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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第二十八話 蛇王乱舞

 *


「ぷっ!! ――はああ、あああ!!」


 漆黒の闇の中の、凍るように冷たい水面。そこからアシュヴィンは濡れた貌を空気中に出した。


 やがて眼の前で上がった照明用火球で、収容所地下から数十m下にある、地底湖らしいそこの状況があらわになる。

 アシュヴィンは岸にあたる場所へ泳ぎ、上がった。

 すでにそこには、濡れた身体のロザリオンがいて、彼に手を差し伸べてきた。


「大丈夫か、アシュヴィン。さあ」


「あ、ありがとうございます――」


 ロザリオンの手をとって立ち上がったアシュヴィンの背後で、火球を放った主のアキナスが泳ぎつき、上がってきた。


「ふう……。もう、大丈夫ですよ。最後に強烈な奴をお見舞いして壁を塞いできましたから。

仲間割れして足止めも食らってたみてえだし、あのバケモンももう追っちゃこれねえでしょう」


「了解した。助けてくれて感謝する、アキナス。しかし、良く生きていてくれた」


「そうです……本当に良かった!! でもどうして、あの状況でギガンテクロウから逃げられたんですか? どう考えても絶望的だった。正直僕はダメだと思ってたのに……」


 アシュヴィンが泣きそうな貌でアキナスに近づき、云った。アキナスは皆の身体を乾かすための大きめの火球を出現させながら、珍しく貌を赤らめてしなを作りながら、答えた。


「……助けて、もらったんだ……。

逃げたのは、ギガンテクロウの奴だったんだよ。オメーを逃がし、アタイが完全に死を覚悟したそのとき、あの方が……あの方が来てくれてさあ……」



 *


 数時間前、州都地上。

 

 アシュヴィンを逃がした水道への穴を塞ぎ、その前に立ちふさがったアキナス。彼女の前に太陽の光を覆いつくすように巨大な結晶体のカラスが舞い降り、迫ってきた。


 “ケルビム”のエグゼキューショナー“ギガンテクロウ”、テオス・デュークであった。


「自分を犠牲にして子供を逃がしてやるとは感心だねえ。あまりそういうタイプには見えないけど、母性本能からかい? それとももしや、恋愛感情からカイ?」


 アキナスはダガーを構え、炎を発現させながら云った。


「失礼なこと云うねえ。アタイは母性あふれる女神みてえな女だぜ? それにな、オメーの選択肢にゃ大事な仲間を護る、てのはねえのかい? 残念な男だよねええ!!」


 云うが早いか――。アキナスは全力でダガーを振りぬき、魔炎旋風殺(フェウエレストルム)を発動した。

 死を覚悟した、全力の攻撃。直径5mにも及ぶ極太の炎柱は直前のテオスを直撃し、耐魔(レジスト)と断熱結晶体を持つ彼を後方に吹き飛ばした。


 20mほども吹き飛んだテオスの巨躯は、石造りの建物に激突し、崩壊させた。

 崩れる瓦礫をかき分け、ほぼダメージのない姿を現すテオス。


「窮鼠猫を噛む、かい? 残念だけど、キミごときにはボクを噛めやしなイヨ!!!」


 彼は翼を大きくはためかせ、結晶弾丸とともに強烈な風魔導を発生させた。アキナスを360°包囲しようとする羽の攻撃は、遠巻きにこの戦いを見ていた一部民衆にも降りかかり、彼らを一瞬にしてズタズタの血袋に変えていった。


 悲鳴を上げ逃げまどい始める民衆を視界の端に見ながら、アキナスは自分に迫る大量の羽とまとわれた風魔導をぼんやり眺めた。実感はないが、覚悟していた死がついに訪れた。そう思った。



 だが――周囲に迫っていた死の脅威は、突如として払いのけられた。


 蛇のように白く長く、それでいてカミソリのように鋭い、無数の巨大な刃によって。


 強力な魔力をまとったその刃は瞬く間に無数の羽を叩き落とし、風魔導を完全に消滅させた。

 それは――テオスが足元にも及ばぬ、圧倒的魔力差をもつ者による技に他ならなかった。


 きわめて見覚えのあるその技を目にしたアキナスは、呆然とただその光景を見ていた。そしていつの間にか自分のすぐ近くまで来ていた“ケルビム”兵士の姿に気づいた。

 白い刃――「髪が変形したもの」であるそれは、彼のものだったのである。

 兵士の貌は、見る見るうちに湯だつように変形しはじめ――やがて、ある人物の貌を形作った。


「あ、ああああ、アナタ、は……。

――シエイエス――様っ!!!!」


 驚愕、安堵、感動、思慕、さまざまなものが入り混じった表情をアキナスが向ける先で。


 “ケルビム”の鎧をまとったその人物は間違いなく、アトモフィス元首にしてレエティエム最高司令官、シエイエス・フォルズその人に他ならなかった。


「助けが遅くなって、すまなかったな、アキナス。少々立て込んでしまってな。

そしてありがとう。アシュヴィンを命がけで逃がしてくれて。この恩は忘れんぞ」


「は、ははははい!!! い、いいえ、そんな滅相もねえ――ないです!! ありがとうございます!」


 まるで普段と別人のようにカチカチに緊張するアキナス。そのやりとりを苦々しげに見ながら、テオスは胡乱な目をシエイエスに向けて云った。


「我が兵に変装してた、いや……『変形』して潜入してた、ていう訳かい?

今の髪の毛の技といい、キミは只者じゃないね、ハルメニア人のナイスミドル」


「断りなく侵入したことには詫びねばならんが、そもそもこの都は、州は、貴様らのものではないのだったな。よって、俺の仲間を手にかけようとした貴様は、遠慮なく排除させてもらう。

一応警告しておく。すぐにその翼で逃げた方が身のためだぞ。アルケーを連れてくればあるいはだが、俺は貴様の手に負える相手ではない」


 一点の恐怖も動揺もない、知的で淡々とした、きわめて尊大な内容の台詞。普段のテオスならこのような侮辱を受ければ逆上しかねないが、彼は同時に保身の天才でもある。身の危険を察知するのは得意であり、その本能が云っていた。この敵の危険性を。

 もちろん尻尾を巻いて逃げる気など現時点ではないが、彼はシエイエスに対し慎重に言葉を発した。


「――なるほど。大した自信だね。ならばボクも、己の最大の技でキミに応戦させてもらうとしよう。

いつまで、そうして澄ましていられるかナア!?」


 叫ぶなりテオスは、瞬時に上空へ舞い上がった。

 おそらく同サイズの鳥に数倍する筋力があるのか、わずかな時間で50mは上空へ飛翔したように見えた。


 そして爆発的な風魔導を発動させ、すぐに――。

 猛スピードでシエイエスに向かい直滑降を始めた!


「こいつは、対アルケー用にとっておきたい技だったんだけどねえ!!!

大地ごと、粉々になっちまいなヨオ!!!!」


 テオスの降下とともに、彼がまとった風魔導が降り注いてくる。何百本もの大剣が空から降り注いでくるも同然であり、その威力は彼が云うに違わず大地ともども対象を細切れに切り刻むであろう。


「う――あ――!」


 先ほどまで自分が殺されると思っていた相手の、脅威の技。アキナスは若干の恐怖をにじませて反射的に耐魔(レジスト)を展開した。


 しかしシエイエスは微塵も動じることなく上を向き、眉一つ動かさずに、己の武器である髪の毛を展開させた。


「……蛇王乱舞(ダンゼデュザウハーク)

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