第十一話 双剣の天才児 VS 異邦の豪腕
巨大かつ凶相の老人、フォーマ・ギブスン。
ハロランの情報によれば、このダルダネスの正統王族にして、“ケルビム”に対抗する勢力の首領であるはずの男。
外見、話しぶり、という面でみればお世辞にも善人とは見えない。絶世の美貌、心をとろけさせる魔性の声をもつティセ=ファルと比べてしまえば、悪人という以外の印象を持ちようはないだろう。
だがアシュヴィンは、人の表面のみに惑わされる愚鈍ではない。ティセ=ファルの美貌の下に潜む人ならざる怪物を看破し、その恐怖に怯えた。その彼をもってして見抜いた、フォーマ・ギブスンという人物は――。
フォーマのすぐ側まで寄り、状況を報告するフェリス。それを聞いた彼は、ニタア……と口が裂けるような大口で嗤った後、言葉を継いだ。
「アシュヴィン少尉……いうんか。
その歳で、ハルメニア大陸、最大の王国の軍人……。なるほどのぉ。
そのうぬの目から見て、どうじゃった? ダルダネスの現況、そして“ケルビム”のエグゼキューショナー、そして『あの女』ハ? ン?」
ますますもって、腹に響く轟音のような低い声だ。アシュヴィンはフォーマを上目遣いに睨み、言葉を返した。
「それを……聞いて、どうしようと?
僕に同意を、求めているのか? 民衆は恐怖に支配され蹂躙され、子供は得体のしれない存在に作り変えられ――。実行犯は結晶体による変身を駆使する怪物と、それを統べるらしい大魔導士の女。民衆は気の毒で、“ケルビム”の連中は唾棄すべき悪だと。僕にそう、云わせたいのか?」
アシュヴィンはあえて警戒心むき出しの言葉で、返した。まだこの連中が本当に味方たりうる者達なのか、どころか本当にダルダネスの王族であるのかすらも確証がないのだ。
このような状況下、アシュヴィンは今一人だ。レエティエムで下士官にすぎない彼ではあるが、現在は紛れもなくハルメニア大陸を代表する存在。下手な情報を漏らしたり言質を取られたり、低く見られるようなことはあってはならず、毅然と立ち向かわねばならない。
「ク……クックックックックッ!!
ゲアハハハハ!! 面白え小童じゃなあ、うぬはあアア!!!」
フォーマはのけぞるような哄笑を上げたかと思うと、やにわに長くごつい腕を伸ばし、側に控えるフェリスのレイピアとその隣の騎士の大剣を無造作に抜き放ち、アシュヴィンの足元へ放り投げた。
床に勢いよく突き刺された二本の剣を凝視したアシュヴィンだったが――。
すぐさま、覆いかぶさる数百トンの土砂のようなプレッシャーを感じ、脊髄反射の速度でそれを抜剣。上空から落ちかかる金属の強撃をギリギリで受け止めた!
それは――。
2mの柄、刃渡り1m以上に渡る、オリハルコンの金属塊。
重量100kgに及ぶであろう、凶悪な巨大さを誇る両手戦斧だった。
アシュヴィンは交差させた双剣の刃で金属塊を受け止めた。
直径数十mの巨岩のような衝撃力に、アシュヴィンの両足は石畳を打ち割りめり込んだ。
地下の石部屋の壁と天井に反響する、大音量の金属音。
被せるように、狂気的な怒声が響く。
「エクセレント!!! 賢いだけで無う、大した戦士じゃ、うぬあ!!
この儂の斬撃を受けて見せよるとはああ!!! その細腕でようも――うぬは“異能者”か!?
滾るのお! 漲るのお! 唆られるのおおおおオオ!!!!」
“異能者”。ハルメニアでいう“純戦闘種”に相当する呼び名だろうか。
フォーマはその叫び声を終えぬ間に――。
連撃に移行する。気配から予測していたアシュヴィンは、難なくこれに対応した。
水平連撃、袈裟斬り、下段中段。果ては力に任せた突き技まで。
そのずば抜けた剛力はもとより、鋭さ、精密さなどの技術、反撃を恐れない勇猛さなど――。
ハルメニア大陸でも間違いなく、一騎当千の戦闘者に相当する強者だ。王族とは思えぬ、実戦なれした荒々しさや狡猾さも備えている。
だが――レエティエムの戦闘者の範疇では上位とはいえない。アシュヴィンが要所で“純戦闘種”の力を小出しにすれば、十分にいなせるレベルの相手。負傷のハンデはあるが、それでも対処できる。
ときに剛力に吹き飛ばされつつ、縦横無尽の水平の足さばきと跳躍で部屋内を大立ち回りするアシュヴィン。彼は打ち合いながら、周囲を観察した。
多数いたフォーマの側近と思われる人物たちは、手慣れたものだった。これが日常茶飯事ででもあるがごとく、客人に本気で斬りかかるフォーマの狼藉ぶりにも一切驚くことなく冷静に部屋の隅へ避難し、武器に手をかけている。斬撃が自分に及んだ時の対処と、主人に万が一のことがあった際に加勢を行う準備だ。その中にフェリスの姿があり、彼女は武器を奪われている状態だがさすがの身のこなしで対処は十分なようだった。そしてアシュヴィンの予想以上の実力に憧憬の念を抱いたのか、目を輝かせて貌を赤らめていた。
やがてフォーマの発する闘気の増大を感知したアシュヴィンは、迎撃体勢に入った。
敵の極め技らしき、溜めた全身のバネを使用した大水平斬り。あらゆる面で申し分のない必殺の一撃だ。
これを前にしたアシュヴィンの脳裏には――最大の師である母シェリーディアの教えが蘇っていたのだった。
(アシュ。剛は柔あって初めて成立する。柔を伴わない剛で押してくる筋肉バカは相手にもならねえが――。たとえ相手が剛と柔を備えた強者でも、焦るこたないんだよ。
防御の基本はいかなる場合も、柔。アンタの父さんはこれに関して間違いなく世界一の天才で――。万一『掴まれれば』弱いけど打撃斬撃に関しては生涯、ただの一度も身体に触れさせなかった。
風に舞う羽のように避け、あるいは受け流すんだ。父さんの息子であるアンタは、必ず同じ才能を持ってる。自分を信じて、目を凝らすんだよ――)
あえてアシュヴィンは、“純戦闘種”の能力を解放せずして敵の斬撃に目を凝らした。
見えるはずだ。自分は今目にしている何十倍も凄い斬撃を数え切れないほど見てきた。それに比べれば――。
見えた。時間の流れが二倍遅いかのようなスローモーションで。敵の戦斧の、輝く先端がはっきりと。
アシュヴィンはまさしく羽のごとく舞い、その切っ先に向けて跳躍した。
そして――。振り抜かれた巨大刃の先端に、アシュヴィンは『着地』していた。
つま先で、蝶が止まるように繊細に。そして一歩を踏み出し、右手に持ったフェリスのレイピアを突き――。
先端をフォーマの鼻先に触れさせた。
「――終わりだ。
これで、満足だろうか?」