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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第二十三話 凄惨なる悪魔の所業

 ディーネの言葉に、構えを解かぬままのアシュヴィンは胡乱な様子で問うた。


「停戦? 話がしたい? エグゼキューショナーのお前が僕らと?

一体何を企んでいる?」


 ディーネは一度両目を閉じ、なおも真摯な表情で続けた。


「信用できないのは当然だ。けれどもボクは本気で云っている。

君らと戦いたくない。そして協力し、“アルケー”を――。

ボクの姉、ティセ=ファル・ラシャヴォラクを止めてもらいたいンダ」


 驚くべき事実を口にしたディーネに対し、アシュヴィンは目を丸くして剣先を下げた。


「姉――? あのアルケーが、お前の?」


 ディーネは苦渋の表情で、小さくうなずいた。


「そう。今詳しくは話せないけれど姉とボクは、やむにやまれぬ事情で“ケルビム”に入った。いずれはここを抜け出し故郷に戻ろう、そう約束をしていたんだけれど――。

姉はいつしか、ある男に惑わされ、思想も行動も全くの別人になってしまったんだ。本当は決して、あんな悪魔のような行いをする恐ろしい(ひと)じゃないんだ。

ボクは、彼女をかつて知っていた姉に戻したい。そしてこういう取引は好きじゃないが、姉が正気に戻ってこのダルダネスを去れば、君たちにとっても大きな利益のはずだ。そのために、君らの望む作戦にも力を貸そう。

悪い話ではないだろう? どうか、協力してほシイ」


 両手を広げ、戦意のないことを強調し続けるディーネ。その彼女に向け、フェリスは鋭い眼光を崩さぬまま、レイピアの先端を突き出す。


「そんな戯言、信じると思うか!!

アルケーは我が戦友たちや民衆ら、無数の同胞の命を奪った。州を思いのままに支配し、大人に強制労働を、子供たちに怪しげな術を施した。

ホワイトドラゴン、貴様も奴の尖兵として最前線で作戦を実行してきたはずだ。そのような悪魔の言葉に耳を貸す道理などない!!!

アシュヴィン、構うことはない! 我々3人で、こいつを仕留めルゾ!!」


 だがディーネはなおも、必死の表情で語りかけ続ける。


「それは申し訳ないと思っている! ボクは極力最前線に出るのを避けたけれど、“ケルビム”の命令と戒律は絶対。姉を救い出すためにボクは死ぬ訳にはいかなかったから、確かに人を殺めてしまったし、恐ろしい悪行にも手を貸してしまった。それを償うためにも、まずは最大の脅威を取り除く行動を許してほしいんだ!! 信じてクレ!!」


「問答無用! 我らは貴様を討ツ!! 死ネ、エグゼキューショナー!!!」


 低くたわませた構えから、必殺の突きに移行しようとするフェリスだったが――。

 背後から自身の肩を掴む手を感じ、動きを止めた。


「アシュヴィン!! どうシテ!?」


 手の主であるアシュヴィンは、目を細めて首を振り、云った。


「フェリス。僕は一度、奴の言葉を信じてみようと思う」


「そんな、バカなこと受け入れられナイ!!」


「気持ちは分かる。僕も罠の可能性は限りなく高いと思うけど――。

逆に確かな事実として、奴らは一枚岩じゃなく反目しあってる。ギガンテクロウを警戒し敵対しようとしている可能性は、非常に高い。そしてあの男よりもこの女性の方が、話が通じる。重要なことは隠しているようだが、今のところ嘘はついていないと感じる。

どのみち僕らは、敵の内情についてあまりに情報がないんだ。一時的にせよこの状況を利用する方がメリットが大きいと思う」


 理知的な雰囲気どおりの鋭い戦略眼、柔和で温厚な表面にそぐわない現実思考。

 これに即座に感嘆してしまったフェリスは預かり知らぬことだが、ハルメニア大陸最高の軍略者・策士でもあった父ダレン=ジョスパンの血の片鱗といえた。


「そうだ。事実上ボクらは内部で敵対しあってる。さらにそれを煽るように姉はアルケーの椅子を餌に、エグゼキューショナーに自身を狙わせている。戯れ目的でね。

仮にボクが単独で姉を救おうとした場合、ギガンテクロウやデュアルライノセラス、カラミティウルフを同時に敵に回すことになりかねない。今まで行動を起こせなかった理由はそれだ。

――さあ、ボクを信じてくれるのなら、ついてきてくれ。今から更生施設の地下へ行く。まずは君らの望みである、子供達の解放に手を貸ソウ」


 そう云うとディーネは無防備に背を向け、歩き出した。

 今攻撃を加えれば、フェリスでも心臓を一突きにできる。その様子を見た彼女はついに戦意を喪失し、同じ表情となったハロランを振り返った後、アシュヴィンに云った。


「仕方ないな……。本当に敵対の意思がないみたいだ。私の心情的には納得できないけれど、今は君の言葉に従い停戦すルヨ、アシュヴィン」


「ありがとう、フェリス」


 自分への信頼に感謝を示し、アシュヴィンはディーネの後に続いていった。



 *


 本来、最大限の警戒とともに行われる敵地の行軍は、想像だにしない敵将の案内によって絶対の安全を保障されつつ行われた。

 敵将の専用通路なのか、警備が張られた様子は全くなく、無人の野を進むがごとくだった。

 やがて明らかな建造物内と思しき広間に出ると、階段から地下への道をディーネは降りはじめた。


「この先が、目的地だ。一つだけお願いしたい。今から何を目にしてどれぐらい驚こうとも、決して大声を上げず静かにしていてもらいたいンダ」


 アシュヴィンらが後に続いていくと、やがて空間が再度開け、恐ろしく広大な施設らしき広間へと出た。

 300m四方以上、高さ20m以上のその空間の、壁に沿った高い位置に張り巡らされたバルコニー上の回廊。そこに4人は着いたのだ。

 即座に目に入ってきた光景を見て――ディーネ以外の3名は驚愕に目を見開いた。ディーネが警告したとおりに、フェリスは思わず悲鳴を上げそうになって、両手で口を覆った。


 その施設内には、無数の寝台が整然と並べられていた。

 正確には不明だが、200~300はあろうか。すべての寝台には子供達がうつ伏せに横たえられ、麻酔なのか全員眠っているようだった。子供達は男女それぞれ概ね均等におり、キラとキリトのコルセア姉弟がそうであるように、7~12歳の間の年齢であるようだ。

 寝台の脇には小さな台が置かれ、子供約10名程度に対し一人ずつの、白衣の男がついていた。医術を修めた法力使いと見え、彼らは何と――。眠らせた子供達の後頸部を小刀で縦に切り裂き、そこから人間のある「器官」を取り出していたのだ!


 血にまみれた寝台の上で行われるおぞましい手術。吐き気を催し座り込んだフェリスの脇で、大量の冷や汗とともに青ざめたアシュヴィンがつぶやく。


「そんな……あれは、“頸殻”……? あれを子供達から切って取り出しているのか……? そんな、そんなことをしたら……」


 “頸殻”。世界オファニムの全人類、全脊椎動物が生まれながら持つ、脊髄の器官だ。

 人間であれば後頸部に位置し、エビやカニのような甲殻類が脊髄に取り付くような形状をしていることからその名が付いている。脳が思考をもたらすように、“頸殻”は人間に魔力をもたらす器官といわれる。生産する魔力を常に全身の血破孔に供給していることから、仮にそれを強引に身体から引きはがした場合――。


「そう、たちどころにショック死してしまう。それを防ぐために、魔力の枯れた“蒼魂石”を使うんだ。あんな風に。あれは強力な魔力吸収の力を持つからね。

……ただし、この方法が通用するのは、ご想像どおりまだ頸殻が発達しきっていない子供だけ。大人に強行したとしても死は避けられナイ」


 アシュヴィンの言葉を受けたディーネが指を指す。その先にいた白衣の男は、“頸殻”を切り取りはがすのと同時に、色のないただの石となった“蒼魂石”をそこにあてがいながら施術を施していた。“蒼魂石”はディーネの言葉どおり大量の魔力を吸収したのか、血にまみれながらも再び青い輝きを放ち始めたのだった。


 そして施術が終わると白衣の男は法力を施し、子供達の傷を丁寧に塞いでいく。


 一部始終を見届けたアシュヴィンは強いめまいを感じ、柵に手でもたれかかりながらディーネに云った。


「……これが、お前ら“ケルビム”の、目的なのか。

“ネト=マニトゥ”がすなわち、今ここにいる魔力を奪われた人間。

“マニトゥ”が、僕ら正常な人間。

“ネト=マニトゥ”を増やし、そして“マニトゥ”を殺し根絶やしにし――。人間から魔力を奪い続け、やがては全人類をそれに同化する。そんな――狂気の思想を実現しようとしているのがお前らだというのか」


 ディーネは険しい表情で柵を握りながら、云った。


「……その通りだ。

ボクらも詳しくは知らないが、“ケルビム”が云うには――。元々太古の昔、すべての人類は“頸殻”も魔力も持ってはいなかったのだそうだ。

欲望と悪しき意思が、人間に魔力という武器を与え――。力を得た人間の争いは激化し、現在の堕落・荒廃した世界がもたらされた。

だから、世界から魔力を根絶やしにする。人類をあるべき姿に、戻す。その後の世界を、“ケルビム”が管理し理想郷を維持する――。それが彼らノ、思想ダ」

 

 座り込んでいたフェリスが、蒼白の貌の中の化け物を見るような目でディーネを見上げ、獰猛に云った。


「狂っている。貴様らはいかれている。

脳が、思考がない者を人間、などと呼べるか? 魂がない者、などを人間と呼べるか? 

同じことだろう。魔力がない者など、人間とは到底呼べない。そんな貴様らと、共に天を戴くことなどできない。ダルダネスから追い払うだけでは済まない。神への反逆に等しい行為には、必ず天罰が下される。貴様ら“ケルビム”は、必ずや滅ぶことにナル」


 フェリスの罵声を、ディーネは神妙な面持ちで聞き、そして言葉を返した。


「“ケルビム”によれば、魔力をもたらした行為こそが、神への反逆だという話だけれどね。

……だけどボク個人の思いは、君らと同じだ。こんな行為は、間違っている。許されていいことではないと思っている。

“ケルビム”に入った人間には、勿論その思想に心酔・共感した者が大多数だけれど……ボクのように生きるためにやむなくその軍門に下った者も一定数、いるんだ。

今、ボクらの内情を詳しく話すには時間が足りないが、信じてくれ。

今ちょうど、施術が終わったタイミングで、チャンスだ。この子供達、そしてあそこの大扉の向こうで寝泊まりしている、まだ施術されていない子供達。彼らを君らの坑道まで誘導し、逃がしてほしいんだ。今からボクがその隙を作るから」


 そういうとディーネは柵からやや身を乗り出して、施設全体に響き渡る大声で云った。


「施術師諸君に告ぐ!!! 我はエグゼキューショナー、ホワイトドラゴンである!!! 

本日の施術は、現在只今をもって中止とする!!!

アルケーの命により、我が施設を抜き打ちにて視察を行うゆえにである!!! 

子供達にしかるべき処置を施し終えた者から、当施設より退出するべし!!! 繰り返す、退出するべし!!!!」

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