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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第三十話 焦がれた心

 魔導の火を向かいに、眠ってしまったアシュヴィンを見たロザリオン。

 彼女も、労働と過大な緊張を強いられてきた身だ。疲れて眠い筈ではあるが、アシュヴィンの整った寝顔を前にして、それは一瞬で吹き飛ばされてしまった。


 あの城塞での夜、アシュヴィンが自分を理解してくれ優しくしてくれた事が切欠なのは間違いない。だが今自分がこの年下の少年を好いている度合は、本能で定められたというか、運命のようなものとしか思えないほどの強いものだ。


 ロザリオンの心臓は瞬く間に早鐘を打った。貌が紅潮するのを止められず、呼吸は浅くなる。

 気が付いたときには腰を浮かせ、横たわるアシュヴィンの横で両手をつき、貌を真上から見下ろしていた。

 ロザリオンの長くはない金髪は彼女の貌を覆い隠さない。その目は恍惚感を漂わせ、唇は緊張で震えていた。右手が伸び、指先がアシュヴィンの髪に触れる。


「……んん ……」


 声を上げてアシュヴィンが動いたため、慌てて指を引っ込めるが、熟睡しているようだ。

 ためらいがちに、もう一度、今度は愛おしそうに彼の頭を撫でる。毛量多く、くせのある髪の感触。

 ――寝ている相手とはいえ、戦闘以外でロザリオンが男性に触れた初めての瞬間だった。


 壁を越えた後は、幸福感と高揚感が身体の内側から発されてくる。

 自分でも意識しない内に、アシュヴィンの寝顔に自分の貌を近づけていた。

 早くなる呼吸に合わせ、吐息とともに小さくつぶやく。


「…………アシュヴィン……。

…………好きだ……。……好き……」


 ついに口にしてしまった。しまうと、あふれ出る想いが止められない。ロザリオンは何度もためらいながらも、貌を大きく近づけていき、ついには――。


 彼の唇に、己の唇を重ねて、しまった。


 すぐに放さなければ、いけない。だが暖かく柔らかい感触、脳髄に貫く陶酔感が、それを許さない。数秒、ロザリオンはそのまま唇を重ね続けた。


 そして彼女から漏れた吐息が頬に当たったせいなのか――。

 ロザリオンが目をうっすら開けたとき、至近距離に、驚愕に目を見開き貌を真紅にしたアシュヴィンの貌があったのだった。



「――!!!! ああ!!! あああああああ!!!」



 心臓が止まるほどに驚いたロザリオンも貌を真紅に染め、弾かれるように唇を放してアシュヴィンから飛び退った。同じく弾かれるように上体を起こし、左手で唇に触れる彼を見て、ロザリオンは頭が真っ白になり涙目になりながら釈明した。


「……ち……違うんだ……!! その……あの……これは……物の……はずみで……!

許して……! 決してそんな、邪な……意味で……こんなことをした訳じゃ……!

本当にすまない……お願いだから……お願いだから許して……私のこと……軽蔑しないで……くれ……うう」


 ついにすすり泣き始めたロザリオンを前に、アシュヴィンの頭の中は、おそらく人生最大の混乱、混沌のただ中にあった。


 好意には気づいていたがそれでも、理解者として気を許した延長の親しさの域だと思っていた。自分は年下でもあるし、弟のような感情が膨らんでいるだけだろうという思いはあった。だが、そうではなかった。

 ロザリオンは、男性としてしかもおそらくは初恋の相手として、自分を本気で好いている事が決定付けられた。

 当然彼女にとって初めてであろうが、アシュヴィンにとっても初めてのキスを交わされてしまったのだ。

 思春期の少年として憧れのような魅力を抱いた女性が、彼女を受け入れさえすれば確実に己のものになるであろう、この状況。その巨大な誘惑は、唇に残る生々しい感覚とともにアシュヴィンの体内をくまなく駆け巡ったが――。


 そうであってもやはり、彼の心は、決まっていた。


「……ロザリオン……様。僕は……」


「云わないで。云わないで……くれ。分かっているんだ……」


 ロザリオンは手を突き出してアシュヴィンの言葉を制止した。

 涙を拭き、貌を赤らめながらも決意からか唇を引き結び、彼をまっすぐ見据えて云った。


「私は……お前が、好きだ……アシュヴィン。とても……。

こんな事してしまったのは謝るけど……それほどまでに……。

けど……メリュジーヌ達も云っているように、お前の好きな人は……別、にいるんだろう……?

私みたいな……堅物の男女がそれを変えられるだなんて、そんなおこがましいこと……。

思っていないから……」


 また下を向き始めたロザリオンに、アシュヴィンは表情を緩めながら首を大きく横に振って云った。


「そんなこと……絶対にありません。僕なんかが云うのはそれこそおこがましいですけど、ロザリオン様は……。とても魅力的な女性で……それでいて、とても純粋で……か、可愛らしい方だと思います。それは、皆さんもすぐにわかってくれると思いますし、自信をもってください。

僕は命の恩人であるロザリオン様を尊敬していますし、これからも……何というか、今と同じように仲良くしてくれたら……僕はとても嬉しいです……」


 ある意味、男としては非常に明確な拒絶の言葉。自覚していたとはいえショックで視線を落とすロザリオンだったが、自分に前を向かせようとしてくれる優しさは素直に嬉しかった。諦めきることは難しくても、今は微笑みを作ってロザリオンは、アシュヴィンに言葉を返した。


「……ありがとう。私にとってもお前は命の恩人だし……お互いのその結びつきがある限り、疎遠になんてなりようがないだろう。

私はこれからも、戦のパートナーとしてお前を頼りにしているし、お前を護るという誓いもずっと続けていくつもりだよ……」



 そうして、談笑を交えながら、不器用な二人の不器用な会話は続いていった。


 それを――顛末の一部始終を、洞窟の壁を隔て聞いていた、偵察より帰還したアキナス。

 優し気な微笑みを浮かべ、わずかながらの時間を二人に与えるため、そっと場を外すのだった。




 *

 

 遊撃部隊の長として、自ら敵幹部を迎え撃ちに収容所最上階へと昇ったムウル。


 ここへたどり着く間、無数の“ケルビム”兵士と遭遇した。しかし半不死身を誇る肉体の彼らをもってしても、異大陸のこの屈強な一人の剣士を止めることはできなかった。


 結晶手を紙のように切り裂く剛剣、あまりにも圧倒的な筋力と神技の剣術。一個の兵器として圧倒的に強い彼の侵攻を止めることのできる者は、物量にかかわらず存在しなかったのだ。


 剣と赤髪に返り血を浴びながら、悠々大扉を開けた、ムウル。そこに待っていた男、椅子に腰かけるエグゼキューショナーは――。


 ムウルが目指す男。収容所の管理者の一人ギガンテクロウ・テオスではなく――。


 何とカラミティウルフ・フィカシューの方であったのだ。


「てめえが――ギガンテクロウか? ちいと聞き出した見た目と違うみてえだが、人違いだったか?」


 剣を肩に担ぎ、胸をそびやかし粗野に云い放つムウル。椅子から立ち上がったフィカシューは、すぐに身体の結晶化を開始しながら言葉を返した。


「ご明察だ、ハルメニア人の剣鬼よ。

拙官はギガンテクロウではない。カラミティウルフを拝命する、フィカシュー・ガードナート申ス者」


 見る見るうちに、黒と白銀の結晶で形作られていく巨大狼の身体。その只ならぬ魔力量、戦士としての闘気と力量を見極めたムウルは、恐ろしく獰猛な表情に変わり本気の構えを見せた。

 彼が少年時代、サタナエル将鬼ソガール・ザークの敵ながら憧れた技に影響を受けた、その剣技の構えを。


「ご丁寧な名乗り上げどうも、騎士さんよ。俺あハルメニア大陸調査団レエティエム将軍の、ムウル・バルバリシアだ。てめえになら、久々の本気ってやつを遠慮なく出せそうだなあ。

滾るぜ、こいつあ!!! こっちからガンガン行かせてもらうぜ!!!」


 狂獣のような壮絶な表情。ハルメニアで“狂戦士(バーサーク)”の異名も冠せられているムウルは、矢の形をとった赤黒い影となってフィカシューに襲い掛かった。


 すでに変形で2m以上の高みにある敵に合わせた、上段への斬り上げ。それはまるで10m以上もある巨人が全力で蹴り上げを食らわせてきたような、途轍もなく重い斬撃。目の色を変えて結晶牙を水平伸長して受けたフィカシューのそれが、成すすべなく切断され吹き飛び、同時に衝撃力で狼の巨体が舞い上がった。


 フィカシューもまた、壮絶な笑みを浮かべてムウルに言葉を返す。


「驚いた! その長剣――アダマンタインか? 先人が加工した古代の遺品が流れ着いたか。

そしてその剣技と怪力。“異能者”か、それに匹敵する力を解放した強者と見た。相手に不足ナシ!! ムウル・バルバリシア!!」


「こいつあ、俺らの主神ドーラ・ホルスが創り給うた神器、“アレクト”なんだよ!!! てめえらの横流し品みてえに云うんじゃねえよ!!!」


 再び襲い掛かる、ムウルの斬撃。今度はそれを技巧によって受け流す方法に変えたフィカシューの結晶刃と衝撃音を発生させ――。

 壁と床の一部を大破させた彼らは、そのまま外――建物屋根上外壁へと戦いの舞台を移していったのだった。

 



 *


 一方――収容所中階。

 アルケーの姿を求め潜入、途中敵の攻撃を潜り抜けながらムウル同様順調に歩を進めていた、二人。メリュジーヌ・サタナエルとモーロック・サタナエル。


 階段を見つけ、下階に手がかりを求めて降りて行こうとした二人は、背後上――。上階に続く階段から冷たく乾いた、ぞっとするような気配を感じ、振り返った。


 そこには――黒衣の貴族服に身を包んだ、一人のほっそりした男が立っていた。


「やあ――やあ――良く、来たねえ! 我らが更生施設にようこそ、“銀髪褐色肌の一族”諸君。

嬉しいねえ。どうやらボクはエグゼキューショナーの中でも、特別君らハルメニアンと縁のある人間らしい。これだけ多彩な貌ぶれに出会えて、ラッキーというか、アンラッキーといウカ――!」


 階段を降りながら、男の背中から見る見る黒い結晶が発達していくのが見える。男の下半身にも。

 姿形からしても、間違いはない。


「アンラッキーの最たる状況だと思うよー? 青モヤシ君?

“銀髪褐色肌の一族”の中でも、1位2位のあたし達二人に出会っちゃった、てのはね♪

あんたが、ギガンテクロウだね。あんたを斃しにいったあたし達の仲間とは、どうやら入れ違いになったみたいね。より貧乏クジ引いちゃって、ご愁傷様♬」


 挑発に眉を引き上げたギガンテクロウ・テオスだったが、シエイエスに完全敗走したとき同様、彼の中の警戒信号(アラート)は目の前に居る不釣り合いな背丈の男女の強さ、実力のほどを感じ取っていた。

 だが――。

 

「少なくとも、あの変異する化け物には二人合わせても及ばないみたいだねえ、キミら。

楽勝ってわけには行かなそうだけど、上の下ぐらいのそこそこ大物を仕留めれば手柄にはしてもらえるだろう。相手してあげるよ。

あの少年同様多少殺しにくそうではあるけど――ボクの羽で頸椎か心臓を刈り取ってあげるよ、“原初の半不死一族”ドモ!!!」

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