第十二話 藁にすがる
アシュヴィンは動きを止めたフォーマの、大木のような腕から軽やかに飛び降りる。
部屋内にどよめきが走り、そして――。敗れた当人であるフォーマは斧を表情を緩め破顔した。
「おお、満足だともぉ――!
それも、想像以上じゃ。あのエグゼキューショナーを殺した云うんは、真のようじゃのお。
この呼名は気に食わなんだが――ようこそ、我が『レジスタンス』へ。
いきなり斬りかかった非礼は詫びようぞ。アシュヴィン・ラウンデンフィル。うぬを、歓迎スル!」
それに返事の目礼を返したアシュヴィンは、まっすぐにフェリスの元に歩き彼女にレイピアを、大剣を貸した騎士にそれを柄を差し出し返した。
フェリスはそれを受け取った後、ひどく興奮した様子でアシュヴィンの手を両手で強く握った。
柔らかい手で包まれた感触と、彼女の潤んだ瞳と紅潮した頬を見て、アシュヴィンは一度心臓を脈打たせた。
「凄い――凄い凄い! 君は本当に素晴らしい剣士だ、尊敬する! アシュヴィン!
州最高の戦士である上王陛下にあんなにスマートな勝ち方……。あんな技、見たことない!
もし我々が君の力になれるのならば、ぜひ私も同行しタイ!」
「あ……ありがとう……。そう云ってくれて、感謝するよ……フェリス。あなたのレイピアも良い業物だった。あなたも素晴らしい剣士なんだろう」
そう云って、破顔するフェリスから照れ隠しに貌を反らし、アシュヴィンはフォーマに向き直った。
もう手を合わせた者として、フォーマの言葉に偽りが無いことは身体で理解している。そして王に相当する高貴な人物への当然の礼儀として膝をついた礼を取り、言葉を改めた。
「フォーマ・ギブスン上王陛下。あなた方が敵ではないことは良く理解しました。
改めて、我が生命を救って頂いたこと、感謝申し上げます」
フォーマも椅子に座り直して、少しだが言葉を改めた。
「礼には及ばん。儂らも決して善意だけでうぬを助けた訳ではないゆえになぁ。
もう勘付いてはおろうが、儂らは早くからうぬらハルメニア人とエグゼキューショナーのフィカシュー衝突、その後のダルダネス侵攻の事実を掴んでおった。そして市中に多数の密偵を張り込ませ、侵入したうぬらとの接触を図るべく機会を伺っておったのじゃ。情報を得、あわよくば手を組む為にのぉ。
例えば――。その密偵の一人たるこの男の貌、よう覚えていヨウ」
そう云ってフォーマは己の右側を振り仰いだ。そこに進み出てきたのは――。
先刻とは全く違う、正装と思しき衣装に身を包んだ一人の初老の男。
市場の土産物屋主人、ハロランの姿だった。
「改めてになるな、小僧。ダルダネス州軍准将、ハロラン・ダッヂソンだ。
お主らにも情報を与えたとはいえ、先ほどは騙していたこと、謝罪スル」
アシュヴィンは苦笑してそれを制止し、言葉を返した。
「騙していたのはお互い様ですよ、将軍。それにおそらく、あなたが僕達を見てくれていたから、僕は首尾よく水路から助け出してもらえた。そうですよね?」
そこまで話したところでアシュヴィンは、緊迫感を伴った厳しい表情に変じ、再度フォーマに頭を下げた。
「陛下。ぜひともお聞き届け願いたい義があります。
僕に力を貸してください。早急に。ご存知でしょうが僕には同行していた仲間がいます。その女性魔導士は、エグゼキューショナーから僕を逃がすために身を挺してくれました。僕は彼女を助けに行かねばなりません。あなたは無理でも、ここに居並ぶ素晴らしい戦士の方々の力を貸してください。図々しいことは百も承知で、お願い致します。どうか、どうかご助力を!!」
床に額を擦り付け、アシュヴィンは懇願した。今手負いの自分が戻ってもテオスには敵わぬし、そもそも地上に戻る方法もわからない。レジスタンスの助力は必須だ。そのためなら、自分はどうなっても、どんな条件でも飲むつもりだった。
だがフォーマは、難しい貌で首を振った。
「気持ちはわかる。だが今地上に戻ることは諦めい。
つい先ほど、新たな報告があってなぁ。密偵が地上に戻った所どうやら戦闘は終結していて――。破壊された街はそのままに、誰一人おらん状態だったそうジャ」
「――!!! そ、そんな――!!」
「現在状況を目撃した者を探し、情報収集中じゃが――うぬの仲間は死んで運び出されたか、生きて囚われたかのいずれか云うことになる。
今地上に戻っても、せっかく逃してもらい拾った命を、無駄に危険に晒すことになる。止めておケイ」
「で、ですが――!!!」
「ここで手をこまねいている訳にもいかん、云うことじゃろが? その通り。それは儂らも同じじゃ。
そこで取引じゃ。
うぬには、その女魔導士以外に、同行しとった仲間が4人、おろう? その連中の足取りも、我らは掴んジョル」
突然思わぬ存在についての情報を出され、アシュヴィンはますます、縋るような様相になった。
現状アキナスがあの場所にもう居ないというのなら――。彼女を救い出すだめにムウルやロザリオンらと合流させてもらえることが今のアシュヴィンにとって最も縋りたい手だ。
「連中らはどうやらうぬらの戦闘を外から感知したらしく、城壁外から内部に侵入を図っちょるということじゃ。
その向かった先いうんが――。“収容所”の地下通路らしい。
そこでじゃ。仲間どもとの合流を手助けしてやるのを条件に、“収容所”で破壊活動を行い――。あそこからダルダネスの子供らを助け出してもらいたいのじゃ。
常駐しとる――“ギガンテクロウ”、そして“ホワイトドラゴン”。
二名のエグゼキューショナーと、事を構えてナア――」