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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第四十五話 終焉の後で(Ⅱ)

 *

 

 フォーマの情報提供を受けたシエイエスは、腹心らと早速協議し今後の行動と――人員に関して決定を行った。


 レエティエムは、ヌイーゼン山脈へ向かう調査部隊と、ハルマーの守備隊に再編成する。

 調査部隊の構成は、事前の情報とダルダネスでの苦い戦果を受け万全の体制で臨む。

 シエイエスが継続し指揮を取り、ネメアとヘレスネルがその脇を固める。

 戦闘指揮はシェリーディアの他、ハルマーよりルーミス、ラウニィー、サッドを呼び寄せて万全を期す。

 戦闘員としてはアキナス、フォーグウェン兄弟、レイザスターは継続同行。またハルマーからレジーナとガレンス師も呼び寄せ、不足していた魔導士と法力使いを補う。そのほかムウルの妹イシュタムも召喚する。そしてアシュヴィンら4人は帰還を促されたもののシエイエスに食い下がり、どうにか同行を認めさせたのだった。これだけの遺恨を残し、モーロックの仇ともなった敵を放っておくことなどできない。

 一方、モーロックの死でショックを受けたメリュジーヌ、負傷の後遺症が残るムウル、そして自ら帰還を申し出たロザリオンは弟弟子ヨシュアを伴って、ハルマーに戻る。ジャーヴァルスとオリガー司教を司令官とした守備隊に配属されることとなったのである。少なくとも領土を接するダルダネスからの脅威がない現状、守備隊を薄くしても問題は少なく、攻撃の層を厚くする必要があるという判断にてこの陣容となったのだ。


 ただ一つ――攻守両方にて残る、懸念。それは未だに目立った動向を見せぬ、「裏切者」。

 レエティエムを妨害、陥れる目的を持つ、“新生ハーミア”の密偵についてだった。

 誰も口には出さないが図らずも、元サタナエル屍鬼としてその容疑者の一人であったモーロックの死で、彼が全くの潔白であることが証明された。彼は惜しまれるべき正しき人物であった。

 では、一体誰が――? その不安を常に抱えつつの行軍となることは、覚悟せねばならないのだった。



 *


 公表を受け、アシュヴィンは一人の女性と話をするべくその姿を探していた。

 後を託すノスティラスの同胞にこれまでの情報と、今後の戦闘についての対策を授けている所と聞いたその人は、ようやく見つかった。

 打合せが行われたという庁舎の脇で、魔工師レイザスターと話すその人の姿が。


「ロザリオン様」


 話しかけられた相手がアシュヴィンと気づいたロザリオンは表情をパッと明るくさせ、彼の呼びかけに応えた。


「アシュヴィン。どうしたんだ? 私に何か用か?」


 その様子を見たレイザスターはニヤニヤと笑い、一つ口笛を吹きながら云った。


「何か用だって? 男が美人を探す用は、一つに決まってるだろう。

お前もそれを期待してるんだろ、坊ちゃんに? 妬けるねえ、全く。だがこんな綺麗な美少年君が好みだったんなら、オレじゃあ方向性が違い過ぎて無理なのも分かるし諦めが付くってもんだよな。

じゃあな、坊ちゃん。オレは大人しく引っ込むが、この純情ちゃんのこと、後はよろしく頼んだぜ?」


 気障に手を振りながら去っていくレイザスターの背に、可笑しいぐらいに貌を真っ赤に染めたロザリオンが完全に動転して叫ぶ。


「バッ……バカ……バカ!!! な、何を云って……そんな……私のこと……彼の前でそ、そんな風に云って!!!

あ、アシュヴィン? い、今あいつが云ったことは……いや、私は決して……勘違いしてお前のことをあいつにそんな風に云ったりはしてなくて……!」


 相変わらず彼自身のことが好きなロザリオンの不器用な純情ぶりに、やや貌を赤らめたアシュヴィン。だが居ずまいを正し、ロザリオンの貌をまっすぐに見て云った。


「ロザリオン様。ハルマーへの帰還を申し出たと聞きました。

どうしてですか? ロザリオン様は戦いの中で剣術の高みを極められました。今後、レエティエムが未知の危険な北に踏み出すなら絶対に必要な強さを持った方だと思います。僕はまだロザリオン様と共に戦いたかった。できたら理由を聞かせて頂けたらと思って」


 ロザリオンは思いがけない言葉を聞いて、嬉しさに目を潤ませた。そして彼を見返し云った。


「私はな……。このダルダネスの戦いで、本当に色々なことを知り、挫折し、そして成長してきた。

確かにお前の云う通り、強くなったかもしれない。心も入れ替わったかもしれない。ダフネお師匠の理想を体現しつつもあるのかもしれない。

だがそれは、あまりに急激でもあった。このまま訳も分からず戦いに身を投じ続けるより、一度落ち着いて『心』を整えたい。己の未熟さとも向き合い、強さを本当に己のものにしたい。そう思ったんだ」


「……」


「モーロックも、一緒に戦っていたのに……死なせてしまった。彼は私の心を、褒めてくれた人だった。私にだって、何かができたのかもしれない。そう思ってしまうんだ。

友人になったメリュジーヌにも、相談した。聞いて彼女も、私の背中を押してくれてな。一緒にあんたが帰ってくれるなら、あたしも嬉しいし励みになる。そう云ってくれて、決心がついたんだ」


「ロザリオン様……」


「お前を護ると誓いを立てた私だが、それはもうきっと、必要ない。お前もあれだけ、強くなったのだから。

だから私は、恥じない自分となって、今度は――。お前と真の意味で並び立って戦えるようになりたい。そう、思うんだ。

それが、私が帰る、理由だ」


 それを聞いたアシュヴィンは――そっと、手を差し出した。そして語りかけた。


「よく分かりました。僕も――あなたの事を応援します、ロザリオン様。

そして是非、また共に戦わせてください。僕はあなたが戦場に帰ってくるのを――心待ちに、していますから」


 ロザリオンは笑顔でアシュヴィンの手を握り返し、固く握手した。そこには、短いながらも生死をかけた戦場を共に駆けた者同士の、真の友情と互いへの敬意があった。




 

 その様子を――。

 建物の影から覗き見ている、影があった。


 エイツェルだった。

 彼女はアシュヴィンのそわそわした動向が気になり、そっと後をつけて来ていたのだ。


 アシュヴィンは、エルスリードに対して程かは分からないが、間違いなくロザリオンを女性として強く意識している。そしてロザリオンは、疑いようもなくアシュヴィンに恋愛感情を抱いている。

 そんな二人が多分今この瞬間、地上の他のどの異性よりも心を通わせ合っているのだ。


 嫉妬の炎が、エイツェルの胸を焦がした。

 幼馴染のエルスリードはともかく、今度は知り合ったばかりの、歳の離れた女と――。

 自分はずっとずっと前から、誰よりアシュヴィンの事が、大好きでたまらないのに。

 尽くしてきた積りだが、伝わらないのか。自分が「好き」と云わなければ。

 だがエイツェルは恐れてきた。アシュヴィンが少しも自分の事を好きでなかったなら。それを云ったことによって、万が一距離が開いて彼の側に居られなくなったりしたら。何があってもそれだけはどうしても、嫌だった。


 やり場のない、嫉妬。

 エイツェルは身を震わせ、涙ぐんだ。


「……うっ……ううう……」


 そして口を押さえ、そっとその場を走り去ってしまったのだった。

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