第二十七話 不死鳥
そう。アシュヴィンが合流を目指した遊撃部隊の一員。ノスティラス皇国の剣豪女将軍ロザリオンの姿に他ならなかった。地下を必死に目指した彼女は、目的であるアシュヴィンの救出に間に合ったのだ。
しかし――打壊魔導はもう一つ生きていた。州王家の騎士二人に向かうそれは、まず前に突出していたフェリスを捉えた。怨敵であるティセ=ファルを目にした彼女はレイピアを抜いて近づいていったが、想像を絶する圧の前に足を止めていたのだ。
「い――イヤ――!!!」
成すすべなく立ち尽くすフェリス。が、その背後から素早く影が近づく。
影は手にした盾でフェリスの脇腹を打ち、彼女を吹き飛ばした。アシュヴィンと同じく強制的に打壊魔導の線上から逃れえたフェリスが見た、影の主。
ハロランだった。彼は死を覚悟した鬼の形相ながら、すべてを託すかのような笑顔をフェリスに向けた。
次の瞬間――老練なる勇者の身体は打壊魔導に飲み込まれ――。
叩き潰された虫のように、まず前後、次に上下にすり潰され、血と細胞の一片にまで赤くすり潰されていった!
「ハ――ハロラン――閣下あああアアア!!!!」
悲鳴を上げるフェリスを前に、アシュヴィンは火花が散るほどに歯を噛み鳴らした。そしてフェリスに向かって叫ぶ。
「フェリス!!! ここは僕達が何とかする!!! あなたは逃げるんだ!! 州王家のために!! この事をフォーマ陛下にお報せするんだ!!!!」
すでに涙目になっているフェリスは、一瞬逡巡したようだったがすぐに、レイピアを収めて脱兎のごとく坑道へ逃げ込んでいった。
そしてアシュヴィンは、ロザリオンに目配せした。それですぐさま全てを察したのか、彼女は背に負っていた二本の剣を両手に持ち、全力でアシュヴィンに向けて放った。そして自らは構えを取る。
ロザリオンが投げた剣は無論――彼女が大事に預かっていたアシュヴィン本来の得物。
魔工剣“狂公”と、魔導剣“蒼星剣” 。
彼は空中でその双剣の柄を見事に掴み、鞘を払って即座に技へ移行した。
「うう――おお!! 氷牙壊撃!!!!」
「虎影流断刃術、“氣刃の弐”!!!」
満を持して放ったアシュヴィンの魔導剣技、それに被せるようなロザリオンの氣刃が相乗し――。
巨大な破壊の氷の牙、そして光の刃は、坑道に続く穴に命中し――轟音を立てて瓦礫を落とし、瞬く間に完膚なきまでに坑道を塞ぎ切った。子供達の身と、フェリスの安全を護ったのだ。
「フン、小癪な真似をしてくレル」
ティセ=ファルはディーネの脇を通り抜け、敵ハルメニア人2名に対し、胸をそびやかした。
「そなたらは何を求めてここにいる? こちらの不肖の妹と異大陸のそなたらの目的は違おう。
征服か。その端緒としてのわらわの命か? それとも拷問で口を割らせるために身柄でも欲しているノカ?」
言葉を発するごとに、ティセ=ファルの姿は歪む。そしてそれに正比例して、アシュヴィンは後方へ押し出される力を感じる。そして広い室内の天井が、壁が、床が、ひび割れて軋み、危険な音を発し続ける。
この華奢で小さな女は、いやというほどアシュヴィンらに実感させていた。凡百の民と神との圧倒的差。そして見た目と乖離し、いかなる物理攻撃や魔導攻撃であろうと跳ね返す、圧倒的障壁の質量を。それを余さず攻撃に変換し続けられるこの女は、異次元の魔導士だ。もう人間の尺度に当てはめていい存在ではない。それは彼らの知るハルメニア大陸の頂点に立つ、あの大導師の力に等しいと思えた。
アシュヴィンは腹に恐ろしい力をこめて、どうにか言葉を発した。
「……どちらかというなら……後者かな……?
僕らはただ、知りたいんだ。このレムゴール大陸のすべてを。この大陸をわが物にするお前ら。その幹部のお前なら……。当然情報を持っているはずだから……な」
「なるほどな。その推測は概ね間違ってはおらんぞ、小僧。
そなたは可愛らしいうえに、面白いな。アルセウス城で見かけたときから気にはなっておったが、今言葉を交わし、ますますそなたを飼いたくなった。そちらの邪魔な女を殺し、そなたの四肢の自由を奪い、わが物とさせてもらおウカ」
邪な光を目に光らせ、初めてその手を前方に突き出し魔導を発動しようとするティセ=ファル。
アシュヴィンらは苦悶の表情となった。これまで以上の魔導を発動するに違いない敵に対し、彼らが対抗するすべは一切ない。ロザリオンは何とかアシュヴィンだけでも逃したいと願っているようだが、それも絶望的だ。
ブンッ、とティセ=ファルの手が歪みのあまり見えなくなり、天地道明の魔導が発動されようとした、その瞬間。
彼女の背後から白の翼と巨体が覆いかぶさり、その身体を絡めとり動きを止めた。
ティセ=ファルは刮目して振り返り、言葉を発した。
「ディ……ディーネ! いかにそなたであろうと、まだ動けるような傷ではないハズ……!」
そう、息を荒げ、姉の身体の自由を奪っているのは、5mに届くホワイトドラゴンの巨体。
まだ再生しきっていない身体を気力だけで動かした、血まみれのディーネに他ならなかった。
「ディ、ディーネっ!!!」
「はあ……はあ、はああああ!! ア――アシュヴィン――!! 逃げ……るんだ、逃げろ……そして……ハア、ハア…………」
ティセ=ファルは歯噛みし、障壁を強化しようとする。
「おのれ……よせ……! これ以上歯向かえば、本気でそなたを殺さねばなラヌ!!」
その様子を見て取ったロザリオンは、アシュヴィンに向かって叫んだ。
「アシュヴィン!!! 急げ!!! 今がチャンスだ!!! 逃げるぞ、地上へ!!!!」
アシュヴィンは苦悶の表情をディーネに向けた後、ロザリオンの元へ跳躍した。
が――状況は絶望的だ。ロザリオンが辿ってきたのは裏手の通路ではあろうが、建物の中であることに変わりはない。そこをいくら逃げようと、おそらくはすぐにディーネを振り払い追ってくるあの化け物を振り切ることなどできないのだ。アシュヴィンを観衆から見つけ出した恐るべき魔力感知能力で、建物を壊してでも登り追ってくるだろう。
とはいえ他に逃げ込む道もなく、ロザリオンの元に跳躍しようとしたアシュヴィンの脇で――。
突如、壁が崩れ大穴が穿たれた。なんと、壁の「外」から。おそらくは「魔導の力」で。
壁の石材を包む「炎」それとともに壁の外に姿を現した、一人の、女性。
その姿を見たアシュヴィンは――目尻に涙を浮かべながら、絶叫した。
「あ、ああ――ア――アキナス、さんっ――!!!!」
そう、壁の向こう、漆黒の洞の中でダガーを構え、魔導で壁を崩したその人物。
アシュヴィンを州都地上でギガンテクロウの魔手から救い――。アシュヴィンを完全に逃がした後、自らを犠牲にし道を塞ぎ――。その後行方知れずとなっていた、アキナス・ジルフィリア少佐その人だったのだ。
「――刺さるぐれえの、馬鹿げた魔力だぜ、女怪物め。アシュヴィン、オメーを見つけんのはガキの使いより簡単だったよ。
アタイは、『あんな程度』じゃ死なねえよ、知ってんだろ?
今度は、オメーだけを行かせやしねえ。アタイも一緒だ。ここを塞いで下に『落ちちまえば』、あのバケモンも追っちゃあ来れねえんだ。
さあ、ロザリオン様も! 逃げますよ! 早くこっちに来てください!!」