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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
75/131

第二十四話 頂点の強者たち

 *

 

 ディーネ・ラシャヴォラクに先導されたアシュヴィンらが、子供達の救出に動いている頃。その同一建造物内の、最上階。そこは一部アダマンタインと思われる金属で構成された、大広間だ。


 “ケルビム”が更生施設と呼ぶこの建造物は、ダルダネス州王統治時代、軍の訓練・閲兵施設として使われていたものである。

 組織の思想の根幹をなす、魔力を持たぬ人間の製造。これを実現するための重要施設に管理者として任命されていたのが、ディーネと――現在この大広間に入ってきた人物、“ギガンテクロウ”テオス・デュークであった。

 これまで見せてきた胸上部分に加え、巨大カラス様の結晶化を解除し人間の形態に戻った彼は、意外なほどほっそりとした小柄な人物だった。おそらく身長は170cm弱、体重は60kgに満たないであろう。彼のイメージ色なのか、黒い貴族衣に身を包んだテオスは、すでにこの部屋に入り椅子に座していた女性に声をかけた。


「珍しいですねえ。貴女が更生施設にお顔を出すなんて、アルケー。

お気に入りの本まで持参して、ここをアルセウス城の貴女のお部屋みたいに巨大図書館にでもするつもりですか? 勘弁してくださイヨ」


 テオスの言葉どおり――。椅子に座っていたのはアルケー、ティセ=ファル・ラシャヴォラクその人に他ならなかった。


 配下であるテオスらがいつも目にするとおり、優雅に脚を組み、分厚い本に視線を落とすその姿。さらさらの白髪の下にある貌は相変わらずぞっとするほどに美しく、身体の線もこれ以上ないほどの魅力を放っている。

 だが彼女の圧倒的強者の気配は、男に接近を許さない。これほどの魔力の化け物でさえなかったなら、女として放ってなど置かないのだが。そう思いつつ好色な視線を向けるテオスを見ずに、ティセ=ファルは云った。


「良い提案だな、テオス。前向きに検討させてもらうとしよう。

まあそれはともかく、わらわが自らここへ参ったのは、想像がつこうが先刻のハルメニア人どもとの件に関してだ。

ランジェラめが失敗した奴らの確保に、そなたが協力してくれたことには礼を云おう。その折の騒々しいほどの魔力をつぶさに感知したことで、状況はおおよそ知れている。が、一応そなたの口から一度報告を求めたいのだガナ」


 それを聞いたテオスは極限まで苦虫を嚙み潰したような貌で、不貞腐れつつ答えた。


「すでにご承知なら、詳しく話したくありませんね。思い出すのも忌々しいんで。書類にはまとめさせますから、そちらを。本好きの貴女には丁度良いでしょ。

お分かりかと思いますが、あのクソガキ(ラグラット)含めたハルメニアンの奴らを『完全に取り逃がした』のはボクの責任じゃありませんよ。まさかあんな『化け物』が現れるなんて、想像もしなかったんですカラ」


 テオスの言葉を聞いたティセ=ファルは、初めて本から目を上げて彼を見、無表情ながらもやや生気を感じさせる様子に変化しつつ返した。


「……そうであろうな。そなたらの戦闘の途中から現れた、一人の想像を絶する魔力の持ち主。

白と、黒。相反する魔力を使う、恐るべき使い手であると見た。このティセ=ファルが、全力で相対することのできるほどの相手。よもやの強者であり、最大限に警戒せねばならぬ。

あのような、もしくはそれ以上の使い手がまだ他にも居るかもしれぬとなれば、ハルメニア人どもの脅威についてもわらわの範疇だけに留めておくわけにはいかぬ。『上』に上奏せねばならンナ」


 それを聞いたテオスの目が、不気味な光を帯びた。


「それは……アケロン州の“エクスシア”にですか? それとも……シエラ=バルディ州の“ドミニオン”に、でスカ……?」


「それはそなた如きの知る必要のないことだ。が、場合によってはそれよりも上である必要があるかもしれぬ。

いずれにせよ、ダルダネス州王家の残党どもも居る。ハルメニア人と結託しこの更生施設を狙う可能性は高い。わらわはアルセウス城に戻るが、そなたはディーネとともに最大限に警戒を続ケヨ」


 その貴女の大好きな妹君には会っていかなくて良いんですか? そう軽口を叩こうとしたテオスだったが止めた。ティセ=ファルはそれを感じたのか否か、振り返って云った。


「今日は、襲い掛かって来ぬノカ、テオス?」


「それは、厭味ですか? 前回背後から襲いかかった時のトラウマは、まだボクの中から消えてないんでね。貴女の暴虐なる反撃にあい、全身はズタズタ、心臓の(コア)まで傷ついて瀕死になりましたからね。今回はやめときまスヨ」


「そうか、それは僥倖。後は任せタゾ」




 *


 そこは、まだティセ=ファルですらもあずかり知らぬ、遠い戦地。ある一方的虐殺の、戦場だった。


 城塞からは火の手が上がり、そこを守護する連隊はぼほ全滅の憂き目にあった。

 それをもたらした敵、ハルメニア勢力の主力は――恐るべきことに、たった5人の男女、さらに云うならばその中の異次元に抜きんでた一人の女、であったのだ。


 州都ダルダネスからおよそ50km西に位置する森林。

 そこに建造された拠点、ヴァサゴ砦をアルケーより任されていたエグゼキューショナー、“イグナイトサラマンダー”デュエイン・マグナス。

 結晶によって構成された、全長10m、胴回り3m以上の蜥蜴の身体を立ち上がらせ、現在の体高は4mにも及ぶ。

 彼はエグゼキューショナーではあるが、州都の守護たるエリート5名には選ばれなかった。屈辱をバネに、戦闘技術と魔力を高め、今ではライバル視するホワイトドラゴンをしのぐほどと自負するまでに己を高めた。得意とする発火、炎熱魔導も磨きに磨きをかけた。


 だが現在――目の前に相対する、ちっぽけな女――のはずの、悪魔。

 黒い帽子、黒いレザーのボディスーツとブーツ、グローブの黒の装いは悪魔にふさわしい。三つ編みにした長い金髪、可愛らしく美しい貌は悪魔のそれではなかったが、見せつけられた強大な力は想像を絶する悪魔的なものだった。


「どうした、そこまでがアンタの実力か?

アタシはまだ、ウォーミングアップも終わっちゃいねえぜ? せっかくの貴重な白兵戦、もう少し楽しませてもらいてえがなあ」


 構えすらとらず、デュエインの前で両手を広げて見せるその女性。名乗った名は確か――。

 シェリーディア・ラウンデンフィル。

 

「全力、ではないさ。今からお目にかけようと思っていたところだ。この私ノ最大ヲ!!!」


 デュエインの全身が真っ赤に光を帯び、上半身をもたげた彼の本体の下の大口から、それまでとは比較にならないような地獄の業火が吐き出された。扇状に幅5mに達するような膨大な炎は、それに飲み込まれる点のように矮小なシェリーディアの身体に向けて迫る。

 だが――。


「はあ……。勿体ぶって出てきたのがその程度か? そいつがアンタの最大だってんならここで幕引きだ。本物の『業火』ってやつを味わいながら、あの世に逝きな!!」


 失望をあらわにしながら、シェリーディアは手の魔熱風(パズズ)を引く。そしてその刃に、業火を充填する。目に留まらぬ速度で一気に突くと、先端から超々高圧縮された明るい黄色の炎が、デュエインの業火に向けて放たれる。


「赤影流断刃術 “滅刺の断”!!!」


 デュエインは見た。己の業火とぶつかり合った敵の技は、接触とともに一気に広がり――脅威の威力を弱めることなく範囲を広げた。そして、温度にして5000度以上は上回っているであろうエネルギーは己の炎をたやすく飲み込み――。吸収すらしながら絶望の炎熱となり迫ってくる。


「――――!!!!!」


 大地の熱そのものというべき、魔の獄炎。もはやかわすことは埒外、耐魔(レジスト)すらも虚しい。わずかに苦痛を長引かせるだけの防御など、無駄も甚だしい。デュエインはそれを放棄し、冷笑すら浮かべながら、獄炎を受け入れた。

 己を死に至らしめた敵への恨み。さらには冷遇しこの状況を招いた張本人のアルケー、己を蹴落としたタランテラや高みにあったホワイトドラゴンなどエリート達への怨嗟。ことごとく全員が地獄へ落ちることを願う呪詛とともに、エグゼキューショナー・デュエインは獄炎に包まれ――消滅していった。


 敵将の打倒に至ったシェリーディアは魔熱風(パズズ)を収めようとしたが――。背後に迫ってきた殺気と魔力を感知し、迎撃しようと振り返った。が、それと同時に、トーンの高い女性の鋭い声が、耳に飛び込んできた。


「そのお方への狼藉は許しません。“破孔逆流(ラナ=ケイオニウス)”!!」


 声と同時に――。シェリーディアの背後に迫っていた“ケルビム”将校と思しき男は、結晶手の伸長を止め、彼の背後から血破点に打たれた法力により全身に血管を浮き出させた。


「お――のれええええ!!!! 邪悪な侵略者ども――があああアア!!!!」


 呪詛と同時にその頭部は大きく変形し、即座に――内部から大きく爆ぜ、血漿を周囲にまき散らせ、倒れていった。

 

 血漿の一部が貌にかかり血にまみれたシェリーディアだったが、貌をしかめることも目を閉じることもせず、敵が倒れた先にいた部下の姿を視界に捉えた。

 そこに、血破点打ちの両手を交差させた体勢で構えをとった、金髪の小柄な女性。ふわふわの法衣に身を包み眼鏡をかけ、およそ戦闘とは縁遠い外見の彼女がしかし、その血まみれの姿どおりの戦鬼であることをシェリーディアは知っていた。


「余計な手出しをし、お貌を血で汚してしまいました事お詫びします、シェリーディア様。

およそ情勢にカタはつきました。情報を引き出せそうな結晶手の兵士は、ミネルバトンが身柄を押さえております。――すでに3人のエグゼキューショナーを倒したことで、“ケルビム”やらいう組織の弱体も見込め、戦果としては上々かと」


 女性の言葉にシェリーディアは優し気な笑みを浮かべ、返した。


「ご苦労、ヘレスネル。いや戦士に返り血なんざ、かぶってナンボの勲章代わりさ。気にすんな。

情報に関しちゃ、拷問が得意なアンタに任せるよ。エグゼキューショナーは、その3人のうち1人はアンタが仕留めたんだ。自分の戦果として誇りに思いな」

 

 ヘレスネル・ザンデ。この逸材の女性にまだまだ苦手意識はあるが、シェリーディアはその実力を目の当たりにしつつ共に転戦してきたことで、少しずつ彼女に対する思い入れを感じてきていたのだった。


 これはシエイエスの思う壺、なのか? 胸中で苦笑したシェリーディアだったが、単身ダルダネスに潜入しているという夫への心配が再燃してくるのを感じていた。シエイエスほどの使い手、戦略家に心配はいらないだろうが、敵の首魁も相当な化け物と聞く。万が一何かあったら。そして息子アシュヴィンのこともそれ以上に気にかかる。はやる気持ちを抑えきれない様子のシェリーディアの心中を見て取ったか、ヘレスネルが云った。


「ワタシごときが申し上げるのは畏れ多いながら、ご心配には及ばないかと、シェリーディア様。

シエイエス様は誰よりも奥方であるアナタを大切にしておいでです。シェリーディア様のご到着まで、何があっても持ちこたえられ、事態を解決に導いてくださると信じておりますゆえに」


 ヘレスネルの言葉に頷いたシェリーディアは、力強い眼光を取り戻しつつ、答えた。


「ありがとよ。アンタの云うとおりだな。シエイエスのことも、アシュのことも、アタシは大丈夫だって信じることにする。

よし! あらかた片付いたところで、野営とメシだ。休憩は2時間とし、すぐダルダネスに向け出立する! 

クピードーの奴には念話で伝えてくれ。シエイエスとの情報交換、それとアルケーとかいう女のより詳細な情報、潜入人員の状況報告をと。こき使って申し訳ないが、アタシのザウアーと連携して頑張ってくれ、ってねえ!」

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