第八話 戦女神の思い(Ⅱ)~凄惨なる継承の儀式
部屋に2つ並べられた、手術用の台。そのうち一つに、レミオンが横たわり気を失っていた。
傍らのルーミスの法力によって、精神安定の上眠らされたのだろう。おそらくは、麻酔の効果も付与されている。
周囲にはマルクと救護班の5人が、白衣白手袋の様相で取り囲んでいた。台の傍らには手術用メスやその他道具が並べられ、血や内臓を受ける容器もある。
ナユタはそっとレエテの遺体を空いた台に横たえると、シエイエスに向かってうなずいた。
「すまない。それでは――皆、開始するぞ!!!」
シエイエスの開始宣言とともに、核移植手術は始まった。
まず行わなければならないのは――。レエテとレミオンそれぞれの開胸手術、そしてレエテの核の取り出しだ。
レミオンの開胸手術は――。シェリーディアが行うようだ。胸を開いた程度でレミオンが死ぬことはまずないが、できるだけ出血も痛みも抑えてあげたい。元サタナエルの一員として暗殺術を極めた彼女は、人体の構造も知り尽くしている。精密な手付きで左胸にメスを入れ、胸を開くと――そこには緑色に煌々と光る心臓、サタナエル一族再生の源――核が鼓動を刻んでいた。
傍らでシエイエスも己の妻の左胸を切り開いていた。
もうさほど血が流れることもないが、丁寧に、丁寧に切り開いていく。
そして現れた核。レミオンのそれよりもどす黒く、鼓動も刻んでいなかったが光は失われていなかった。この光が失われてしまえば、捕食は不可能になる。もはや猶予はないのだ。
核に手をかけたシエイエスだったが、手がブルブルと震えた。
胸を開くのとは、訳が違う。これを体外に取り出すことはすなわち、「命をむしりとる」のと同義。
さっきまで生きていた愛しい妻の死に貌が、そこにある状態で。自分の前で、幾多の死線から彼女の身体を再生してきたその源を、本人の身体から、そう「むしらなければならない」。
赤の他人に任せれば、何の葛藤もないだろう。だがシエイエスは云った。「自分がやる」と。
わかってはいたが、恐るべき意志を必要とした。手が止まりかけた。
だがついに――。意を決したシエイエスは一気に核を、取り出した!
「――ハアッ、ハアッ!!! ハアア……クソ、クソおおおお……! どうして、こんな……!!!」
彼が涙を浮かべ、震えながら両手に取り出した核を見て、その場の仲間たちはたまらずに嗚咽をもらした。
「ううううううう!!! うう……ああああ!!!」
「レエテ……ああ……あああ」
「う……う……うううう!!」
無理もない。一緒に死線を超えてきた女性の、命そのもの。凄まじい戦歴そのもの。試練の人生そのものの魂が取り出されむき出しにされた。まるで二度目の死を与えられたかのように残酷な光景であったからだ。彼女のすべてを知る仲間にとって、胸が引き裂かれるような苦しみだった。
シエイエスはそのままどうにかレミオンの元まで歩き、開かれた胸にレエテの核を埋める。
そして血を吐くような声で、傍らの弟に声をかける。
「用意はいいか……ルーミス……!?」
「もちろんだ……兄さん!」
その声を合図に、シエイエスは一気にレエテの核をレミオンの核に接触させ、即座に胸の開かれた肉を閉じた。
「今だ!!!!」
ルーミスは閉じられた傷に全力の法力をかける。彼にはおよばないが、シエイエス自身も渾身の法力を息子にかける。
凄まじい速さで閉じていく傷が塞がるのを待たずして――。激烈な「反応」は始まってしまった!
傷の隙間から強い緑の光が現れ、レミオンの目が急激に見開かれた。
「ううううあああああああああああああ!!!!! ぎいいいいいやあああああああああああ!!!!! ああああああああああああああああああああああ!!!!!」
身体中に血管を浮き上がらせ、レミオンは痙攣し極限の苦しみを見せる。
それは、麻酔などでは抑えようもない、直接脳を突き刺すような特異の痛覚、地獄であった。
これが――核の捕食。
サタナエル一族は再生能力の異常代謝によって、長くて30年という寿命しかない。早い者は20歳を過ぎたころから訪れる。
これを延長する手段として唯一発見された方法こそが、核の捕食なのだ。他者の核を自分の核に触れさせると自然に始まり、細胞を完全に取り込み己のものとする。相手の核は寿命が長い短いに左右はされない。細胞を取り込みさえすれば良いため、死んだ相手からでも何ら問題はない。延長寿命は個人差があるが、いずれにせよ30歳という上限を克服はできず、超えることはほぼできない。
ただし――条件があり、親子関係もしくは子宮を共有した双子の間だけに限られる。レエテも双子の兄ヴェールントから供給を受けた。
レエテは――。たった一人の息子を授かって以来ずっと、自分が死んだときにも命を授けたいと思っていたのだ。養子で血のつながらないエイツェルには出来ないことだったから。
当然ながら、この時に訪れる試練、極限の激痛のこともわかっていた。小さな子どもにそれを強いるのはあまりにも残酷であることは承知の上だったが、レエテはシエイエスに云った。
(大丈夫よ。レミオンは私より強い子。決して廃人になったり失敗したりはしないわ。信じて。実際に経験した私の言葉を。私は、それを乗り越え、レミオンに一日一秒でも長く生きてほしいの……。そして……死ぬ前に寿命克服の手段を見つけて、生き延びてほしいの。できうるならエイツェルも、一族の皆全員も。お願い、あなたにしか頼めないの。必ず、必ずそれを実現するって約束してシエル。私の、最後の思いを……聞き届けて……)
「ぐうううう……レエテ!!!! レエテエエエ!!!!!」
「ぎいいいいいやあああああああああああ!!!!! ああああああああああああああああああああああ!!!!!」
身体をのたうち回らせるレミオンの動きは、激しさを増す。ルーミス、シェリーディアの怪力でも押さえるのがやっとだ。
そこへ――突如上から押しつぶすような絶大な「力」が働き、レミオンの身体は強引に押さえられ動かなくなった。
はっと貌を上げたルーミスの見た先で――。妻ナユタが涙を流し震えながら手をかざし、“念動力”を発動していたのだった。
「すまない……すまない……レミオン」
苦しみ続けるシエイエスの見守る先で、10分以上白目を向くレミオン。徐々に痙攣が小さくなってきた後――今度は完全に、動かなくなった。
「――!!! マルク!!! 呼吸はどうだ!?」
待機していたマルクは確認し、報告する。
「ありません。完全に息が、止まっています、シエイエス様」
「――!!!」
ぐっと歯を食いしばるシエイエス。そう、レエテの捕食の時で経験済だ。彼女もまた、苦しみの後約1分、呼吸も鼓動も止まっていた。大丈夫だ。自分にいい聞かせてじっと堪え続けるシエイエス。
だが――1分を過ぎ、2分に達するころになってもまだ、生命反応が現れない。
シエイエスは顔面を青どころか白に変え、必死の形相でレミオンに呼びかけた。
「そんな、まさか――! 失敗、なのか!? 子供にはやはり――。そんなはずはない!!!
死ぬはずがない、起きろ、起きてくれ、レミオン!!!!」
シエイエスは錯乱し、レミオンの気道を確保して人口呼吸をしようとする。
ルーミスが叫ぶ。
「やめろ兄さん! 下手に頚椎を動かしちゃだめだ!」
「ダメだ、ダメだ!!! レエテが死に、レミオン、お前まで死んでしまったら――。俺はもう、生きていけないんだ!!!
愛してる! 愛してるんだ!!! 頼む、俺のもとに、帰ってきてくれ!! お願いだっ!!!!!」
その魂の叫びが響き渡った瞬間――。
レミオンの唇が、ピクリ、と動いた。
「――!!!」
次の瞬間には頬に赤みがさし、まぶたが痙攣を始め――。
ついには確実に、呼吸を復活させたのだ。
「レミオン!!! レミオン!!!!」
「よかった……本当によかったよ、シエイエス……。
成功だ。レエテの命は、魂は……しっかり受け継がれたんだよ、レミオンに……ううう」
ナユタの言葉を遠くに聞きながら、シエイエスはレミオンの頬をなで、そこに涙を落とし――。白銀の髪に頬ずりをして、愛する息子の身体をしっかりと抱きしめたのだった。
「レミオン……レミオン……!!」