第三十一話 壮絶なる空中戦
会話の間に変異を完了したギガンテクロウ・テオスの攻撃は、一切の容赦がなかった。
彼の横方向に肥大した漆黒の翼は、階段を見る見るうちに破壊しつくし、石で造られた壁をも易々と破壊し巨大な穴を穿っていった。
崩れ落ちた石壁の向こうには、侵入を開始する前と同様の晴天が広がる。自らに有利な屋外を選択しようとするテオスに対し、その誘いに乗るか否かの選択を迫られるメリュジーヌら。二人は一瞬のアイコンタクトの後、即座に行動した。
無論、敵の誘いに乗るという選択肢に沿って。敵と同時に外へと飛び出すと、上空に飛び上がろうとするテオスに対しメリュジーヌが攻撃を開始した。
「雷電竜爪衝!!!」
両手結晶手から放たれる、蒼の稲妻。それは見る見るうちに巨大円月輪の形状をなし、空中のテオスに向かい追尾を始めた。
子供のように小さな女性の魔力が爆発的に膨れ上がり、空中の自分を殺しうる強撃を放ってきたことに驚愕するテオスだったが、まだ対処できぬ攻撃ではない。彼は雷撃に向き直り空中停止し、表情を引き締めた。魔力の問題はないが、刃と化した敵の攻撃は対応を誤れば斬撃の餌食になる。
「おお!!! 舐めるなあよおおオオ!!!」
テオスは耐魔を帯びた結晶触手を上下から浴びせ、 蒼の稲妻を見事捕らえた。稲妻は相殺までできなかったが組成を破壊されて空中で飛散した。それに安堵するテオスの視界、その端から――。
その攻撃の主、銀のツインテールを振り乱したメリュジーヌが突如出現した!
「油断してんじゃ――ないよおおおおっ!!??」
無邪気さの中に、子供が虫を虐待するときのような、ぞっとする笑顔をはらみつつ強襲してくる女。その錐揉み回転を加えた結晶手の一撃。反応したテオスは、翼の変形部を駆使しこれを受ける。高らかな鉱物同士の打音が木霊する空中で、二人は鍔ぜり合いに入る。
現在の高度はおそらく40mほど。周囲の状況をちらりと見やったテオスは、メリュジーヌに向け獰猛に云った。
「おいおい――! 一旦屋根に飛び降り、あの高い時計塔を駆け上って、ボクに向かってダイビングしてきたって云うのかい? この高さから落ちれば、キミら一族でも死の危険があるのに?
大したお転婆だねキミは!!! いや、命知らずの狂戦士、ってところカイ!?」
テオスの視線の先にある、高さ80mに達するであろう時計塔。人外の脚力と膂力でここへたどり着いた上に超速力で登り切って跳躍し、攻撃を加えてきた。魔力だけではない超一流の戦士と認識した敵に、脅威を感じたのだ。
「過分なお褒めありがとねえ!!! もうだいぶビビッてるみたいだけど――あたしの相棒も居ることも忘れてもらっちゃ困るなあ!!??」
叫びとともに――突如として鍔競り合いを止め、弾かれるように自由落下していくメリュジーヌ。
一瞬、呆けたような表情になったテオスの視線の先で――。メリュジーヌの脚はすぐさま着地場所を掴み、かがんで体勢を整えていた。
それは――黒く硬い翼を広げた――“リザードグライド”の背中の上だった。
リザードグライドの手綱を握り、首元の鞍の上で悠然と立っているのは、モーロックだった。
彼は――先ほどのアイコンタクトで、メリュジーヌに伝えていた。内外の情報から得ていた、収容所内のリザードグライド厩舎の位置。屋根下の地上にあるそこまで、結晶手を壁に突き刺して衝撃を吸収しながら飛び降り、厩舎に辿り着き破壊し――。一頭のリザードグライドを捕獲して乗りこなしてきたのだ。その意図を理解していたメリュジーヌは、見事に敵の目をくらませつつ時間稼ぎを行う役目を全うした。空中を滑空する不安定な足場でもモーロックは、微動だにせず姿勢を保っていた。戦士として超一流のバランス感覚、体幹を持つ証だ。
「さっすがモーリィ!!! 相変わらず頼りになるし超カッコイイ!!
あとで一杯、尽くしてあげるからねー!?」
「遅くなったのお、ジーニィ!!!」
早くも見事に、己と同じ空中という領域に立った敵。予想を上回る強さに加え、空中で上を取ることによる圧倒的有利を確信していた目算は早くも崩れ去った。
ギリギリと歯ぎしりをし、焦燥するテオスが、ここでプライドに突き動かされ選択した行動。それが完全に彼の命運を分けた。
「舐めやがって――! このテオス・デューク、今まで空中戦で遅れをとったことはただの一度もない!! リザードグライドごときに乗った程度で、ギガンテクロウに勝利できるなどという思い上がり、存分に後悔するがいイヨ――!!!」
悪魔の形相で殺到するテオス。その翼の前後左右から、羽形の結晶が無数に襲い掛かり――。それは同時に襲撃する彼の翼ともども、強力な風魔導が付与されていた。膨大な圧力と魔力のプレッシャー。
これに対し、メリュジーヌは即座に強力な耐魔を展開。彼女が魔力を相殺すると同時に、モーロックが手綱を放し結晶手を振る。サタナエル一族一の剛腕である彼の攻撃、風圧により、まず羽が吹き飛ばされ――。次いで翼による斬撃に対し斬り結び、テオスの身体自体を見事に弾き飛ばした。
「ぐううオオ!!!!」
空中戦の肝であるスピードと高旋回による翻弄で対抗しようと、距離を取ろうとするテオス。
だが無二のコンビネーションを誇る番いの戦鬼は、敵に接近した好機をおめおめ逃がしはしなかった。
いつの間にか、メリュジーヌが手綱を握っていたリザードグライドは、テオスに向けて舵が切られ、幅寄せしていた。そしてモーロックは――膝を深く折ると、爆発的脚力で鞍から飛び上がった。
「――くっ――!!!!」
上方から襲来する岩石のような敵に気づいたテオスは、身を反転させて翼の結晶で攻撃を受ける。
が、重量ある巨体から繰り出される強撃、なおかつ翼部分に走る激烈な違和感を感じ、テオスは驚愕した。
何と、自分の結晶の翼が、威力負けしたうえ砕き裂かれ始めている。
普段の温厚なそれを感じさせぬ、モーロックの凄絶な表情。低く獰猛な言葉が、その口から発せられる。
「おれはなあ――結晶手の硬度については生まれつき随一の才能を授かっとってなあ。
こうして一点集中することで、アダマンタインに迫る硬度を発揮することができる!
お主らエグゼキューショナーに、同情の余地はない、このまま切り裂いてくれようぞ!!!」
飛行能力の源である翼が見る見る切り裂かれていき、自分の脳天に刃が迫る。
――上手く、渡って来れた人生のはずだった。
アンカルフェル州の末端貴族であったテオスは、それまでの人生でそうしてきたように、侵略者“ケルビム”の指揮官であるティセ=ファルという強者に取り入った。殺され奴隷化される他貴族を後目に組織に取り立てられた。エグゼキューショナーになることを強要され寿命を失うのは痛かったが、通常の人生で持ちえるはずのない強大な力と権力は、彼を十分なまでに酔いしれさせた。嗜虐と残虐に満ちた行為に、彼を邁進させた。
まだ、この快楽を享受する時間は、残っていたはずだったのに。
慢心からなのか。立て続けに、しかも致命的に、相手の力量を図ることを見誤った。怪物達に、無謀なる戦いを挑んでしまった。
「――イヤだ。助けて――!!
死にたくない――!! 何でもする――! アルケーにお前らの命乞いをするから――!
イヤだ――イヤダアアアアアア――!!!――!!!!」
泣き叫ぶその悲鳴は、モーロックの無慈悲な斬撃によって、中断された。
脳天から頭部、頸部、脊椎を分断されたテオスは、空中飛び散る大量の血とともに、その邪悪な意識を永遠に閉じられた。
返り血にまみれたモーロックは敵の残骸とともに自由落下し――。
すぐに、メリュジーヌが駆るリザードグライドが彼の下に身体を差し出し、着地し事なきを得たのだった。
「――お見事♪ やっぱあんたは最高よ、モーリィ……」
「何の、お前あっての勝利じゃ、ジーニィ。いつもおれを助けてくれて、ありがとうのお……」
そうして、エグゼキューショナー討伐に成功した超戦士二人は空中で熱く口づけを交わしたのだった。
その、背後100mほど先では――。
二人以上の超戦士である剣士と――別のエグゼキューショナーの壮絶な戦闘が、収容所の屋根上を舞台に繰り広げられていたのだった。