第四十二話 皇国の将ら
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戦果のない、勝利。取り逃がした敵を見送ったアシュヴィンとロザリオンは、城内の仲間のフォローに向かったシェリーディアと別れ、レミオンらの救援に向かった。
ホワイトドラゴン・ディーネが現れたことは、すなわち彼らが突破されたことを意味し、安否確認は急務であった。
戦闘の爪跡が残る市街地を駆けてしばらくし、彼らの姿は見つかった。
レミオンとエイツェルは、おそらく彼らが護ったであろうエルスリードに看られながら地面に横たわっていた。二人はいずれも――激しく負傷していた。
エイツェルは外傷のほか左脚を吹き飛ばされていた。レミオンは右半身が同じく吹き飛ぶほどに損傷し、まだ血も乾いていなかった。
「エイツェル!!! レミオン!!! 大丈夫か!?」
アシュヴィンが駆け寄ると、涙目のエルスリードが彼を見上げて代わりに答えた。
「アシュヴィン……ごめんなさい。私達……ホワイトドラゴンを止められなかった。
シェリーディア様の姿を見た瞬間、あいつは焦って鬼気迫る強さで私達を突破しようとした。レミオンは私に危ないからどいていろって……エイツェルも死を覚悟して必死にあいつを止めにいって……二人とも、こんなひどいケガを……」
そこへ、レミオンが苦し気な声を上げて答えた。彼は気を失ったエイツェルと違い、意識が明瞭だった。
「……エルスリード……泣くんじゃねえ……よ。大したことねえから……。
アシュヴィン……あの野郎……やべえぜ。姉貴を護るんだか……何だか知らねえが……急に本気出しやがって……強すぎてどうしようもなかった……。まだ血が強化されてる俺はまだしも……姉ちゃんにまた痛い思い……させちまった」
アシュヴィンはレミオンとエイツェルの手をかがんで握りながら、云った。
「気に病まないでいい……僕も、それに母さんもミスをして……彼女やアルケーを取り逃がしてしまったからね。もしかしたら、カラミティウルフも。そんなことよりも、君たちが生きてて本当に良かった。僕にはそれだけで十分過ぎる」
その様子を見守っていたロザリオンが突如、腰を落として柄に手をかけたのを見たエルスリードの貌色が変わった。
「――ロザリオン様!? 敵ですか!?」
ロザリオンがそれに答える間もなく、危機は襲い掛かっていた。
建物の上空から襲い掛かる、リザードグライド20体以上。それに騎乗する赤鎧の騎士。その姿と、むき出しの腕から伸びる結晶触手が彼らの正体を物語っていた。
「“ケルビム”兵士……。勝った場合は掃討、現況においては主を逃がす駒として、配置された輩か……」
冷静そのものの様子でつぶやくロザリオン。多少骨は折れるが、今は自分一人であってもこの敵を殲滅しきる自信がある。“氣刃”を発する構えに入ったロザリオンであったものの――突如、「きわめて覚えのある」魔力を感じ、はっと空を見上げた。
その視線の先で――5体のリザードグライドと兵士が、突如現れた蒼い光の掃射によって消し墨のように焦げた身体を屋根の上に散らしていく様が展開された。
“光魔導”。それも並外れた熱量と束の太さを実現しうる、ロザリオンがよく知る「2人組」の魔導士。彼らにしか、この技はなしえないことも知っていた。
“双星”の異名を取り、今や師であるミナァン・ラックスタルドを凌ぐ実力を誇る美形双生児。シェリーディアに従軍していた彼らこそ――。
「お前たちか……。ミネルバトン、フォリナー」
ロザリオンの目は、屋根の上の二人の男性の姿をとらえていた。赤と黒を基調とした洒落たローブ、女性と見まがうほどに華奢で、柔らかに風に舞う肩までの栗色の髪。鏡像のように等しい絶世の美貌――。恵まれた容姿を持つ二人は、対照的な表情と言葉でロザリオンに答えた。
「やー!! 元気してた、ロザリオン卿!? 僕らが来たからにはさー、もう安心していーよ! ヘンリ=ドルマン陛下が来てくれたってぐらいの大船に乗った気持ちでねー!!」
「兄さん……冗談でも陛下に並ぶ、などと大それた事云わないでよ。ロザリオン卿、遅くなりました。シェリーディア様には置いていかれましたが、僕らも戦に間に合いましたよ」
軽口をたたく兄ミネルバトン、堅苦しい弟フォリナーのフォーグウェン兄弟。彼らの姿を認識した敵が一斉に方向転換し襲い掛かってくる。
先行する4体のリザードグライドであったが――。突如側面より現れた、エネルギー塊でできた無数の剣に斬り刻まれ――。兵士ともどもバラバラになった肉塊を屋根に撒いていった。
エネルギー塊を放出した戦闘者は――兄弟がいる向かいの建物の屋上に居た。
身長は185cmほど。鋼のように屈強な肉体を、あらゆる道具武装が巻き付いたボディスーツ、そしてジャケットで覆っている。短く刈られた茶髪の下は精悍な造りの中々な美男であるが、表情には極めて軽薄な雰囲気が漂っている。彼の両腕には、白銀に輝く砲身を備えた長大な魔工具が装備されており、エネルギー塊はここから放出されていると見えた。
「――おおい! 油断するなよ、ヤサ男ども!
ロザリオン! ケガはないなあ!? このオレという良い男を振っておいて、オレの知らないとこで勝手に死ぬのは許さないぜ!? シェリーディア様の坊ちゃんも無事なようで良かったよ!」
「ぐっ……レ、レイザスターか……」
云い放って跳躍し、さらに敵を撃墜せんと向かっていく男。“魔工匠”イセベルグ・デューラーの一番弟子にして魔工師レイザスター・ブライアムは、隠れ男性恐怖症だったロザリオンが同郷の仲間の中で最も苦手とする相手であった。
ロザリオンはしかし、彼ら3人の参戦を知るや否や、完全に構えを解いた。襲い掛かる敵と嬉々として交戦する仲間を見上げるロザリオンの背中から、突如女性の澄んだ声がかかった。
「信頼しておいでなのですね、ノスティラス皇国同胞の彼らの事を。まあそれに関してはワタシもアナタと同感です、ロザリオン様。これまでの戦、死線を越えし朋友として」
驚愕して振り向いたロザリオンの先で、いつの間にそこへ辿り着いたのか、法衣を来た眼鏡金髪の女性がレミオンとエイツェルのもとにしゃがみこんでいた。そしてその手から、強力無比な法力を流し込み始める。
「……ヘレスネルか。助力感謝する」
「サタナエル一族の再生力には及びませんが、治療はお任せあれ。このご両人の再生も、敵の掃討も速やかに終わらせます。道中話をお聞きしながら、シェリーディア様の背中を追わせてください」
ヘレスネル・ザンデ女史。自らを痛い目に合わせた、この苦手な部類に入る女性を見たレミオンは、言葉を返した。
「あんたに……助けられるたあな。取り敢えず礼は云っとくぜ……」
「アナタに何かあっては、シエイエス様に申し訳が立ちませんからね。今は黙って治療を受けといてください」
レミオンは笑って、ヘレスネルの手から送られる心地良い癒しの感触に身を任せたのだった。