第三十三話 堕天使討伐へ
屋根の上に軽やかに降り立ったシエイエスは、髪の毛を元に戻し漆黒の双鞭を巻き取って腰に下げた。そのまま速足で歩み寄ってくる彼に、レエティエムの面々は貌を輝かせて、次々声をかける。
「シエイエス様!!」
「シエイエス、様ーーっ!!♪」
「お父さん!!!」
その中で、エイツェルは歓喜の叫びをあげた。彼女は、不安で仕方なかったこれまでの命がけの旅路を、リーダーとして引っ張ってきた。今こうして幼いときから絶対の保護者だった父を見たことで、安堵に包まれ涙まで出てきたのだ。
ムウルを介抱していて行けない彼女に代わり、エルスリードがまず最初に駆け寄り出迎えた。
「シエイエス様、ご無事で」
「お前も無事でよかった、エルスリード。エイツェルも。お前たちがハルマーに戻らず危険を冒している事情は気になるが、詳しい経緯は改めて聞こう」
云いつつシエイエスは、彼女ら2人以上に自命に背きここに居る――自身の息子レミオンに鋭い視線を向けた。レミオンもまたムウルを抱えながら憎悪を含んだ目で答える。おそらく何か云いたいのだろうが、重傷の兄貴分を慮ってこの場は口を閉ざすことにしたようだ。
そしてシエイエスは、ムウルの元に行きかがんで手を取り話しかけた。
「ムウル、大丈夫か? 今回はお前を護ってやれなくてすまなかったが、遊撃部隊を率いて良く頑張ってくれた。礼を云わせてくれ」
「へへ……シエイエス様。不甲斐ねえ弟分で面目ねえです……。そう云って頂けて、ほんと嬉しいですよ……」
最も尊敬する人物の温かいねぎらいを受けたムウルは涙ぐんだ。
「お前達、介抱感謝する。俺と代われ。ムウルはどうやら腎臓、膵臓、肺をやられている。法力を施さなければ命に係わる」
自子のエイツェルとレミオンに呼びかけ、ムウルの巨躯を受け取る。彼の頭を自身の膝に乗せ、背中に向けて掌を当て、強力な法力を作用させ始める。シエイエスがかつてのサタナエル大戦最後の敵、自身の祖父“第一席次”との決戦の中で開眼した法力。それは現在のハルメニアでも弟ルーミスに次ぐ強さを誇る。
そして法力をかけながら、彼は話せないムウルに代わり、まずモーロックに話しかけた。
「モーロック。メリュジーヌとともにギガンテクロウの討伐、ご苦労だった。
報告を頼めるか」
歩み出たモーロックは、主君への敬礼とともに報告を始めた。
「はっ。派遣頂いたムウル、アキナスと合流した我らは、エグゼキューショナー・タランテラの討伐に成功。指令どおり遊撃部隊として――敵対勢力の長アルケーの身柄確保に動きました。ダルダネスにてアキナスとアシュヴィンが潜入致すも失敗、交戦があったことを確認したのち、我ら4名は両名救出のため外部より収容所への潜入を開始しました。
そこで、アシュヴィンがダルダネス王家の一派と“ネト=マニトゥ”救出に動いている事、アルケーが来訪している情報を得、ムウルが我らに敵将確保を命じましたが――。かように別の標的に出くわす事態と相成りました。
ムウルはこのギガンテクロウを狙い、結果的に別の狼型エグゼキューショナーと遭遇、相討ち。敵は逃亡しました。
ロザリオンはアシュヴィンとの合流を目指し、地下へ潜入中。現在補足できぬアルケーがそこに向かう可能性は高く、我らはこの後すぐに援軍に向かう腹積もりでおりました」
長年仕える腹心にふさわしく主君の智力を踏まえ、的確に不要な情報を省いた端的な事実の報告だった。
聞いたシエイエスは、目を細めてわずかに思考したのち、口を開いた。
「……良く分かった。次は、お前に話を聞こう、エイツェル」
安堵の表情でレミオンに肩を抱かれていたエイツェルは、はっと我に返り、娘の表情からレエティエム所属の小隊長としてのそれに戻って言葉を返した。
「は、はい! 私エイツェルと、そちらのエルスリードは……」
そしてエイツェルは、セレン親子護送中のギガンテクロウ・テオス遭遇顛末とレミオン参戦――。“不死者”ドラガンとの出会い、ダルダネス坑道潜入~デュアルライノセラス・ザンダー遭遇から討伐までの詳細――。
キラとキリトらネト=マニトゥの父親マレスとの遭遇、彼に事実を伝え子供達を託し、ここまで来たことの経緯を話したのだった。軍規命令違反の謝罪とともに。
「……分かった。そうなのか――エグゼキューショナー2体、“不死者”との遭遇。無事なのが奇跡だが、よくやってくれた。
しかしエイツェル、お前が――“全反射”を――?」
シエイエスの貌から若干の血の気が引き、衝撃の様子が垣間見えることにエイツェルは委縮し、父の様子を伺うように言葉を発した。
「あ――そ、それは、私、自分でも何をどうしてそんなことができたのか、全然訳がわからないの。
レミオンがあの怪物に殺されそうになって、私無我夢中で――この子の前に出て、全力で“耐魔”をしただけのつもりだったのが、魔導を全部跳ね返しちゃって。
現にそのあとエルスリードに手伝ってもらって試してみたら、もう全然できなくなっていたし。きっとただの偶然なんだと思うの……」
シエイエスは娘の言葉を慎重に聞いていたが、やがて微笑みを浮かべて云った。
「そうだな。その理由については俺もよく考えてみよう。
皆。俺からも報告させてもらう。俺は“ケルビム”兵士に成り代わってダルダネスに単独潜入した。
モーロックの報告にあったアキナスらの潜入時交戦については、俺が戦闘に介入し――」
「救って頂いたんですよ。アシュヴィンを逃がして、殺される寸前になっていたアタイをね」
突如後方からかかった、聞きなれた女性の声。一同が弾かれたようにそちらに目を向けるとそこには――。
屋根までよじ登ってきていた、笑顔の栗色髪ローブスーツ姿の女性。
アキナス・ジルフィリアの姿があったのだった。
そしてそれに続いてくる、金髪帯刀の女剣士ロザリオン、その手を借りて上がってくるアシュヴィンの姿も。
「――!!!!」
「アシュヴィン!!」
「アシュちゃん!」
「アキナス……無事だったかよ……!」
生死不明の状態であった二人の無事に対する喜びの声、アシュヴィンとの再会に喜びを爆発させるエイツェルとエルスリード。
彼女らはたまらず駆け出し、アシュヴィンに抱き着いていった。レミオンも表情を緩め、その後に続く。
「……アシュヴィン……アシュヴィいいン……良かった、よかった……」
「……心配したわよ、アシュヴィン……」
涙を流す幼馴染たちの肩に、自身も目を潤ませながら手を置くアシュヴィン。
「エイツェル、エルスリード……それにレミオン。君らも無事で本当に良かった。ギガンテクロウに君らが死んだと聞かされたときは生きた心地がしなかった。心配もかけてしまってごめん……」
その言葉に、レミオンが笑いながらアシュヴィンの背中を叩いて彼に云った。
「俺らが、そう簡単にくたばるタマかどうか、良く知ってんだろ? お前も頼りねえ奴と思ってたけど、一人で大したもんだぜ」
少年少女が再会を喜ぶ側で、シエイエスは大人の女性たちを労った。
「ご苦労、無事で何よりだった、ロザリオン、アキナス。
アキナス、お前はアルケーの魔力を感知し、ロザリオンらを救ってくれたということか?」
「はい。シエイエス様のまさに仰る通りでした。地底湖にお二人を逃がし、坑道をつたってここまで」
「ロザリオン。アルケー以外に敵勢力には遭遇したか?」
「はっ。一人エグゼキューショナー・ホワイトドラゴンなる敵に。が、奴は主であるアルケーに反逆し、身を挺して我らの窮地を救いました。アシュヴィンの話では奴はアルケーの妹で、姉を改心させようとしている善人であるとのこと」
「……ふむ」
「アルケーの魔導については、攻撃を受けた我らが詳細をお話できまする。また、“ネト=マニトゥ”はすべて逃亡し、ダルダネス王家の元に保護されたものと」
「わかった。後で詳しく聞かせてくれ。ダルダネス王家についても、アシュヴィンに聞かせてもらう必要があるな。手を組める勢力かもしれん。
実は、先ほどエイツェルの報告にあった“不死者”の存在については俺も掴んでいる。“ケルビム”と敵対する謎の人物であり、血を受けたレミオンが異常活性したことからも、間違いなく我々が欲する何らかの情報を握っている。我々の敵でない保証はないが――。彼を探し出し協力を得る事が、今後の重要な目標となるだろう。
――だがその前に、目前の生死にかかわる脅威を取り除かぬことにはな」
シエイエスは数秒目を細め考えた後、居並ぶ配下全員に向けて云った。
「諸兄。各々の尽力により、ここに一人も欠けることなく現有戦力全員がここに集結することができた。
さらに“ケルビム”のエグゼキューショナー5名のうち3名を討ち取り、甚大な被害を与えることに成功している。が、増援の可能性もある。敵の弱体化の機会を逃すことなく、我々は一気に攻め込まねばならん。
見てみろ。あれだけの戦闘後にも関わらず――敵は一切、追撃をかけてきていない。手出しを、禁じているのだ。エグゼキューショナー・カラミティウルフにも撤収を命じた。アルケーは本拠地に戻り、我々を誘っている。俺はそう見ている。
ダルダネスの南方には、ネメアが調査団を率いて待機している。俺はこれよりクピードーを通じ、彼らに進軍を命じる。もう少し経てば、西方からシェリーディアらも到着するだろう。ムウル。負傷あがりのお前は、不本意だろうが手引きと合流の任についてくれ。アキナス、お前にこの補佐を命じる。
アルケー討伐には、俺が当たる。カラミティウルフ、それに翻意や罠となればホワイトドラゴンも敵に回る可能性がある。この2名討伐には、メリュジーヌ、モーロック、ロザリオン、それに――。
お前たち4人もこの攻撃班の一員として加わり、事に当たるのだ」
「――!!!」
アシュヴィンたちは、きわめて意外な言葉を聞いたかのように目を見開いた。無理もない。これだけの英雄が居並ぶ中での全面戦闘作戦。自分たちは足手まといとばかりに待機を命じられるのが関の山と思っていたからだ。殊に、これまで父と衝突し戦闘から遠ざけられてきたと感じている息子レミオンの驚愕度合は大きかった。
「戦闘経験の実践という意図もあるが――報告を聞く限り、お前たちは十分に過ぎる戦力だ。命を無駄に散らすのは慎んでもらいたいが、目的のために身を捧げてもらう。覚悟を決めろ。
以上だ。これより攻撃班は俺とともにアルセウス城に攻め込む。
敵は、我らのみならず魔力を持つ人間すべてを絶滅せんと企む狂人の集団、話し合いは不可能。よって――容赦は無用だ。これは生存をかけた戦だ。
アルケー、もしくはエグゼキューショナーのいずれかを捕縛、それ以外は息の根を止めるのだ。
作戦を開始せよ!!」