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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
85/131

第三十四話 ざわめく心

 *

 

 その「男」は、不敵に嗤っていた。


 州都ダルダネス全体を見渡せる、場所。エグゼキューショナー・アンネローゼがアシュヴィンに語った、ヌイーゼン山脈なる山々の一部である低山の頂。そこで巨大な黒馬の鞍に、不吉な影のように跨っている一人の、「男」――“不死者”ドラガンは。

 

「いよいよ――。

本気を出しなさったか、アルケー。いや――。

アケロンの輝姫。ティセ=ファルのお嬢ちゃんよ。

小便くせえ小娘だったおたくが――。てえしたバケモンに育ってくれて、多少なり世話した身としちゃあ鼻が高けえぜ。

レアモンデの兄ちゃんにゃあ、ご報告したのかい? 俺の事を嗅ぎまわってたらしい変形男や、西の方角から近づいてくる炎使いの女。こいつらの魔力ときたら――“ケルビム”にとっちゃ到底放置できねえバケモンの域だからな。

お嬢ちゃん、おたくがハルメニア人とのこの喧嘩どう捌ききるか、楽しみに見物させていただクゼ」


 ドラガンはそう云った後、急激に表情を引き締めて胸のシャツの襟を掴み――低く言葉を発した。


「小僧、『お前』――レミオン・サタナエル……て云ったか……。

お前にゃあ、知ってもらわなきゃならねえ……『真実』を。北へ北へと……上り自分の目で見、耳で聞いて知って、そして……“ヴァレルズ・ドゥーム”の……。

いや……今考えんのは止めとこう。いずれにしても俺は待つぜ。おたくらを『監視』しながラナ」


 そしてドラガンは続けて、ダルダネス内外での戦闘者の魔力へ、意識を集中し続けるのだった。




 *


 シエイエスを筆頭とするレエティエムの一団は、ダルダネス市街を走っていた。


 法力を受け傷は快方に向かったものの万全ではないムウルは、アキナスとともに一団を外れ、指令を受けた別任務に向かった。現在の人員は――。

 シエイエス、モーロック、メリュジーヌ、ロザリオン、エイツェル、エルスリード、レミオン、そしてアシュヴィン、の計8名。


 50m級の巨大建造物である収容所。その屋根を降りた先に展開する市街地は、4~5階建ての家屋や店舗などが居並ぶ整然とした街並みだ。アシュヴィンも潜入した時に見て感じたが、建築技術的にはハルメニアで云うところの地方都市レベルであり、ランダメリアなど最先端都市の技術からすると2,30年ほど遅れているという印象だ。だが最前の様子と圧倒的に違うのは――。


「人っ子一人、居ませんなあ。やはりシエイエス様の仰る通り、アルケーは我らをおびき寄せる算段という事ですかな」


「気の利いたこと、してくれるよねー♫ 兵は退去、それだけじゃなくわざわざ一般市民まで避難させてあたし達に道を空けてくれるなんてねっ。この分じゃアルセウス城とやらに行っても、アルケー以外もぬけの殻ってこと? ……それって、だいぶあたし達、ナメられてるってことですよねー?」


 モーロックとメリュジーヌの続けての言葉に、シエイエスは表情を引き締めて云った。


「そうでもないぞ、メリュジーヌ。奴は鋭敏な魔力検知能力を持ち、これまでの戦闘、俺たちの魔力を逐一感知している。結果を踏まえた上で、敵戦力を一切削がず単身迎え撃つのは圧倒的な自信がなければできん事。そして俺たちは、それが決して奴の過信でない事を知っている。油断はせず、作戦どおりにな」


 メリュジーヌは笑みの中で眼光鋭くし、それに応えた。


「……わかってますよお? あたしだってもう、シエイエス様に散々怒られてた鈍くさい小娘じゃないですから。任せといてください!」



 シエイエスらの後方を走るロザリオンは、少年少女4人の中のエイツェルに近づき、語りかけた。


「エイツェル」


 調査団の前衛隊長として自分の上官であり、理不尽なひどい仕打ちをされてきた当の相手に話しかけられたエイツェルは表情を硬くした。


「な――なんでしょう、ロザリオン様?」


 ロザリオンは少し貌を朱に染めてためらいながらも、云った。


「その――この前は、済まなかった。お前に、酷い事をしてしまったと思っている。

私は、お前達サタナエル一族を憎んで、いたんだ。父母の仇、という私怨でな。

それが、無くなったといえば嘘になるが――。アシュヴィンやメリュジーヌのおかげで少なくともお前たちを心から同胞として――仲間として受け入れることができるようになったのだ。

謝りたいと思っていたんだ。こんな場で済まぬが、どうか許してくれ」


「は、え、え――えええ!?」


 走りながらのため礼を失することにはなるが、頭を下げる仕草をするロザリオン。

 それに対し、鬼のような冷血女と思っていた女性から唐突に心のこもった謝罪をされて、目を白黒させ困惑するエイツェル。


 事情をすべて知っているアシュヴィンは横からその様子を目にし、微笑みながら助け船を出した。


「エイツェル。ロザリオン様は、この短期間に色々あって、変わったんだよ。

ご自分を見つめなおして過ちも認め、今は素直に君に謝ってると思う。分かってくれ」


 エイツェルは困惑しながらも、数秒ののち微笑みを浮かべてロザリオンに言葉を返した。


「……わ、わかりました。あたしも……傷ついてないといえば嘘になりますけど、そんなに……だ、大丈夫ですから。ロザリオン様にそう云って頂けて、嬉しいです」


「……ありがとう。それを聞いて安心した。今からの戦いは厳しいものになると思うが、よろしく頼む」


 そう云ってロザリオンは――アシュヴィンに潤んだ瞳をちらりと向けた。『助けてくれてありがとう』というように。

 アシュヴィンはそれに気づき、意識したようにやや頬を赤く染めて目を逸らしてしまった。


 そのやり取りを逃さず見た――柔らかい表情になっていた筈のエイツェルとエルスリードの目が光り、険しい表情になった。 

 女の、勘であった。幼馴染と、一人の女。自分たちが知らない間に共闘を続けてきたこの2人に、単なる戦友を超える、何らかの感情が芽生えているという事実。それを鋭敏に察したのだ。


 それは男女の機微に敏い、女性経験豊富なレミオンも同様であった。

 が、女子2人と異なりデリカシーという概念が存在しない自由な男である彼は、厭らしく笑みを浮かべて口を開いた。


「ハッ! アシュヴィンお前、俺らが知らねえ間に、ロザリオン様と――っ痛てえっ!!」


 云いかけたレミオンの脇に、普段からは想像もつかない早業で接近し、無言で全力の肘鉄を腹に食らわせたエルスリード。震えあがるほど凄まじい怒りに支配された貌の彼女のおかげで、場の雰囲気がこれ以上悪くなることは阻止された。

 

 だが――エイツェルの表情は極限まで曇ったままだった。

 アシュヴィンとロザリオンを交互にチラチラ盗み見ながら、不穏な予感に苛まれるのだった。

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