第三十八話 権天使アルケー(Ⅳ)~狼と白竜
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アルセウス城前広場。
1000人以上を収容できる広大な円形石畳の場で、戦闘態勢を取る巨大狼とドラゴンの半人半獣たち。それに相対する、レエティエムの若き戦闘者たち。
城外へ展開すると同時に、アシュヴィンは腹の結晶を砕かれたディーネに必死に語りかける。
「ディーネ!! 君は姉さんを救い出したいんじゃなかったのか! どうしてティセ=ファルに手を貸す!?」
ディーネは哀しみに満ちた眼差しでアシュヴィンを見返し、答える。
「仕方、なかったんだ……。姉さんの“ドミニオン”への想いは、ボクの想像を遥かに超えていた。少なくとも今は、救えない。ならば……ボクは彼女を護るため戦うしかないんだ、アシュヴィン。
君らとは戦いたくない。けれど、仕方ないンダ……」
「そうかもしれないが、奴はもう君の本心を知ってしまった! 今は力を借りたいから利用しているだろうけど、敵がいなくなれば君だってどうなるかわからないだろう!?」
この場の指揮官となったロザリオンは、敵とアシュヴィンのやり取りを横目に見ながら全員に指示を下した。
「お前達!!! すぐにシエイエス様の策どおり動け!! 全力でこいつらを引き離し、それぞれの戦場へ!!!」
そして自らは気合一閃、鞘から抜き払った“神閃”を横なぎに振り――渾身の“断刃術 氣刃の参”を放った。
光る水平3mの刃は、標的である巨大狼に襲い掛かる。
「フィカシュー!! 貴殿からの借りを返す!! 行くぞ、アシュヴィン!!!」
アシュヴィンはディーネに対する思いを振り払うように、ロザリオンとともに巨大狼に立ち向かっていった。
そして――彼ら以外の少年少女も動いた。
まずはディーネに向かって全力で跳躍、凶相をもって最上段から斬りかかったのはレミオンだった。
「おおおおら、よそ見すんなよキレイな姉ちゃん!!! あんたの相手は俺らだ!!!」
哀しみの眼差しのまま、レミオンに向き直ったディーネ。パワーに満ちた敵の強襲を翼の刃で受ける。その表情が瞬時に変わり、すぐに向けた視線の先では、紅髪の少女が自分に向かって両手を突き出していた。
「受けなさい、怪物! “原子壊灼烈弾”!」
エルスリードの容赦ない絶対破壊魔導。レムゴール人にとって未知らしい不気味な魔導を見て、ディーネは緊迫の表情で弾くように巨体を跳躍させた。回避が間に合わなかった足の先端が魔導に飲み込まれて消滅し――。明らかに誘導を意図しての魔導の方向に呼応するように、ホワイトドラゴンの巨体は市街地へ移動していた。レミオン、エルスリード、そして内臓を再生途中のエイツェルの順にディーネを追い走っていく。
有利なアルセウス城を戦場にしようとする敵のうち、エグゼキューショナーを城外へ弾き出す。俊敏なカラミティウルフは迎撃による物理攻撃主体のモーロック、ロザリオン、アシュヴィンで広い場所を戦場に。自己要塞戦法のホワイトドラゴンは巨体を封じ全方位から攻撃できる市街地を戦場に、魔導を武器にするメリュジーヌ、エルスリード、サポート役としてエイツェルとレミオンを。適材適所に振ったうえで、アルケーの戦力が想定以上ならモーロックとメリュジーヌはシエイエスのサポートに徹し勝利後エグゼキューショナーへ。
これが、到着までにシエイエスが全員に伝えた策だったのだ。
フィカシューは、陽動目的の氣刃を容易にかわし、地上に降り立った。全長7mもの巨体でありながら、超常の身体能力で着地音が聞こえないことが、どこか現実感を喪失している。彼は三白眼を細め、不敵な笑みを若き敵2名に向けた。
「これは佳きかな。拙官にとっては願ってもない相手だ。貴殿らとの初対面の折の雪辱を晴らす機会に恵まれたことに、礼を云わねばならンナ」
これを受けたロザリオンが、言葉を返す。
「こちらも、雪辱を晴らしたい意味で同感だ。しかも今度は本気を出して頂けるようでありがたい。我々も全身全霊を以て勝たせてもらう!!」
構え、ブレードを鞘に納めるロザリオンの背後から――奇襲をかけるようにアシュヴィンが飛び出した。
双剣を交差に構え、“純戦闘種”の脚力をもって迫る圧力は、フィカシューの頬をピリピリと刺した。
「少年。貴様が攪乱役、ロザリオン将軍が止め役という訳か。やってみるが良かろう、その技がこのカラミティウルフに通用するものなラナ!!」
氷結魔導をまとわせた“蒼星剣”で下段から斬りかかるアシュヴィン。牙を伸ばした剣“牙撃”でそれを受ける、フィカシュー。氷結ダメージはフィカシューの体表を駆けめぐるが、彼の耐魔によって散らされてしまった。予期はしていたアシュヴィンは、利き手の左に握った狂公をもって上段から渾身の斬撃を浴びせる。
だが――余裕の対処で下段から浴びせられる前足に気づき、アシュヴィンは斬撃を中止し攻撃を防御に変じた。次の瞬間、狂公の上から暴虐的な力が加わるのを感じ、彼の身体は水平方向へ吹き飛ばされた。
敵の一人を排除したと同時に自身に忍び寄る死の気配を感じ取ったフィカシューは、前足を振り上げた勢いそのままに回転し回避体勢に移行した。その巨体の脇を、先ほどより巨大な垂直方向の光刃“氣刃の壱”がすりぬけていく。
さすがに、レエティエム最強の剣士であるムウルと互角に戦った、エグゼキューショナー最強の男。まともな攻撃でも相手にもされない。着地したフィカシューは、技の発動者ロザリオンに向けて云い放った。
「期待には違わぬ初撃だが、本気で相手するには物足りぬな。うまく分断したつもりだろうが、個々の戦力が歯が立たねば意味をなさぬ。拙官もここは早々と片付けさせてもらい、アルケーの元へ向カウ」
そして――後ろ足に力を凝縮したフィカシューは、一気に敵に跳躍した。標的ロザリオンとの、実寸の狼とネズミほどにすら見える圧倒的サイズの差。着地し次撃に移行しようとしていたアシュヴィンは思わず叫んだ。
「ロザリオン様っ!!!」
当のロザリオンはブレードを再度鞘に納めて目を閉じ――。静かな構えの中で微動だにしていなかった。
だが、フィカシューの爪撃が目前に迫った瞬間。
ロザリオンの両眼は突如見開かれ、やにわに下段から抜刀し、正面から巨体の頭部へ斬りつけた!
「――ナ――!!??」
その想定外の動作とトップスピードに、必死の形相で急所の頭部を回避するフィカシュー。しかし斬撃はその先の肩口を切り裂き、鮮血を噴かせた。
ロザリオンのブレードの軌跡はその場で留まることなく、むしろ回転を加え、その切っ先のスピードを増加させていく。また体捌きも、アシュヴィンの目にすら捉え切れないほどに速い。見る見るうちに彼女の容赦ない回転斬撃はフィカシューの身体の左側を切り刻み続けていく。
フィカシューの表情がさらに歪み、必死の退避行動を取ろうと身体をねじり始める。
「うっおおおおおおオオ!!!」
唸りを上げ着地するフィカシュー。これまでで初めての、重量感に満ちた足音と振動を響かせ、石畳には大量の血をまき散らせる。
ブレードを振りぬいた体勢のロザリオンは、横目で敵をにらみつつ、水平眼に構えなおしてゆっくりと向き直った。
「――虎影流断刃術“千裂連閃”。貴殿ほどの強敵に命中させたのは、初めてだ。
わが師、剣豪ダフネ・アラウネアは常々、云っていた。剣を究む源の八割は、心の力であると。
今の私はあの時とは、違う。己の未熟さ醜さと向き合い、心を研ぎ澄ませ、新たな境地に立った。そして――護るべき、大切な存在を得た。全てが『整い』、貴殿の太刀筋も――己の太刀筋も、戦の流れも、見えてきている。
我が“神閃”に込められた魂すべてを乗せ、私は貴殿に勝つ、フィカシュー・ガードナー!!!」