第十五話 発現する異才
「な……何!? この光? 何があったの? エイツェルあなた、何をしたの!?」
目を見開いて起き上がったエルスリードがエイツェルに問いかける。
彼女が見ている、親友の結晶手が砕いた地面の下から青い光が煌々と漏れ出している光景。それに対する正常な反応だ。
エイツェルはそれに答えず、光の一点から目を離さぬままに結晶手を振り上げて地面を掘り返し始めた。
すると――。その光源はすぐに彼女らの前に姿を現した。
「何だこいつぁ――。青く光る、石?
しかも何だ。姉ちゃんが掘り起こしたそばからどんどん、光が広がっていってるじゃねえか……!」
レミオンが感嘆の声を上げる。エイツェルが青い石の一片を掌に乗せて呆然と見つめていると、目覚めの目をこすりながらキラが彼女に云った。
「あー、“そうこんせき”だ。おねえちゃんたち、知らないの、ソレ?」
「“蒼魂石”……? この光る石、レムゴールには普通にあるものなの、キラ?」
「うん。ここみたいなこう道がいっぱいあって、おっきなたて物の中とか、道ろをてらすために地下からほってるんだよ。空気にさわるとそうやって青く光って、何か月かすると消えるんだ。
たきぎよりも高いから、わたしたちの家にはなかったけど。あと、“えぐぜきゅーしょなー”に何か変な場所につれてかれてから――。それにさわるとわたし、火傷するようになっちゃったんだ。街のおてつだいしてたみんな、そう。だからわたしたちにそれ、近づけないデネ」
「……!」
エルスリードの目が鋭く光った。キラの云う症状は間違いなく、魔力の喪失が原因だろう。人間の持つものとは異なるが“蒼魂石”は確かに魔力を放っている。普通の人間なら微かでも耐魔の力を発揮できるが、キラにはできない。保護するもののない状態ゆえに火傷の症状を呈するのだ。
レミオンもまた、目を細めながら低くつぶやいた。
「こいつぁ……たぶんハルメニアで云うところの、ドミナトス=レガーリア建国の発端になった貴金属鉱脈の資源利権、に近い可能性があるな。
間違いなく、貴重な資源だ。ダルダネスにはこの採掘場がわんさかあるってんなら、“ケルビム”って組織の奴らはこれを狙い侵略をしかけてきたんじゃねえか? それなら一応の話の筋は通る。
まあそれでも、“ネト=マニトゥ”やらいうもので人間から魔力を奪おうって話の筋の方にはつながんねえがな……」
そこで蒼魂石をじっと見つめていたエイツェルが、やはりつぶやくように言葉を継いだ。
「いや……そうでもないかもしれないわよ、レミオン」
「……姉ちゃん?」
「……エイツェル?」
「この石……ただ光るだけの代物じゃないと思う。なぜだか、感じるんだ。もっと中に封入されてるみたいな本来の巨大な魔力を。そうね……たぶんあたしの手に乗ってるこの大きさだけでも、普通の魔導士一人分の魔力は入ってる。そういう感じ。
うまく云えなくて、ほんと勘みたいなもんだけど……。この石をうまく利用すれば人間の代わりに魔導を使う道具か何かをどんどん作れて……。人間が魔力を持つ必要がない世界にもできるんじゃないか。“ケルビム”ってそれを狙ってるんじゃないか。そんな気があたしはした」
エルスリードは驚愕の目で親友の横貌を見た。この石をいくら見ても、自分にはそのような膨大な魔力は全く感じられない。本人はその凄さを自覚していないようだが、それをもしもエイツェルが本当に感じているというならば、彼女は自分よりも軽く二回りは次元の違う大魔導士――。そう、それこそ導師ラウニィーや、大導師ナユタと同格の魔力感知能力を備えているということになる。
魔導の訓練を受けたこともなく、魔力量も飛びぬけているわけではなかったエイツェルが、まさかそのような能力を――?
「そうなのか……。それが本当なら、この坑道を押さえてる“ケルビム”の奴らの首根っこを捕まえてそこの所を吐かせりゃあ、あいつらの真の目的にたどり着ける可能性が高いってことじゃねえか。
そいつは思わぬ展開だ……。俺らはただの軍規違反者でしかなかったが、最高の戦果を持って帰り、『あいつ』をちったあ見返してやれるかもしれねえ。
俄然たぎってきたぜ、俺は。先を急ごうぜ、みんな。“ケルビム”の野郎らをぶっとばし、早くキラとキリトの親父さんを助けてやろうぜ……!」
やる気を漲らせはじめたレミオンは、やにわに立ち上がり出立支度を始めた。
最初はそれに苦言を呈そうとしたエイツェルとエルスリードだったが、考えれば彼の発言は今の状況においては正論だ。苦笑をしながら彼女らも支度にかかったのだった。
*
少年少女の行軍はしかし、さほど長い時間は要しなかった。
坑道を歩き始めてすぐに、地形が変化した。細い通路が広がりを見せ、下へ下がっていくにつれて天井も広くなり、様相が変わった。おそらくは『底』――に近づいているのだ。
エイツェルは一度後続の仲間を停止させ、振り向いて云った。
「もう――たぶん現場は近づいてるわ。ということは、敵にも近づいてるということ。
もうこれ以上、キラとキリトを連れてはいけない。エルスリード、お願いできる?」
エルスリードは唇を噛んだが、この中で指揮官経験者であるエイツェルの判断は正しい。
隠密に、敵兵の背後から首をかき刃を突きつけ、場合によってはその身体ごと強引に拉致する。そのような戦士の力量と身体能力を持ち合わせた一族の二人こそが、ここでは適任。逆に圧倒的攻撃力・殺傷力で迎撃ができる魔導士の自分は、子供を護る後衛こそが適任だ。
「了解。それじゃ私は、参謀役として助言をさせて貰うわね。
エイツェル。あなたがさっき推測したことが事実だとしたら、これから行く蒼魂石の採掘場は相応の警備体制が敷かれていて――。多数の兵士だけではなく“エグゼキューショナー”が守護している可能性が高い。
まずは決して焦らず前に出すぎず、兵士の一人から情報を入手するのを最優先にして」
エイツェルは微笑み、エルスリードに言葉を返した。
「ありがと、よく分かった。隠密第一で行ってくるわ。すぐに戻ってくるから、それまでよろしくね」