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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第一章 受け継ぎ、道を拓く者達
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第六話 集結せし英雄、そして過去へ――

 *


 ディベト山探索任務(クエスト)の終結宣言が、指揮官シェリーディアによってなされた約一時間後。


 彼女の本国である、大陸最南端の新興国家、アトモフィス自治領。


 太古の昔、自然の奇跡によってもたらされた――放射能の絶壁に囲まれし巨大生物のジャングル。かつてサタナエルが、大陸に存在を知られることなく潜伏を続けた「本拠」としていただけのことはある、別世界の秘境。


 サタナエルが滅びた現在、彼らの居住地域を国として整備し、ジャングルの自然と共存し続ける開かれた国家として生まれ変わっていたのだ。


 その悪の組織の総本山であった、元宮殿。現在では伯爵居城となったそこを中心に栄える、人口6万人の首都――その名は英雄の名を冠した、レエティエム。


 現在建国記念祭りの真っ最中であり、街の通りや市場は飾り付けや屋台、催し物で賑わいを見せ、道に繰り出す皆が笑顔であった。レエテ一行を讃える文言が掲げられて彼女の銅像の元に人が集い、2週間のあいだ宴が行われるのである。


 その幸福な国民の様子を微笑みながら見下ろす、一人の人物があった。

 伯爵居城上階の窓辺に立つその人物は、知的でダンディズムを漂わせた40歳前後と思われる男性。

 質素で引き締まった造りの、黒の貴族服、ブーツ、手袋に身を包んでいる。均整の取れた身長180cm強の逞しい肉体だ。細面で威厳に満ちた貌は艶のある若々しい肌と、きわめて鋭く整った美貌を備える。特徴的なのは口から顎にかけて細くきれいに整えた白い髭と、眼の部分で光る丸い眼鏡だ。元から白いのであろう色素の抜けた頭髪は、オールバックで後頭部下で結ばれ、長く腰まで伸びている。

 その隙のなさと硬質さは戦士というより、ベテラン軍人のそれを強く感じさせるものだった。


 その彼に背後から声をかけ近づく、一人の男性がいた。


「アトモフィスは――本当にいい国になったな、シエイエス兄さん。

オレも来るのは2年ぶりぐらいだが――こうして活気のある様子が見られるは嬉しいし、何よりレエテを本当に大切にしてくれてるのが――有り難いよ」


 それに対し振り向き言葉を返す――アトモフィス自治領国主、シエイエス・フォルズ・サタナエル伯爵。


「そういってくれると俺も安心するよ、ルーミス。レエテという偉大な女性の夫であったというだけの理由で、伯爵位の跡目になった俺などに――よくついてきて尽くしてくれた、国の皆のおかげだよ。本当に、感謝の言葉しかない。レエテを未だに慕ってくれてることにもな」


 その言葉を聞いた――ボルドウィン魔導王国王配にして大僧正、ルーミス・サリナス・フェレーインは、フッと笑いを浮かべた。


 彼は現在31歳。サタナエル大戦後すっかり大人になったことに加え、壮年になったことによる若干の渋みも加わった。178cmにまで伸びた身長、すらりと引き締まった身体の上には昔から変わらぬ法力使いの鎧の上に僧侶用のトーガを羽織っていた。信仰は未だ薄れることがないのを示すように、流麗な眉と大きな瞳、通った鼻筋整った唇という美貌はセクシーさよりも神聖な清らかさが勝っていた。ブロンドの髪は洒落た形に切りそろえられ、毛先が眉と頬と首にかかっていた。

 彼の身体と実力の成長に合わせて変化してきた右手義手、“聖照光(ホーリーブライトン)”は現在4代目。“魔工匠(マスター)”イセベルグ・デューラーの匠の技で、鋭い爪が内蔵式になったことで金属の見た目ながら普通の手のような形状まで進化していた。他にも様々なギミックがあるようだ。


「ああ、本当にね――! シエイエスあんたも、そしてあたしも十二分以上に素晴らしい王様だって思ってるけどさ――。

死んでもう7年になるけど、未だに思う。レエテは本当の女神様みたいな偉大すぎる奴だったんだ、って。

あいつが大陸にいないことで空いた大きな穴を、未だにあたしたちは埋めきれてないし、一生追いつくこともないんだろうなってしみじみ思うよ」


 シエイエスとルーミスに対し、部屋の奥からため息まじりの言葉を発する、女性。


 彼女は、テーブルの前で上等な安楽椅子に腰掛け、果実のジュースの入った杯を手で弄んでいた。

 女性としては平均的な身長の165cm弱のようだが、胸や身体の線のプロポーションは艶やかで魅力的だった。その身体は、極めて豪華な意匠の施された、純白のローブドレス。空いた白い肌の胸元から伸びる高い詰め襟にあしらわれた、高カラットのルビーが美しい。他にも様々な宝石アクセサリーを身に着けているが、最も眼を引くのが、頭頂部の金色のカチューシャであった。若干動物の耳のように2つの緩い突起が上がり、中央には他のルビーとは比較にならない強力な魔力を秘めた、ルビーがはめ込まれている。

 髪は鮮やかな紅色で、ストレートに肩から背中まで伸びている。おろした前髪の下にある貌は造りの派手な美貌で、つり上がった細眉とやや垂れながらも不敵な生命力を放つ大きな眼が、意思の強さと高貴さを周囲に放っていた。

 年齢は42歳、しかし意思の強さと生命力もあって10歳は十分に若く、他人に見せているのであった。


 シエイエスは彼女に歩み寄り、手前の椅子に腰掛けながら云った。


「そうだな、ナユタ。大陸だけじゃない、俺達の心の中の穴もまだ、埋まってはいないしな。

だがそんな偉大なあいつの――。シャイでズレた天然で、酒にだらしなく蛇が怖かったなんていう本当の貌を知ってるのも俺達だけだ。あいつだって可愛いところのある普通の女だったじゃないか。

あまり、レエテと自分を比べるな、ナユタ。ラウニィーからも云われてるだろう? 今大陸最強の存在であるお前に負担がかかっているのは知ってるが、少なくとも俺達仲間に遠慮はするな。

いつでも助けを呼べ」


 サタナエル大戦の戦友の一人の言葉は、女性――ボルドウィン魔導王国国王兼、大導師府大導師ナユタ・フェレーインの曇った表情を氷解させ、笑顔を取り戻した。


「ふっ――。会うのは久しぶりだけどシエイエス、あんたの台詞の安定感っていうか、安心感は大戦のときから変わらないよねえ。ありがとう、だいぶ気が楽にはなったよ」


 そこへルーミスも近づき、椅子に腰掛けた。彼にとっては年上の愛しい妻であるナユタの、少し元気になった様子を見て安堵の笑みを浮かべながら。


「やっぱり、兄さんに会ってよかった。ここ1年位ノスティラスからもエストガレスからも頼られ過ぎて、あまりにナユタが大変そうだったからな。

ラウニィーのおかげかな。正式な会談の前に、水入らずで話す機会を持ちなさい、っていう助言のな」


「そうだねえ。ラウニィー(あいつ)の云うことはいつも正しいし、あたしは頼りっぱなしさ。

……ラウニィーといやあ、探索任務(クエスト)の方は、そろそろ封印完了の知らせがあっても良い頃じゃないか? シエイエス」


「それを、云おうと思っていた。探索任務(クエスト)は無事封印を終え、終結したそうだ。

ついさっき、クピードーの奴が念話を送ってくれてな」


「そうか!!! 良かった! 『子供たち』は、無事なんだな!?」


「ああ、無事だ、ルーミス。エルスリードもケガもなく、アシュヴィンと組んで多数の怪物を討伐し、ラウニィーのサポートもしたそうだぞ。……ふふ、やはり娘のことが心配なのかな、ナユタ」


「……ハッ!!! あんなクソ生意気な小娘、あたしは娘だなんて思っちゃいないよ!!!」


「またそんなことを。ここへ来る道中、オマエは一体何回オレに探索任務(クエスト)の話をした? 最近怪物の強さも数も倍増してるだとか、シェリーディアの奴の指揮じゃダメだとか、子供たちだけでやれるのかとか。あれが心配じゃなかったら、一体何だって云うんだ?」


「う、うるさいね、ルーミス!!! 

ま、まあ……ボルドウィンの沽券もかかってるしさ……。無事だったのは、エルスリード(あいつ)にしちゃ良くやったと……おも……思うけど。

ほ、他の子はどうだったのさ! エイツェルとレミオンは!」


「エイツェルとレミオンは二人で組んで、ラウニィーの守護に活躍したそうだ。だがレミオンの奴が――また油断してケガをし、レエテの石碑が傷ついたことに逆上して、一時間再生が必要なほどの重傷を負ったそうだ」


 急激に険しい表情になり怒りと苦悩をにじませるシエイエスの言葉に、ナユタとルーミスは驚愕した。ナユタが口に手を当てて叫ぶ。


「そ――そんな! 致命傷の再生を繰り返したら、寿命が縮まるかもしれないって、あれほど!!」


「ああ、あの馬鹿息子……。相変わらず後先考えずにその場の感情だけで動き、注意を欠き、痛い目にあっても反省のかけらもない。本当にどうしようもない阿呆だ。

俺の云うことも、エイツェルの云うことも最近は聞かず、唯一苦手なシェリーディアが監視していてようやくといったところだ」


 シエイエスは拳を握りしめ、強い感情を押し殺すように云った。


「シェリーディアも悩みながら、『俺の子供たちの母親になることを』決断してくれたというのに――。内心あれだけ心配しているというのに――。

レミオンの命を縮めることも、絶やすことも、あってはならない――そうなってはならないんだ。

あいつの中に『命を移させてくれた』、レエテの強い思いを、無駄にしないためにも」


 そして天を仰いだシエイエスの脳裏には、7年前のある記憶がまざまざと蘇り、巡り――。

 すぐにそれは、ナユタにもルーミスにも同様に伝播していった。


 「あのとき」の、想像を絶する凄惨な現場の、強烈にすぎる記憶と決意を辿る道程が。

 そしてその後の、決して平坦ではない道程が――。

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