第七話 戦女神の思い(Ⅰ)~悲愴なる決意
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時を遡ること、7年前――。
アトモフィス自治領ジャングル内、中心部。
アトモフィス・クレーターのジャングルは、外界と隔絶されたことと土壌に若干残された放射能の影響により、異常繁殖した樹木と生物が跳梁跋扈する死の魔境。
組織サタナエルはここで一族女子を「放し飼い」の状態にすることで訓練相手とし、組織のスキル維持と一族の男系継承維持のために利用する非道を行った。女子は数人以上のコミュニティを形成し生存を図っていたが、ここでレエテが所属していたのが――。一族史上最強の女子と謳われた戦士マイエ・サタナエルのコミュニティだった。
彼女を殺され復讐の反逆を開始したレエテは、このコミュニティの家に舞い戻り復讐を成就。
やがて――不死身の再生能力と引き換えにわずか30年以下で寿命を迎えるサタナエル一族であるレエテにも、「その時」はやってきた。
彼女は思い出の家で生涯を終えることを望み、多くの人に惜しまれ見守られながら、この世を去ったのだが――。
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「うっううううう……レエテ、レエテええええ……!!!!」
「……う……う……うううう」
「おかあさん!!!! おかあさん起きて!!!! おかあさああああああん!!!! うわああああああああん!!!!!」
「おばさん!!!!」 「おばさまああ!!!!」
「レエテさん……!!」 「レエテ様……!!!」
大樹の間に無数の枝と蔓で形成された、「マイエの家」。
中心部の枝でできた大きなベッドの中心に眠る、一人の女性の遺体。
白銀の長い長い髪、褐色の肌。安らかに目を閉じた絶世の美貌をもつその女性こそが――。
大陸の英雄、レエテ・サタナエル。
ほんの数分前、ナユタ・フェレーインの到着を待っていたかのように彼女と、すべての仲間たちと子供たちに見守られながら魂が天に召されたばかりであった。
皆が遺体にすがりつき、絶望と悲しみの慟哭を上げ続ける。
それは、まだしばらく止むことがないかのように思えたが――。
レエテの隣に座り、彼女の頭を撫で続けて呆然と涙を流していたシエイエスが――。
突然バリッ! と己の唇を噛み締め流血させながら、恐ろしい形相で立ち上がった。
そして、レエテの遺体にすがりつく、彼女とシエイエス自身の実の息子レミオンの腕をとり、強引に立ち上がらせたのだ。
「うう、えっく、えっく……!! お、おとう……さん……?」
9歳の子供のレミオンは、涙でぐちゃぐちゃになった褐色の貌を歪めて困惑し、普段は優しい父のただならぬ雰囲気に怯えた。
シエイエスはレミオンと目線をあわせ、歯からしぼりだすように云った。
「レミオン……よく聞くんだ。
お前はこれから今すぐに……お母さんの心臓……核を、受け継がなくてはならない。
お前自身の、核で……お母さんの核を『食べる』んだ」
狂気すら感じるその剣幕に、レミオンはひきつけを起こすほどに完全に怯え、抵抗した。
「やだ、やだ!!!! なにいってるかわかんない!!! こわいよ……!!! おとうさん……おねがい……はなして!!! はなしてよおおお!!!!」
「ダメだ。これはお母さん自身の、強い望みなんだ。お父さんの望みでも、ある。そしてそれには、時間がないんだ。
……ルーミス!!!! シェリーディア!!!!
いつまでも悲しんでいたいのは俺も同じだが、もう一刻の猶予もない。事前の打ち合わせどおり、やるぞ!!! 早くしろ!!!! 云ったとおり、『これは俺の責任で行う』!!! お前たちは『罪の意識を感じるな』!!!」
怒鳴りつけられ、涙に濡れた貌を上げたルーミスとシェリーディア。
彼らも、歯をくいしばって恐ろしい形相で立ち上がり、すぐに隣の部屋のドアを開け、中に入っていった。
それを見送り、シエイエスは一同に云う。
「皆!!! レエテは兄ヴェールントに受けたように、今度は自分が――実の息子であるレミオンに核を引き継ぐよう遺言を残した!!! 寿命の伸長のために!!!
皆も辛いだろうが理解してくれ!!! 息子に運命を背負わせる俺たちの苦しみを理解し――協力してくれ!!!
今から、マルク、救護班以外の皆は全員、家の外に出てくれ!!! ブリューゲル、アニータ!!! お前たちは他の子供たちを外に出せ!!!!」
その言葉に、数秒戸惑いの表情を見せた一同だったが、すぐにうなずき、家の外に退出を始めた。そして子供たちの乳母役のアニータと、シエイエスの妹ブリューゲルは、エイツェルとエルスリード、そしてアシュヴィンをなだめすかして外に連れていった。
それに抵抗する子供たち。
「やだ、シエイエスおじさん、レミオンをどうするの!?」
「おとうさん!!! おとうさん!!!! レミオンにひどいことしないで!!!! おねがいいいい!!!!」
しかし強引に連れ出され、静寂が訪れた室内。
大臣のマルクと救護班は、すでに隣の部屋に移動していた。
シエイエスは一人残ったナユタに云った。
「ナユタ。お前には不在だったからこのことを伝えていない。もちろん何が行われるかは百も承知だろうが、心の準備ができていないはず。どうするかはお前に任せる」
ナユタはしかし、凄まじい決意の表情で立ち上がっていた。
「何云ってんだい、シエイエス……あたしが逃げるわけないだろ。見届けるに決まってんだろ。やるに決まってんだろ!
あんたはレミオンを連れてけ。レエテの亡骸は――。あたしの“念動力”で運ぶ。できるだけ静かに運んだ方がいいだろうからね……」
シエイエスは余計なことを云わずにうなずくと、レミオンの手を引き強引に連れていこうとする。
「やだ、こわい!!!! やだ、やだああああ!!!!」
泣き叫ぶレミオンは、シエイエスの手を強引に振り払い、逃げた。彼はサタナエル最強の血統、“魔人”の血を継ぐ者。子供とはいえその力は恐るべきものだ。
しかし父シエイエスは、最強クラスの魔導戦士。その程度で逃れられるような相手では到底ない。
彼は即座に“変異魔導”によって髪を変化させ、レミオンに伸ばし、五体を完全に白い髪の縄で絡め取り宙に浮かせた。
そしてそのまま、泣き止まぬ息子を隣室へ連行した。
ナユタは、物質を意のままに動かし操る禁断の魔導“念動力”で、レエテの遺体を己の胸の高さまで水平に浮かせた。
服すらずれぬほどに静かで無振動の移動によって、布団から露わになったレエテの全身は、以前の見る影もなく痩せこけていた。
ナユタはそれを見てまたしても涙がこみ上げ、親友の遺体に最後の声をかけた。
「レエテ……。そうだよね、あんただって自分の命を、あげたいよね……。そう思うよね。
わかったよ。協力する。そして息子の体内で生き続けてね……」
そして滑るような静かな動きで、遺体とともに隣室に移動する。
そこには、予想してはいたが――。目をそむけたくなるような恐ろしい光景が展開していた。