第三十六話 権天使アルケー(Ⅱ)~異界の攻防
シエイエスを除く7名は、自らの後退に加え、破壊球が生み出す衝撃波に吹き飛ばされた。
この想定された状況においてシエイエスが彼らに警告した事。それはこのアルセウス城の壁を構成する、アダマンタインに関してだった。
通常の石壁であれば衝撃で破壊され、鉄壁であれば変形する。いずれも戦闘者ならダメージを受けつつも凌げる障壁だが、最硬物質アダマンタインは違う。いかなる衝撃を受けても僅かにも歪むことすらなく、衝突物体に全てのエネルギーを返し容赦なく潰す。これを防ぐため、加速する自らの身体を防護するべく必死の対応を迫られたのだ。
アシュヴィンは、同じ剣士であるロザリオンと決めていた対処法を実行した。手にした双剣を逆立て、床に突き立てる。ここダルダネスの建築物は、壁がアダマンタインであっても路面や床はなじみやすく交換し易い石で構成されている。ここにオリハルコンの剣を突き立てブレーキとすることが、最も有効な防御手段だった。
「――止――まれ――えええ!!!」
左右両手の“狂公”、“蒼星剣”に渾身の力を籠めるも、吹き飛ばされ続けるアシュヴィン。効果が低いと見た彼は、剣に氷結魔導を発生、氷を破断させることで摩擦を増大させようとする。それは功を奏したが、衝撃を0にはできずに彼の身体を黒い壁に打ち付けた。
「ぐっ!!」
凄まじい、硬さだ。背中が当たった瞬間に、跳ね返る痛みがアシュヴィンを襲う。
周囲に目を走らせる。自分よりも深くブレードを突き刺すことができたロザリオンは、難を逃れ体勢を整えていた。メリュジーヌは耐魔の強力さからさほど吹き飛ばされず、モーロックとレミオンは不死身の肉体にものを云わせ衝撃を受け入れ激突していた。
エルスリードは、重力魔導を壁に反力としてぶつけ回避。エイツェルは――。
「ああああっ!!!」
父シエイエスの負傷に動揺し、受け身を取ることもできずに壁に激突した。内臓を損傷し大量の血を吐き、床にずり落ちていく。
「エイツェル!!」
アシュヴィンは血相を変えてエイツェルに駆け寄り、その身体を抱き上げる。エイツェルは貌を歪めつつもしっかりとアシュヴィンを見つめ返し、答えた。
「あ――ありがと、アシュヴィン――。大……丈夫よ……この程度、あたし……。すぐに治っちゃうから……。それより……お父さんが……!」
アシュヴィンもそれを聞いて青ざめた貌をシエイエスに向けた。
こちらに背中を向け肋骨を変形展開し、両手を広げる。その右手と右肋骨の先端は失われ、鮮血を滴らせている。
初撃の攻防は、完全にティセ=ファルに軍配が上がっていた。この怪物に対処できる唯一の強者の劣勢は若者達に絶望感を与えていたのだ。
ティセ=ファルは階段を下りて歩み寄り、シエイエスに向けて云い放った。
「わらわがこれだけの力を解放すれば、本来ここには今血と肉塊しか存在せなんだ筈だが。さすが見込んだだけの事はある。凄まじい耐魔ヨノ、シエイエス」
そして、目前のシエイエスの右手が――止血し白い光とともに再生している状況に目をやり、笑みを浮かべた。
「法力か。しかも血破孔が解放しておる。それだけの使い手は我らにもそこまで多くはない。まして白と黒の魔導を最高度で同時に使いこなす者はおらん。そなたらがエグゼキューショナーとなって我が組織に忠節を尽くすのなら先ほどの嘆願、聞き入れてやっても良いぞ。無論、銀髪褐色の者どもは救済できんガナ」
「評価頂いて恐縮だが、まったく論外だな。だが貴重な話ありがたい。法力と血破孔に関する概念も、我がハルメニアと違いはないようだ。やはり貴様は我らにとって重要な情報源。何としても身柄を押さえ、洗いざらい吐いてもらわねばな――」
言葉が終わり切らないうちに、シエイエスは反撃を開始していた。
彼の肋骨6本が高速で一つにまとまり、一気に突き出したのだ。
それは「法力」をまといながら、眼前の敵に一直線に突き進む。
周囲に放出される余りに膨大な魔力が凄まじい光量でスパークし、敵ばかりか味方にまで圧をもたらす。
「“骨針墜聖神槍撃”!!」
ティセ=ファルの周囲5m以上に渡って張り巡らされた、凄まじい密度の障壁。フィカシューの結晶触手による奇襲をたやすく防ぎ、暴虐の反撃に転じた、あの壁。
しかしながら――今回ばかりは同様の光景とはならなかった。
桁違いの魔力量を誇る死の槍は、障壁を貫き散らす。そして七色の光を発しながら、敵魔女の胴体を串刺しにせんと迫りくる。
ティセ=ファルは凄絶な笑みを浮かべると、ついに己の身体の前面で両手を交差する構えを取り――。
更に魔力を倍増させながら、周囲に向けて叫びを放った。
「フィカシュー!!! ディーネ!!! 出ヨ!!!」
ティセ=ファルの澄み切った鋭い叫びと同時に、彼女の背後から飛び掛かる、巨大な結晶狼。
さらに、一団が入ってきた扉を叩き開けて押し入る、純白結晶のドラゴン。
主によって招集または捕獲されていた、カラミティウルフ・フィカシューとホワイトドラゴン・ディーネであった。
フィカシューは、ムウルに負わされた傷を完全に再生し終えていた。そして防御に入る主に代わり、最大の難敵を殺しにかかる。
技の発動中で動けないシエイエスに向け、“牙撃”を繰り出す。
「――さっせるかああああ!!!!」
レエティエムの中で最もシエイエスに近い位置で踏みとどまっていたメリュジーヌは、こめかみに血管を浮き上がらせながら飛び上がり、結晶手で襲い掛かった。
すぐに彼女最大の武器である雷撃魔導を身にまとった結晶手は、シェリーディアの炎の刃のように2m以上の刃渡りの青い剣となり、フィカシューの牙撃と衝突した。
己を上回る魔力の相手に耐魔負けしたフィカシューは吹き飛ばされるが、空中で素早く体勢を整えてアダマンタインの壁に四本の足で衝撃を吸収する。そして着地し再度シエイエスに飛び掛かろうとした所で――。
「吹き飛べ、エグゼキューショナーああ!!!」
横合いから叩きつけられた、結晶手によるチョップブロー。その凄まじい威力に、500kgは優に超えるであろう巨体は真横に吹き飛んでいき、押し入ってきたホワイトドラゴンの巨体の脇をすり抜け、城前広場に投げ出された。
それだけのパワーを発揮できる戦士は、レエティエムの中でも一人しかいない。
「さすっがー!! モーリィ!!」
メリュジーヌの呼びかけを受けたモーロックは、ホワイトドラゴンに相対しようとする戦友に向けて云った。
「ロザリオン!! 作戦第二案じゃ!! おれとジーニィはアルケーの押さえに回る! すまんがエグゼキューショナーどもはおまえとアシュヴィンらに託す!!」
すでにブレードの柄に手をかけているロザリオンはその言葉に大きく頷き、己から見てモーロックと逆側の後方にいる味方に呼びかけた。
「聞いたかレミオン・サタナエル! 力で押せる私達でやるぞ! 目の前のホワイトドラゴンを弾き出す! 手を貸せ!!!」
呼びかけを受けたレミオン。壁に対し犠牲にした右腕をかばいながらであるが、彼は狂喜の表情で低い姿勢を取り、弾丸のようにホワイトドラゴン・ディーネの懐に飛び出した。ディーネが姉ティセ=ファルに負わされていた重傷もまた、すっかり再生を終えていた。
「応!!! 任せてくださいよ!! いくぜデカブツ――おらああああああああ!!!!」
レミオンがディーネの懐で渾身の蹴りを放つと同時に、ロザリオンは気合一閃の抜刀術を発動させる。
「虎影流断刃術“嵐打の閃”!!!」
鞘の向きを反転、峰打ちの方向で鞘を払う水平刺突の抜刀。その威力と同時発動の魔力によって発動された、直径1mほどの超突風。
風と蹴りの衝撃がドラゴンの腹を穿ち、巨体は瞬時に外の広場に向けて吹き飛ばされる。
それを見届ける間もなく、ロザリオンとレミオン、そして後を追うエルスリードは外へと飛び出していった。
「……ディーネ……。どうして、君は……ティセ=ファルの軍門に。
姉さんの目を覚まさせるんじゃ、なかったのか。諦めてしまったのか……?」
ディーネの澄んだ瞳を思い出しながらアシュヴィンは、エイツェルに肩を貸し――。
地獄の戦場となるであろう広場に飛び出していったのだった。
一方ティセ=ファルは、倍増した魔力を己の前面に集約させ、シエイエスの死の槍を防ぎきっていた。
シエイエスは深追いにより負う己のダメージを確信した時点で槍を引っ込めてはいたが――。先端はすり潰され、少量であるがダメージを負ってしまった。
ティセ=ファルは障壁を修復しながら右手を突き出し敵を指さし、云い放った。
「あと1mであったが、惜しいな。結果そなたはわらわの障壁を破ることはできなんだ。
まだ、手札を出し切った訳ではなかろうが――それはこのわらわも同様。後衛に一族の者を残したようだが、その程度でこのティセ=ファルを押さえるなどとの考えが身の程を知っておったか否か、すぐに思い知る事になロウ」
シエイエスはもう少しで再生を遂げようとする右手の甲を突き出し返し、云った。
「身の程、か。確かに貴様は強い。我々個々の能力の積算でもまだ上回られるかもしれん。
だが我らは、国家の主従として16年の時と呼吸を共にした同胞同士。その乗算の団結で――能力の枠を超えた力をもって貴様を滅ぼす。
行くぞ、メリュジーヌ、モーロック!!」