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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第十三話 カラミティウルフ

 *

  

 ダルダネス城壁北部の、森。ムウル率いる遊撃部隊が、アシュヴィンらの成果を待つ間キャンプ地としていた場所。


 火の跡、野営の跡を巧妙に隠し、彼らはすでに姿を消していた。

 アシュヴィンとアキナスの危機を察知し、すでに北部城壁への侵入に向かっていたのだ。


 ロザリオンとメリュジーヌが語り合い、仲違いを解消した木陰。そこに――。



 姿を現した、馬上の男。



 漆黒の、巨馬。それに跨る、靴先から帽子まで、全身黒衣の者。


 長い金髪をなびかせ、帽子の下の無精髭に覆われた口から葉巻の煙を吐く、その男は――。


 ハルマーに近い森林地帯で、レミオンらの命を救った人物。

 “不死者”ドラガンであった。



 他者に暴虐なまでのプレッシャーを与える源である、魔力。それを発散しながら彼は、ロザリオンらがいた場所まで馬を進めた。そしてその地面を見つめながら葉巻を口から離し、低い声でひとりごちた。


「こいつあ……美女二人が先刻までここにいらしたようだなあ……。

一人は、俺好みの超イイ身体の金髪美人じゃねえか……しかも、たぶん生娘か……。

たまんねえな。ぜひ実際お目にかかってみてえもンダ」


 ドラガンは周囲を見渡し、葉巻を咥えなおしてもう一度、大きく煙を吐いた。


「あとは、“銀髪褐色肌”のデブ男と――たぶんこの中で一番強ええ、アダマンタイン持ちの剣士か。

全員揃やあ、そこそこの戦力だな。だが――。

あの“アルケー”ちゃんには、足元にも及ばねえ。そうだろ?

――さっきから俺を尾け回してる、エグゼキューショナーさんよ、ナア?」



 ドラガンのその台詞を合図にしたかのように――。



 背後の樹の幹から、一人の男が姿を現した。


 紫色の長髪をなびかせた、深紅の鎧の騎士。


 今はリザードグライドに騎乗してはいないが、紛れもなく――。


 “ケルビム”のエグゼキューショナー、フィカシュー・ガードナーであった。


 彼はため息をついて微笑み、ドラガンに言葉を返した。


「さすがですな、“不死者”。拙官ごときがいかに気配を消そうと、その偉大な魔力感知能力の前には、児戯にも等しいと見える。

ここに先刻まで居た――私が相対した女騎士を含む異大陸の侵略者どもの素性まで、明らかにさせるほどのその能力の前ニハ」


 ドラガンは、肩をすくめて称賛の言葉に応えた。


「謙遜するほどじゃねえよ。おたくの魔力や、気配を消すテクも相当なもんだ。

一目置いてやってもいいほどだが――おたくら“ケルビム”の口から侵略者呼ばわりは、身の程を知ってねえ証として大きな減点対象だな。

で? いかつい男のケツを追っかけまわす、高尚なご趣味の騎士様が、この俺ニ何用ダ?」


 皮肉に満ちた軽妙な口調で返されるドラガンの言葉に、フィカシューはますます笑みを深くして答えた。


「我々からの申し出は、きわめて簡潔です。

ダルダネス市中への立ち入りを、ご遠慮願いたい。

貴殿ほどの存在に対し、自由を制限することは基本できぬのは承知ですが、これだけは聞き届けていただきタイ」


「制限できねえのを知ってんなら、話は早ええな。

俺に命令なぞ、100年早ええぜ、おたく。

俺はな、見つけたんだ。『200年の間』待ち焦がれた――情報の“鍵”を。そいつを手にできる寸前に迫ってんだ。永らく感じることのなかった、ガキみてえな熱い興奮を感じてるとこなんだ……。

それを邪魔するとありゃあ、容赦はしねえゼ、“ケルビム”ヨ」



 穏やかな表情を崩さない、怪物は――。


 突如魔力を倍増させながら、さらなるプレッシャーをフィカシューに被せてくる。


 だがフィカシューは――。それに怯む様子を見せるどころか――。

 口元が裂けんばかりに怪異な笑みを浮かべ、その首から下の全身に、異様な変異を開始していたのだった。


 それはあの、アンネローゼが見せた『結晶の肥大化』。

 異常増殖による戦闘形態、その変異の前兆に他ならなかった。


「ならばやむを得ませぬな――。

このエグゼキューショナー・フィカシュー。“カラミティウルフ”の異名を取る拙官が――。

貴殿のお命、もらい受ケル!!!」


 その口上の、わずか数秒の間に変異を完成させたフィカシュー。

 増殖した漆黒の結晶体で形作られた、筋肉隆々の四肢を持つ巨大な狼への変異だった。

 全長7m、体高3m以上。ハルメニア大陸で伝説の存在である、魔導生物ブラウハルトすら上回る巨躯の怪物の頭部にあたる部分は――。

 大口を開け牙を剥きだした開口部の上、両眼と脳が存在するはずの部分に、フィカシューの肩から上の部分が覗くという、他のエグゼキューショナー同様の悪夢のような姿。

 かつ彼の胴体部分は独特で――。すべてが漆黒の結晶体なわけではなく、斑模様に白銀の様相を呈していた。

 ある意味高貴、ともいえる捕食者(プレデター)の威容。それが、彼の戦闘形態だった。


 間を置かず、フィカシューは巨体を翻し襲撃にかかった!


 その大きさの前には――。ドラガンとその巨馬ですら、傍目には全くの哀れな獲物でしかなかった。


 ドラガンは、まったく緊迫感を漂わせぬ不敵な笑みのまま、周囲の障壁(バリエレ)だけを厚くし続け迎撃しようとしているかに見えた。


 一方ドラガンを影で完全に覆いつくすかのような巨体のフィカシューは――。異常な速度の動きで、襲撃に入った。

 その速さは、音速を超えているかのように身体の一部をかき消すほどであった。


 障壁(バリエレ)の森林をかき分けるように、目に見えぬ一撃を加えた後。

 フィカシューの巨体はドラガンの背後に、何と全く音を立てぬ静謐の着地を果たしていた。

 恐るべき柔軟さと身体能力だ。


 そして表情を変えぬドラガンの頭部は、首に入った斜めの赤い条線を基準に――。


 動脈からの噴血とともに、地面に落下していった。


 フィカシューは振り返り、その様子を確認する。

 彼の動作には未だなお、微塵の油断も感じられなかった。



 すぐさま――。

 彼の視界では、驚愕の、光景が展開された。

 

 

 地面に転げ落ちたドラガンの貌。その中で一度は光を失いかけた目が、突如ギョロリと動き――。

 

 そして不敵な笑みを浮かべ、同時に馬上の首なしの身体から伸びた右手の手のひらを広げたかと思うと。


 まるで糸で釣られるがごとく首が浮き上がり――。素早く元の位置に戻った。

 

 そして血を噴き出す傷口に構わずドラガンは、左手を頭上の帽子に当て、上から押し付ける。


 1秒も要することなく出血が止まり驚異の細胞再生を遂げる彼の喉は、すぐに気管の再生を終えたようで、苦し気ながらも再度言葉を発し始めた。


「――ひゅ――か――が――な――なんてこと――してくれやがんだい――。

見てみろよ。一張羅が血で台無しじゃねえか。手間取らさねえでくれよ。

だが、やっぱやるなおたく。俺の障壁(バリエレ)を突破してくるとは並大抵のパワーとワザじゃねエヨ」


 首に続いて空中を浮遊してきた葉巻を口に咥え、口元から煙を吐きながらドラガンは云った。


 

 ここに今、ハルメニア人が居たとしたら――。

 “不死者”と呼ばれた男が発現した事象に対する二重の恐怖で、言葉を失うだろう。


 一つは、ハルメニア大陸の超人サタナエル一族ですら即死となる、頸部の完全断裂を経ながら平然と生きていること。

 今一つは、大陸頂点の存在ナユタのみが使用できる最強魔導、“念動力(テレキネシス)”に相当すると思われる力を用いたこと――。

 


 この光景を目にしたフィカシューは、一部しか露出していない肩をすくめ、云った。


「やはり――伝説どおり貴殿は本当の化け物だ。拙官ごときの力でどうにかなる相手でないことは、身に染みて良く理解できました。

手段を変えさせていただこう。

“不死者”ドラガン。貴殿が知りたくてたまらないであろう情報の“鍵”とやら。それに相当する情報を拙官が握っているとしたら、わが要求を聞き入れる気になりますカナ?」


 その言葉にドラガンは笑みを消し、鋭い目線をフィカシューに送った。


「ほう……。おたくが、俺の欲しい情報を? 一体何を知ってる、てんダイ?」


「拙官は――シエラ=バルディ州王家に連なる者。

そう申し上げれば、お分かりいただけますカナ?」


「!!!!」


 ドラガンの表情が、瞬時に驚愕に転じた。

 そしてそのまま数秒、凍り付かせた後――。

 彼は笑って肩をすくめた。


「なんてこった……! そいつはとんでもねえ衝撃の事実ってやつだな。

確かに俺が、喉から手が出るぐれえに欲しい情報に違いねえ。

わかったよ。その情報をくれるってんなら、俺はダルダネス市中に入り込まねえことをここデ誓ウ」


 フィカシューは満足そうな笑みを浮かべ、その巨体のまま、背を向けたまま、去ろうと足を踏み出していた。


「結構。では拙官もこの騒動が済み次第、貴殿のもとにはせ参じ、知る限りの情報をお知らせすることを誓いましょう。

今は市中が予断を許さぬ状況ゆえ、失礼させていたダク」


 遠ざかっていくフィカシューの背中に、ドラガンは言葉を投げかけた。


「全く、なんの因果でおたくのような人間が“ケルビム”の指揮官なぞやってるのか……。心情はお察し申し上げるよ、せいぜい頑張んな。

ああ、あと一つ思い出した。教えといてやるよ。

ハルメニア人の連中はな、知ってたぜ。名だけのようだが――。

“ヴァレルズ・ドゥーム”のことヲナ」


 今度はフィカシューが一瞬、驚愕の表情を浮かべたが――。

 彼はそのまま無言で、場を去っていった。


 ドラガンは腕を振り、衣服に付いた大量の血を払いながら、またひとりごちた。


「面白れえことになってきたな……。

ハルメニア人ども。おたくらがこのレムゴールに来て矢継ぎ早に、事態が進展してきてやがる。

おたくらに張り付いてりゃあ、退屈しなくて済みそうだ。しばらくは見守らせていただクゼ……!」

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