよぉ。いいえ、もっとかしらね?」
うふふと笑いながら犀衣様がグラスに残ったワインを飲み干す。
「私なんか、もう、これのためだけにここにいるようなものよ?」
ここって後宮のことだよね。
「国に帰ったら、飲み過ぎだのなんだの、自由にお酒も飲めないんですもの。ここは天国みたいなところよ。うふふ。もうずぅーっとここに住みたいわ。仙皇帝妃が決まらなければいいのに」
へ?
「仙皇帝妃が決まらない方がいいんですか?」
犀衣様が妃になったら、私を侍女として連れて行ってもらう的なストーリーは……なし?
「あらぁ、だって、妃が決まるまでは、後宮にいられるのよね?ほしいものはいえば何でももらえるし、うるさい人は周りにいないし、今更窮屈な国になんて帰りたくないわよ。どうせ、適当な貴族のところへ嫁がされて人生終わっちゃうんだものぉ」