第四十三話 悔恨と前進
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一方、主を失ったアルセウス城内。
己の血破孔解放によって再生を遂げつつ、自己再生中のメリュジーヌの治療を行うシエイエス。駆け付けたシェリーディアの助けで部下のもとに辿り着いていた彼は、もう間もなく足先までの再生を終え全身の復元を終えられるところだった。一方のメリュジーヌは身体の欠損がなかったこともあり、今完全に全身の復元を終えた。
だがメリュジーヌの最大のダメージは――身体に対してのものではなかった。身体は戦闘前よりも回復しているはずだが、彼女は足を横に投げ出して身体を折り、一向に立ち上がることも口を開くこともしようとしなかった。
長年主従としてともにあった彼女の心を、理解できぬはずもないシエイエスとシェリーディア。
まずは苦渋の表情でシエイエスが口を開く。
「メリュジーヌ……。モーロックのこと、すまない。本当に……。俺の完全なる失策、力不足だ。
この責任はこの先どのようにしても、果たすつもりだ。
俺も彼のことは――弟のように――家族同然に、思ってきた。16年間ともにあった彼を失ったことは……本当に……」
言葉を継げず詰まらせたシエイエスの後を受けるように、シェリーディアが口を開く。
「さっきも云ったが――アタシがもう少し早く駆け付けてれば、あいつは死ぬことはなかった。
アンタの悲しみに報いるため、アタシは――」
「やめて……もらえますか……。
もう……そーゆーの…………」
細く、低く、そして限りなく痛々しい声色で、発された声。
それを聞いたシェリーディアは、ハッと口を閉じた。そして次の言葉を辛抱強く待つ。
「あたしがモーリィのことで……尊敬するお二人のこと……悪く思うわけ、ないじゃないですか……。
むなしい……だけですよ……。何云ったって、モーリィはもう、帰ってこないんですから……」
「……」
「シエイエス様……おぼえてますか?
モーリィは、元サタナエル“屍鬼”だった。13のときまで……自分中心に世界が回ってるって教えられてきた……狂信者だった。
サタナエル滅亡で……ラクシャスとあいつだけが生き残ったとき、幽閉されてた二人を、殺すべきだって……意見が大勢だったんですよね……?」
「……ああ……。ああ、覚えてるとも……」
「レエテ様はもちろん絶対反対の立場だったけど……そのとき誰よりもモーリィたちをかばい、熱く、誰もが納得する言葉で、弁護してくれたのが……シエイエス様だったって。だからおれはシエイエス様のためなら死ねるんじゃ、そう、云ってました……」
「……」
「シェリーディア様……あたしにとっての命の恩人は……あなたです。
あなたみたいになりたいって………ずっとずっと思ってきた。けどどんなに頑張っても、追いつけない。その事に同じくらい長い間ずっと、悩んできた………。
けど諦めようと思うたび、モーリィが側であたしのこと、励ましてくれた……。おまえは最高じゃ、おれにとってはおまえが……大陸で最強の、最高の力と心をもった魔導戦士じゃ、そのおまえだけをおれが見とること忘れるな……。無口なくせに、そんなときだけは………一晩でもずっとあたしの側で、しゃべってくれてた……」
「……」
「出航の前から……お互い死ぬ覚悟は当然してました。モーリィから……もう『寿命』が迫ったおれと別れろって説得もその前から……されてました。あたしはもちろん、断った。あたしにしたって……もう4年もない寿命。二人とも寿命を克服できるなんて……薄い望みにすがるより……戦いに生き短く楽しく二人で生きよう。そう決めて、結婚もしない子供もつくらないって決断した。
できれば、モーリィにまだ生きてほしかった……あたしが死ぬか、最悪二人とも死ぬかの方がよかった……。けど……もう整理は、ついてるんです……。あたしは……もう大丈夫です。
レエティエムの一員として、気脈の乱れを断ち、一族の寿命克服の手段を探る……これからも今までどおり戦いますから。大丈夫です……」
「無理、しないでいい……。
メリュジーヌ。かわいい子。今は他の奴らも、アシュたちも、いない。
アタシたちだけだ。だから……いいんだよ。思いっきり、泣いて……」
メリュジーヌは、すがるような表情でハッとして、シェリーディアの貌を見上げた。
そこには――慈愛に満ちた表情が、あった。自分が姉のように、あるいは母のように慕う、尊敬する女性の貌が。
もう――。
耐えきることは、できなかった。
悲しみの衝動が、涙が――抑えようもなく、身体の奥から爆発的にあふれてくる。
メリュジーヌはシェリーディアの胸の中に突っ伏し、声を上げて泣きじゃくった。
「うううう、ああああああああああ!!!!!
あああああああああーー!!! ああああああああーー!!!
モーリィ!!!!! ああああああああああああああああ!!!!!」
そしてさらに、その二人を抱きすくめるシエイエス。
彼とシェリーディアの脳内では――。
喪った悲しみの共有。そして寿命の迫ったサタナエル一族にこれほどの葛藤を強いてしまっている現実。その解決に向けた、改めての決意。
それら多くの思いが、洪水のごとく渦を巻いていたのだった――。