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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第四十一話 権天使アルケー(Ⅶ)~打壊を穿つ爆炎

 シェリーディアは云い放った後、無駄な間など一切見せることはなかった。 

 シエイエスやメリュジーヌに被害が及ばない方向に向けて瞬間移動で踏み込み、初撃を放っていた。


「赤影流断刃術“翼牙”!!!」


 水平に振りぬいた巨大クロスボウ“魔熱風(パズズ)”の刃から放出される、広範囲に薄く鋭利に広がる熱線。15mは離れた位置にいるシエイエスも、再生中の腕と脚に火傷のような熱さを感じるほどの熱量だ。熱線は障壁(バリエレ)へ激突するや否や、シエイエスの法力刃もなしえなかった――。「破壊」と「霧散」という事象をもたらしながら、ティセ=ファルを丸裸にしようと見る見る迫っていく。

 凄まじい勢いで自らの盾を破壊しにかかってくる、ハルメニア人の中でも群を抜いた最強の敵。それに対し、すでにすり抜けてくる熱量で腕に火傷を負い始めながら、ティセ=ファルは苦悶の表情で呻いた。


「ぐ――ううううううううう!!!

何という――何と!!! 活路を、見出さねば――。護りが耐えきれぬのならば――あえて

攻め込むノミ!!!」


 ティセ=ファルは防御を犠牲にし、打壊魔導の最大奥義を打ち込む覚悟を決めた。

 おそらく失神しかねない最大の激痛を伴うだろうが、耐えきるしかない。目の前の悪魔のように強い女に対し勝機を得るには。想像を超えた天の高みの実力をもつ敵であれ、むざむざ殺される訳にはいかない。


「“地獄門圧壊烈破(アレギリロディン)”!!!!」


 ティセ=ファルの突き出した両腕の付け根の胸の奥、眼球の裏、背中、恥骨、爪先までの下半身全体に、想像を絶する激痛が走る。彼女は眼球と歯茎から大量の血を流しつつも耐え抜いた。それの代償として放出された奥義は、言葉どおり地獄の門のごとき四角形の頑強な破壊エネルギーとしてシェリーディアに迫ってくる。強力な耐魔(レジスト)を有する魔導士が数十人かかろうと、その威力を全く弱めることなく地獄の門扉の中に圧縮、粉々にされ霧散する以外の道はない魔技。

 すでに床石は無残にも魔導の影響を受け、綺麗に50cmほどずつ広範囲に圧縮・消滅を始めている。魔導が届いていない筈の範囲外のアダマンタインの壁が共鳴し、脳を揺さぶる不協和音と恐ろしい振動を発生させる。まさに地獄絵図だ。


 しかし対するシェリーディアの表情には、一点の焦りも恐怖もなかった。

 レバーを構え極めて冷静に、狙いを定めたクロスボウのボルトを地獄門の四隅に打ち込む。獄炎を付加されたボルトは即座に門に穴を穿ち亀裂を発し、それを中央にまで達させる。

 見極めたシェリーディアはまず“魔熱風(パズズ)”の手元のロックを外し、亀裂中央に狙いを定める。そしてトリガーが引かれると、重クロスボウの本体はグリップからワイヤー1本で放出され、砲弾のごとく前方へ発射。刃にボルトとは比較にならない獄炎を付加された本体は、見事に門の中央に突き刺さった。そして一気に爆発を起こし、門を粉々に破壊した。

 そしてほぼ完全に障壁(バリエレ)をはぎとった状態で、シェリーディアは神速の手を腰に回し、小ぶりの洗練されたクロスボウを取り出した。親友の形見であり、地上最高の精度を誇る“匠弩(マスターギュス)”の狙いを定め、素早く「魔導を込めない」ボルトを打ち込む。

 ボルトは正確に――ティセ=ファルの右肩の腱を撃ち抜いた。


「あアア――!!」


 魔導発動時のそれでかき消されていた痛みよりも、無念の叫びをティセ=ファルは上げた。右腕が動かせなくなったということは、強力な技はほぼ封じられてしまったということ。アルケーとして“ケルビム”の幹部として君臨してきたティセ=ファルの、実質的な敗北だった。


 膝を折り、肩を押さえてうずくまるティセ=ファル。魔導解放も解除したようだ。

 そこへ靴音を響かせながら、超越者シェリーディアは近づき、彼女を見下ろした。


「てめえは確かに、強い。アルケー。うちの大陸最強の座にナユタって魔導士がいるが、たぶんてめえの魔力は何年か前のそいつと肩を並べられる位だ。

だがアタシは16年間、まだ成長し続けるそいつに打ち勝つ鍛錬を、弛まず続けてきた。現時点において、魔力もそうだが戦闘経験の積み重ねが違う。てめえを黙らせるのはアタシにとって訳ないってことだ」


 そしてティセ=ファルの胸倉を掴み上げ、苦し気な表情の彼女に向かってシェリーディアは云った。


「このままブチ殺してやりたいが――。あいにくアタシ達レエティエムの目的はてめえらと違って敵の殲滅じゃねえ。てめえが持つ情報が喉から手が出るほど欲しい。魔力が発動できねえよう厳重に対処させてもらって、拷問にかけさせてもらう」


「お主……それほどの強さを持ちながら……甘いな……シェリーディアとやら……。

わらわをここで殺さねば……後悔することになろうぞ……“虎児を見逃せば……やがて猛虎に背を襲われる”……。そのうえわらわは、北部の“ケルビム”幹部らに対する人質にも、なりえぬゆえにな……。

あの銀髪褐色一族の大男のような……犠牲をさらに出したくなければ、ここで殺すが、よい……わらワヲ」


 殺された仲間を引き合いに出したティセ=ファルの挑発に、シェリーディアの抑えに抑えていた怒りがわずかに理性を上回ってしまった。

 こめかみの血管を浮かせたシェリーディアは、彼女の怪力で殺さないようどうにか加減しつつもティセ=ファルの鳩尾を目一杯殴りつけた。


「ぐはっ!!! がはあアア!!!!」


 ティセ=ファルは血反吐を吐き散らしながら真後ろ方向へ10mほども吹き飛ばされた。苦しさと激痛で腹を押さえてのたうち回る彼女の視界近くで――。身も凍るような憎悪の視線を向けてくる相手の気配を感じ、はっと貌を上げた。



「……殺す……てめええ……殺して……やる……クソ(アマ)……!!!

よくも……あたしの……大事な人を……モーリィを……殺してくれたなあ……!!!!

同じように……肉片以下に……斬り刻んでやる……ううあああ!!!」


 

 メリュジーヌだった。まだ意識も視界も朦朧としているが、潰れた脳は再生してきている。動く腕を使って腹ばいで下半身を引きずりながら、呪詛を吐いてティセ=ファルに近づいてくる。もうその手には黒光りする結晶手が発現している。憎き仇への殺気が身体を破裂させそうなほど渦巻いているのが分かる。


「くっ……おのれ……この、よウナ……」


 ティセ=ファルは冷や汗を流しながら身体をひきずり、扉方面に逃げようとする。シェリーディアもこちらへ近づいてくる。激情にかられて敵を殺そうとする部下を止めはするだろうが、それでも自分の命が無事である保証はない。無事であっても、死と同義の捕縛拷問の道が待っている。


 だがその時ティセ=ファルは――彼女にしか感じられない程に抑えた微かな、ある一つの魔力を扉の外から感じ目を光らせた。


 そしてどうにか動かすことができた左手を背後にかざし、打壊魔導の圧縮を用いて自分の身体を一気に後方、扉方向へ移動させた。


 すると時を同じくして――凄まじい羽音と着陸音が響き、扉のすぐ外に、間口を覆い隠すような白結晶の巨体が姿を現したのだ。



「姉さん!!! ティセ姉さん!!! すぐに逃げるんだ!! ボクト一緒ニ!!!!」



 ティセ=ファルの妹、ホワイトドラゴン・ディーネであった。

 その胴にも翼にも本体にも、レミオンらとの激戦を物語る無数の傷がついていたが、飛行にまったく支障はないようだ。


「……!!!」


 ティセ=ファルは無言のまま、ディーネが伸ばす結晶触手に身をゆだねた。姉の身体を引き寄せ、しっかり自分に固定したディーネは間髪入れることなく上空に飛び上がった。


「待ちやがれ、てめええええええっ!!!!!」

「くっ!! 待つんだ、ディーネ!!!!」



 メリュジーヌの無念の絶叫に、城外の広場からこの様子を目撃したアシュヴィンの声が重なって聞こえる。だが彼やロザリオンの技では、高々と上空へ上がりきってしまった敵に追撃はかけられない。


 血相を変えたシェリーディアが魔熱風(パズズ)を構え外に躍り出る。そして飛び去ろうとする敵ドラゴンを撃墜しようと狙いを定める。だが――。


(ダメだ……あの(アマ)、市民がいる住宅街の上空を選んで飛んでいやがる。

撃墜するのは訳ねえが……あれじゃ市民の犠牲が避けられねえ……!!)


「アタシとしたことが、感情的に下手打った上に油断しちまった……すまねえ、シエイエス、メリュジーヌ……!!」


 悔しさを噛みしめながらクロスボウを降ろす、シェリーディア。

 それを背後から見守る、息子アシュヴィン。


 完全勝利で追いつめながらむざむざ取り逃がしてしまった難敵に対し、二人ともにやり場のない怒りをはらんだ視線を、送り続けるしかなかったのだった――。

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