第十七話 デュアルライノセラス
一見、偉大さ高貴さのかけらもない労働者然としたボロボロの大男。だが、見た目など関係ない。この男が名乗ったとおりのエグゼキューショナーであることは誰よりも、間近で腕を捕まれているレミオンが実感している。肌で異常な闘気と殺気、魔力を受信している。
このままでは――あのテオスと同じく、何らかの怪物の外見を備えた巨大な疑似生物に姿を変えられ、変異が完了したその瞬間にレミオンの命はなくなる。だが、作業着を引き破り結晶の山と化していくザンダーの動作完了をおめおめと待つほど、レミオンは臆病でも愚鈍でもなかった。
「――だっ!!! らあああああああああああ!!!」
気勢とともに、迷うことなくレミオンは掴まれた己の関節を外し、“伸長手”を行使した。手首は掴まれたままながら、身体に幾らかの自由を得たレミオンは腕の伸長が許すかぎり――。神速の足さばきでザンダーの背後に回り、渾身の蹴りを放った。
狙いは後頸部だ。自分たちと同じ半不死身の肉体を持つのならば、弱点も同じはず。ましてやレミオンは蹴撃の名手として必殺の技をいくつも有したレエテの息子であり、その才能は確実に受け継がれている。
弱点を捉えれば即死させる蹴りの威力を感じ取ったザンダーは、迷わずレミオンの手首を放しその手で防御に移行した。
ザンダーの腕の結晶体と、レミオンのブーツの金属部が作り出す衝撃音が、坑道内に木霊した。
反動で数m弾き飛ばされたレミオンに対し、すでに身体の体積が元の10倍以上に膨れ上がっているザンダーは、人を食い殺せそうなほどの大口を開け、凶暴な叫びを上げた。
「やりおおおりゃあああ!!! 餓鬼がああ!!!
さすがは“銀髪褐色肌”一族じゃわああ!!! 最高に楽しめそうじゃノオオオ!!!」
「ザ、ザンダー様!!! こ、これは!!
侵入者なのですか!! すぐにアルケーニ報告ヲ!!!」
坑道内に響く大音量と振動を受け、駆けつけてきた10名ほどの兵士の隊長格らしき男が、怯えて遠巻きながらザンダーを呼ばわった。
すでに4本足の巨大怪物の肩に乗る位置まで上がっているザンダーは、兵士達を見下ろして叫び返した。
「やめえやああ!!! あんの跳ねっ返り女に教えたるなあ癪じゃあ!!!
ディーネじゃあ! あれに教えたれや!! あれなら、物事を悪いよおにはせんからナアア!!」
「か――かしこまりました!! すぐにお伝えいたしマス!!!」
這々の体で逃走していった兵士を尻目に――ついにザンダーの変異は完了していた。
“デュアルライノセラス”を名乗る彼の変異体はその名の通りに、「双頭の犀」であった。
体高は5m弱、体長は8mにも及ぶであろう。装甲のような厚みで盛り上がった体表の内側はテオスと異なり恐るべき密度の結晶体が詰まっていると見え、体重は1トンを超えるのではないかと思われた。
何よりも特徴的なのは――。本来中央から1個しか突き出ていないはずの頭部が、肩で枝分かれして2個有されていること。ザンダーの上半身はその2個の頭部の中央に位置する肩部に突き出る形となっている。
広大な坑道のドーム状の空間の中でも、異常な圧迫感を伴う、これまでのエグゼキューショナーの中でも群を抜く巨体だ。見るからに機動性に欠ける代わり、圧倒的パワーで押すタイプに違いなく、一見突破口がありそうに見えるが――。それを補う手段など、この怪物には当たり前のように用意されていたのだった。
「ま――魔導を使うの!? それも、雷撃魔導! なんて、強さ……」
驚愕のエイツェルの言葉どおりに、ザンダーの犀の頭部にある鼻上の角からは、“蒼魂石”のように青い光を放つ雷撃がパリ……パリ……と音を立てて形成されていた。双頭のいずれもからであり、雷撃はその中央でぶつかりあい明らかに威力を激増させているのだった。
ザンダーは貌に狂喜を貼り付けながらエイツェルの言葉に答えた。
「あの一族のくせに魔導をよう感知するとは、やりおるのおおお、小娘えええ!!!
さようじゃあ! ワシの武器の一つよおお!! これから繰り出す攻撃い、おのれらは耐えよるかノオオ!!!」
最鋭の殺気とともに、ついに双頭の犀は一歩を踏み出した!
想像どおりに、俊敏といえる動きではないものの――。巨体がもらたす一歩の「歩幅」により、それは異常な速さで二人の元に到達。
初撃は――双頭の首を急激に伸ばしての、二人同時への潰撃だった。
「ちいいいいいっ!!!」
火山弾のように上空から降り注ぐ頭部を、レミオンとエイツェルはそれぞれ跳躍と側転の体術でかわした。テオスと比較すれば鈍重とはいえ、二人としてはギリギリしのげるスピードといったところ。
坑道床面の岩盤を叩き砕いてめりこんだ、巨大結晶の頭部。二つのその頭部から、一気に青い超高圧電流がスパークした。
「――くっ!!!」
二人はそれぞれ耐魔を駆使しそれを受けた。腕や身体の側面に、電流による苦痛と発生する熱による内部火傷を受けつつも退避した彼らは、ザンダーの脚部の脇を抜け後部に回り込む。
動き回りながらも僅かなアイコンタクトで互いの意思を確認した二人は、後部に回り込むや否や阿吽の呼吸の打撃をザンダーの後脚部に打ち込んだ。
「おおおオオ!!??」
後方から間接部分に、ナックルハンマーと蹴りを叩きこまれたザンダーの巨体はバランスを崩し、大きく後方へ傾いた。
「こんだけのチャンス――逃すかよっ!!! てめえの大好きな鉱石突き抜けて、地獄へ堕ちやがれやああ!!!」
レミオンは叫び、右手伸長手を最大限に振りかぶり、ザンダーが破壊した壁と反対方向の脇腹に向かって、渾身の打撃を結晶手に込めて打ち込んだ。
そしてそれと寸分たがわないタイミングで、同じ位置にエイツェルが両脚での浴びせ蹴りをヒットさせた。
「――!!!!」
体勢を崩したところに激烈な衝撃を受けたザンダーの犀の巨体は、たまらずにやや後方に向けて横転した。そしてレミオンとエイツェルが衝撃を加えた反対方向――。すなわち吹き抜け坑道の奈落へと床面を破壊しつつ転落していった!