第二十話 極限の異才
エイツェルは、朦朧としていた意識をようやく覚醒させた。そこで目にした光景が、大雷撃魔導の攻撃が迫り、死を確定させていた弟の姿だった。
(――レミオンッ――!!!!)
貫通された胴体の傷はまだ完全にふさがっておらず、そのせいなのか声が出ない。しかし激痛ですら感じなくなった、今の極限状況のエイツェルにとっては些細なこと。彼女は生まれつき恵まれた全身のバネを最大限に用いた跳躍で、起き上がると同時にレミオンの前に飛び出していた。
勝算などない。また、自分が飛び出したところで、全力の耐魔を駆使したところで――。レミオンを確実に救える保証もない。自分の命を奪いながら身体を貫通し、雷撃は彼に届いてしまうかもしれない。捨て身の上、必死に状況に抗わねばならない。それでもエイツェルにとっては、大好きな弟を救うために他の選択肢などない。
「は――あ――あ…………っ……!!!!」
かすれ声ながら叫びを上げ、エイツェルは前かがみに両脚で着地した。そして両腕を交差させたガードの姿勢から、全力の耐魔を発現する。
「がははははははあああ!!! 小娘ええ!!! なんぞ、ワシの雷撃を受けよるかあ!!
ええぞ、存分にくラエエエエエエエ!!!!」
ザンダーの狂気じみた蛮声とともに、大雷撃は一気にエイツェル目がけて落ちかかった!
至近距離の落雷そのものであり、耳を突き破る轟音と、周囲の蒼魂石に乱反射するすさまじい稲光をもって、目前の小さな二つの存在を灼きつくそうとする。
「姉ちゃああああああーーーーん!!!!!」
「はあああああああああーーーーっ!!!!!」
レミオンの絶叫と、声が復活したエイツェルの決死の叫びが坑道内に交差し木霊する。
目がつぶれる光量の雷撃が迫り己に触れようとした瞬間、歯を食いしばり、組んだ両腕を一気に広げたエイツェル。
――その瞬間、驚くべき光景が展開された。
鏡に映した光、と表現すべきだろう。それが、恐るべき大きさのスケールで展開した、というべきだろう。
ザンダーの発した雷撃が、何と――。残らず「反射され、彼に向かって戻っていった」のだ!
「おっ――おおおおおお!!?? おおおおおおオオオオオ!!!!!」
動揺の叫びを上げるザンダーはそれと同時に自身のおそるべき雷撃のパワーを全身に受けていた。強制的に反転させられた雷撃の轟音とともに、彼の巨体を電撃が貫通し、内臓を一気に灼いた。
そればかりか、焼け焦げエネルギーで切り裂かれた体表面からは波しぶきのような鮮血が上がり――。損傷した内臓から噴き出す赤黒い血を混ぜ込んで中空に上がっていった。
一寸の後。ザンダーの筋肉隆々の本体は、瞬時に元の見る影もない黒焦げの斬死体様になった。が、ギラギラと目を剥く彼はまだ生きていた。
魔導を反射させる、その絶技――“全反射”を発動してのけたエイツェルは、比喩でない顔面蒼白となり大量の汗を流していた。そしてすぐに目を閉じ気を失い、地面に崩れ落ちていった。
「ぐへえ……ああああ…ぐえああああ……こ……小娘が……。“マニトゥ”の分際でようも……エグゼキューショナーのこの、ワシに……!
ゆる……さん……許さんぞ……おおおおおおお!!!! 死ね、死ね死ね死ねヤアアアアア!!!!」
息も絶え絶えのザンダーは大きくよろめきながらも四本の足を踏ん張り、倒れたエイツェルに死力を尽くし止めを刺そうとする。
が、一瞬とはいえ呆気に取られたレミオンが集中力を取り戻し、即座に反撃に出た。
ザンダーは瀕死といえる重傷だが、動けている以上急所は無事。すぐに再生し元の木阿弥となる。今こそが、期せずして姉が作ってくれた千載一遇のチャンスなのだ。
「ううううおおおおおおおおっ!!!! “円軌降断”!!!!」
レミオンが放った、己のオリジナル技。円軌翔斬の動きで上空高くに舞い上がり、頂点から回転の力を乗せて直角に結晶手を振り落とす。絶大な運動エネルギーと、硬化された結晶手、そしてレミオンの怪力が相乗され、恐るべき切断力の斬撃となって――。極度に動きの鈍ったザンダーの、本体の脳天に向けて、結晶手の天槌は振り下ろされた。
斬られる直前に死を前にしたザンダーの、憤悶と無念の表情ごと――。
結晶手は正中線に沿って彼を真っ二つに切り裂き、頸椎、心臓を完全に破断した。
大量の返り血、内臓を浴びたレミオンは天を振り仰ぎ、声にならぬカタルシスの叫びをあげながら――。
地に倒れ伏していく、双頭の犀の巨体の上で、立ち続けた。そして大地に到達した後のもうもうと立ち込める砂煙が晴れた後――。
レミオンは下を向いたまま、血まみれの鬼のような姿でエイツェルの元に行き、かがみこんで彼女の身体を優しく抱き上げた。
彼女は完全に気を失ってはいるが、胴体の傷も塞がりかかっている。豊かな胸を上下させて呼吸をしており、全く心配はいらないだろう。
彼女の貌にかかる白銀の長い髪を指で掻きながら、レミオンはつぶやいた。
「ハア、ハッ……姉ちゃん、やったぜ……俺たち二人の、勝利だ……!
狙った情報は得られなかったが、これで俺ら、軍議に問われようもねえような大金星を挙げられたぜ。
全部、姉ちゃんのおかげだよ」
そしてレミオンは、エイツェルの手を握りながら、厳しい表情となった。
(だが何で姉ちゃんが、あんなとんでもねえ技を……。“全反射”なんざ、俺が知る限りナユタ陛下、ヘンリ=ドルマン陛下、ラウニィー様ぐらいしか使えねえような、魔導の究極技じゃねえか……。姉ちゃんは俺みてえに、あの“不死者”だかいう野郎の血を分けられたりした訳じゃねえ。元々これができる才能を持ってた天才、ていうしかねえじゃねえか。
そのおかげで俺たちは生き残れたんだとはいえ、驚いたし、ちょっとだけ薄気味悪いってえか……得体がしれねえな)
これまでサタナエル一族としては文句なしにトップクラスの身体能力を誇ったエイツェルだが、自分やアシュヴィンほどの異能の身体能力、エルスリードの絶対破壊魔導習得というような突き抜けた能力を持たなかった。ゆえに、ここに来て突如針を振り切るような絶大な力を発揮したことは、己の姉のこととはいえレミオンの背筋を寒くさせたのだった。
ここでようやく、レミオンの耳にも周囲の喧騒が入ってきた。当然ながら坑道内の労働者たちを押さえつけていた絶対的力の象徴が、無残にもよもやの敗死を遂げたのだ。残された兵士たちに戦意はなく、早々に坑道から逃走を図ったようで、それを見送る労働者たちが上げているであろう歓声で坑道内は大音量が反響していた。
自分たちも、さっさと目的を果たしてここを去るべきだ。エルスリードと子供たちも心配だ。レミオンは両手でエルスリードの身体を抱え上げ、坑道を上がろうとした。
――と、そこへ。
自分たちに近づいてくる労働者の一団の人影を見定め、レミオンは足を止めた。
化け物を屠った、化け物。それも異大陸の得体のしれない存在に近づいてくるとは、ここの中ではだいぶ肝の座っている連中のようだ。
ボロをまとった逞しい男の一団の先頭にいた、30代後半と思われる精悍な男が進み出てレミオンに恐れげもなく近づき、握手を求めた。が、相手が女性を抱いて両手が塞がっていることを見て取ると、頭を下げてきた。
「あ、ありがとう!! 君らが何者かは知らないが、エグゼキューショナーを倒して俺たちを救ってくれた。
俺たちは、故郷からここへ無理やり連れてこられて、長い間労働に従事させられてたんだ。本当に礼を云う。俺たちが何か君らの力になれるなら、協力させてほしい。
ああ、申し遅れたな――俺はゼネリブの人間の取りまとめをしてる、マレス・コルセアという者だ。君らの――恩人の名前を、聞かせてクレ」
男、マレスの名乗りを聞いたレミオンは一瞬驚きと、喜びを現す表情を見せた。が、すぐにそのあと――唇を噛む苦渋の表情となって言葉を返したのだった。
「ご丁寧にどうも。俺はハルメニア大陸アトモフィス出身のレミオン・サタナエル。こっちは姉のエイツェル・サタナエルだ。
マレスさん、実をいうと俺らはな、あんたを探し求めてこのダルダネスの坑道まで来たんだ。
あんたには今から良い知らせと――悪い知らせの両方を、伝えなきゃならない。
落ち着いて、よく聞いてくれ」