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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第二十五話 囚児解放戦

 *


 更生施設内は、明らかに騒然としていた。


 兵士たちの怒号、足音高く走り飛び交う様子。


 比較的静かな施設内で潜入を開始していた遊撃部隊、ムウル以下4名。地下水道から空調通路を伝い壁内を移動して順調に上がってきていた彼らは、喧騒を音と振動として感じ取っていた。

 暗く狭い空間内で動きを止め、耳と肌を研ぎ澄ませる。いずれも一流の戦士である彼らは、音と気配を感知することにかけては達人だ。

 風に乗るように、兵士達が不規則に発する言葉が耳に入ってくる。


「……侵入者……地下」


「ネト=マ……逃げ……ガキども……」


「ハルメニア人……州王家の……反逆……ぞ」


「ホワイトド……裏切り、乱心……大変なこ……」


「……れで……アルケー御自ら……かわれた……ぞ……」



 断片的な情報にはなるがおよその現況を感じとり、極めて厳しい表情になったムウルが、目を開き口を開いた。


「どうやら、事態は深刻だな……。

この建物が“更生施設”やらいう収容所なのは知れてたが、囚われてた子供らを逃がしたやつが居る。しかもそれが……」


 言葉を継ぎ、唇を噛みながらロザリオンが云った。


「ハルメニア人だとな。我々の他にここに居るハルメニア人は、シエイエス様、生きているならアキナス、そして――アシュヴィン、以外にはいない」


 苦悩の様子を見せるロザリオンを同情の横目で見ながら、メリュジーヌが云った。


「まー事態は一刻を争うってことは確かね。どーする、ムウル?

現場は地下みたいだよね。あたしはロザリオンちゃんに、そこに向かってもらうのが適任と思うけど」


 自分の心中を察したようなメリュジーヌの提案に、彼女を振り返った貌に光が指すロザリオン。

 ムウルは軽く頷き、云った。


「ああ、そうして貰おうか。俺たちが辿った通路を逆戻りし、地下に一直線に向かってくれ、ロザリオン。気をつけろよ」


「了解した。感謝する、ムウル」


「メリュジーヌとモーロックは、ここの中階から壁を出、敵の目をかいくぐって索敵してくれ。

遭遇する確率が高い、地下に向かってるっていう“アルケー”の(アマ)をな。隙があったら攻撃し、捕らえろ。

最も危険度が高けえ任務になる。お前らのコンビネーションを買っての判断だが、最大限に注意してけ」


「へへっ、誰ーれに云ってんのよ、心配いらないわよ。了解」


「――了解じゃ」


「頼んだ。俺は最上階に残っているらしい、“ギガンテクロウ”ってエグゼキューショナーの野郎を仕留めに行く。

こっからは分かれるが、不測の事態があった場合、深追いはし過ぎるな。とにかく一旦引け。それを忘れるんじゃねえぞ。

暫定の集合場所は、警備が薄いっていう城壁東側の門だ。何か確認はあるか?」


 問に対し返事なく、目をギラギラと輝かせる戦友たちに対し、信頼の微笑みを浮かべたムウル。


「よし! 作戦開始だ! レエティエムのために!」


 ムウルの合図とともに、ロザリオンは目に留まらぬ動きで通路を下に飛び降り、施設地下に向かった。

 引き合う相性を持つものは、魔力も符合し引き合う。今のロザリオンには、ほぼ確信できていた。地下に居て、子供達を逃がしているハルメニア人は、アシュヴィンであるということが。


(アシュヴィン、今助ける……待っていてくれ!!)


 

 

 *


 更生施設地下、施術場。人間の“頸殻”を取り出すという狂気の所業を子供達に施していた、禁断の間。


 ホワイトドラゴン・ディーネの演技により思惑どおりに、エグゼキューショナーの彼女の命令を信じた施術師たちは一旦作業を止めて全員が退出した。そこでディーネとアシュヴィン、フェリスとハロランは大扉を解放。奥にいた子供達200名ほどに対し脱出を促した。


 元々食事を当てがわれてそれなりに丁重な扱いを受けていた彼らは、むしろ突然乱入してきた武装集団の方におびえてしまい、従うことをためらった。武器を収め、アシュヴィンとフェリスが優しく説得しても大半の子供達は動く様子がなかった為――。業を煮やしたディーネが、強硬手段に出た。


 彼らはエグゼキューショナーに対しては、絶対の恐怖を抱いている。ディーネは前に出、恐ろし気な恫喝を行った。騒いだら殺す。そして死にたくなければこの者達とともに坑道を行くのだ。気を失っている施術後の子供達を起こし、共に連れていけ。これは命令だ。そう云い放つと、巨大な結晶翼と下半身のみの変異を行ったのだ。

 

 子供達は恐怖に涙を流し、悲鳴の出そうな口をけなげに必死に押さえながら脱出を開始した。

 押し合い倒れることもなく、アシュヴィンらの誘導に従って、気絶した仲間を助け、整然と混乱もなく。皮肉なことだが、人間を完全に統制しうる感情はやはり恐怖なのだと、アシュヴィンは実感した。


 だが――彼らをここまで統制してきた恐怖は、やはりそれを与えた側に牙を剥いた。

 子供達のうち一人が錯乱し、叫び声を上げながら列から離れて施設のドアを開け出ていこうとした。アシュヴィンがすかさず彼を止めたが、それに呼応したように数十人の子供達が同調して殺到。結局数人の子供達に逃げられてしまった。おそらく外の兵士に助けを求めるであろう彼らによって、ここの事態はすぐに施設中に知られることになる。


 さらに猶予はない。一同は子供達の脱出を急がせた。そして敵であるディーネに最初から最後まで頼ったまま、子供達の解放という一大作戦は、どうにか成功しようとしていたのだ。


 アシュヴィンは、出口付近の誘導をフェリスに頼むと、ディーネに近づき云った。

 彼女は結晶化変異を解除していないため、本来小さな彼女の身体は白いドラゴンの下半身で押し上げられた2mの高みにあり、アシュヴィンは見上げる形にはなったが。


「……ホワイトドラゴン……いや、ディーネ。礼を云う。お陰でひとまずこの地獄から、子供たちを解放してあげられそうだ。

――半分くらいは、間に合わなかったけれど」


 ディーネは神妙な面持ちで、これに答えた。


「すまない。ボクに出来るのはこれが限界だった。

子供達の脱出が終わったら、すぐ君らも逃げるんだ。“ギガンテクロウ”がここへやってくる前に。ボクは奴よりも強いけれど、君らを護れる保証まではない。そして戦いが始まれば、たちどころに姉に魔力を感知され、彼女自身がアルセウス城からここへやってくる。姉が魔導を使用し始めてしまったら――誰にも、止められない。ここは真の地獄になるかラネ」


「この場は、すまないがそうするしかなさそうだ。僕らの目的はお前の姉の確保だから、完全に逃げはしないけれど。

お前はいいのか? ティセ=ファルをもし説得できなかったら、お前はきっと――」


「死ぬことに、なるだろうね。それは覚悟している。

だが、ただ一度きりのチャンスでもある。逃しはしないさ。君らには感謝しているよ。現れてくれなければ、このチャンスが訪れることもなかったんだカラ」


 アシュヴィンはほんの少しだが、口元を緩めてディーネの横顔を見た。

 紛れもなく敵の幹部たる存在であるはずだが、この女性は根が善人であることに疑いの余地はないようだ。きっと長い間苦悩を感じ続けながら悪事に加担し続けてきたのだろう。


 アシュヴィンはフェリスを振り返った。子供達の最後尾を坑道内に送り込んでいる様子が目に入った。彼らには、ひたすら真っすぐに進めと伝えてある。そうすればいずれ確実に、ダルダネス州王家のレジスタンスアジトに辿り着くことができ、安全を手にできる。


 ホッとして視線を戻そうとしたアシュヴィンの視界にしかし――。

 飛び込んできた。フェリスの、恐怖に支配された、貌が。それは坑道の誘導から戻ったハロランも、同様だった。彼女らの視線は、アシュヴィンの後方、施設につながるドアに注がれていた。



 アシュヴィンの首筋に、凍えるほどの悪寒が走った。


 もう後ろに、居る。何か途轍もない脅威に相当する敵が。

 魔力は全く感じない。だが、一流の戦士として気配はもう感じている。そこに、ドアの向こうから誰かが姿を現している。


 アシュヴィンは、意識して呼吸を整え、ゆっくりと、背後を振り返った。

 同時に、動揺のあまり魔力を揺らがせるディーネの口から、驚くべき言葉が発せられる。



「……ね……姉さん……!!!

……どうして……どうして、こ、こコニ……」



 一気に血の気が引いたアシュヴィンの視線の先に、その存在は、いた。


 160cmと少しの、細身ながら魅力的なラインを描くしなやかなシルエットの、女性。

 緑がかったさらさらの白髪を長く伸ばす、絶世の美女。

 

 ――アルケー、ティセ=ファル・ラシャヴォラクその人の姿に他ならかなった。


 それまで、恐るべき技巧で魔力を完全に抑えていた、ティセ=ファル。敵を認識し、不敵な笑みを浮かべた彼女は、爆発的な魔力の奔流を、容赦なく全方位に向けて放った。

 上空から巨大な隕石が海に墜落し――巻き上げられた海水が見上げるような津波を引き起こす。そんな状況がもし起こったとしたなら、目の前の事象と一致するだろう。それほどの災害級の、脅威。



「……偶々、更生施設にわらわが来ていたのは、何かの巡り合わせであるのかな、ディーネ? こうして騒ぎを聞きつけ、妾自身が事態に対処できたことは。

胸が裂かれるほど、残念だ。目をかけてきた最愛の妹の裏切りという――衝撃的な事実がな。

じっくりと、聞かせてもらおうではないか。ハルメニア人や州王家の者などと結託し、ネト=マニトゥを逃がす暴挙に出た、その真意を。答え如何によっては、わらわは妹であるそなたを手にかけることも厭いはせヌゾ――!」

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