第五話 若き封印者達(Ⅴ)~大陸最強の戦士【★挿絵有】
その人影は、背中に背負っていた、巨大な黒い金属の塊を空中で抜き放った。
――とてもそうは見えないほどに重武装を施されてはいるが、間違いなくクロスボウだった。
それは、持ち主と思われるこの人物が操作したスイッチによって、先端に長大な刃を突き出させた。
そして刃の先に――見る見るうちに赤く澄んだ色のブレードが形成されていく。
ブレードのサイズは幅50cm、長さ4mにも達する。爆炎魔導を凝縮した高熱の、魔導の刃だ。
「赤影流断刃術 “紅陽刃 稜線の断”!!!!」
気合一閃、異常に長大な剣で放たれた水平切りは、テューポーンの左腕触手と、左側に展開していた尾のうち3本を薙いだ。
おそらく「彼」にとって初めての経験であろう重傷と苦痛を知覚し、その巨大な口から悲鳴が放たれる。
「ギイイイイイイェェェエエエエエエ!!!!!」
そして魔物に重い一撃を加えた後、軽やかに地上に降り立った人物。
それは、人外の筋力と神魔の戦士の力量にそぐわない――女性であった。
身長は170cm強と、女性としてはやや高めではある。筋肉がついてはいるが非常に艶めかしい身体のラインで、特に乳房の大きさと張りは目を見張るほどの主張ぶりだ。黒のブーツ、黒のボディスーツ、黒手袋、茶色の革製軍用ジャケットで完全に覆っていても、その身体のエロチックさは抜きん出ていた。
頭髪は、あざやかなブロンド。長い長い髪は後頭部で一本の三編みにされていた。その頭部には赤い花と宝石がついた黒い大きな帽子を被っている。庇の下に覗く貌は、美しいというより可愛らしい造りだった。細い眉と大きな青い瞳。上を向いたやや小ぶりな鼻。八重歯の覗く口。外見は20代後半の女性といったところだが――。確実に感じる熟練の雰囲気によって、見た目よりは上の年齢であることが知れる。
テューポーンに向かって再度構えをとる女性を見たラウニィーは、安堵の笑みを浮かべ、そして早々に己の魔導を消滅させてしまった。
「来てくれたのね、シェリーディア。それならもう私の出番はなさそうね」
女性――アトモフィス自治領元帥にして探索任務指揮官シェリーディア・ラウンデンフィルは巨大剣を振りかぶり、前方を見据えたままラウニィーに言葉を返した。
「ああ!! ご苦労さま、ラウニィー! こっからはアタシに全部任せときな!!!
『アシュ』!!! 母さんが来たからにはもう安心だよ! こいつを片付けたらそっちに行くからねえ!!!」
シェリーディアから声をかけられたアシュヴィンは、先程までのエルスリードに対してのものとは全く違う赤面になり、貌をしかめて下を向いてしまった。
それに目を向けることなくシェリーディアは――。
テューポーンへの怒涛の進撃を開始した!
まず――小手調べに下段からの振り上げを発する。それに対して先程の攻撃を学習したテューポーンは、触手と尾の刃に魔導をまとわせてきた。なんと高度な重力魔導を付加された刃は、シェリーディアの魔導刃と接触して恐るべき斥力を発揮する。たまらずつんのめったかに見えたシェリーディアに対し、敵は魔導の斥力砲を追い打ちに放ってくる。
「――!」
無防備に見えるがしっかりと耐魔を張った腹部に砲を受けたシェリーディアは、後方に吹き飛んだかに見えた。
しかし彼女は――。左手を右の脇に入れて後方に向けて強力な爆炎魔導を放ち、その反動でわずか5mほど飛ばされたところで見事に持ちこたえた。
そして不敵な笑みを浮かべながらテューポーンを睨みつける。
「いいねえ……さすがはあの遺跡の隠し種。期待どおり仲々骨のあるバケモンじゃねえか。こいつは久しぶりに滾るねえ!」
するとシェリーディアは、ジャケットの中から鋼線で繋がった無数のボルトを重装クロスボウに連結し、力一杯上下に振った。ガシャン、という機械音が響き渡り、内部のマガジンがセットされたことが知れた。
このクロスボウこそシェリーディアの伝説の得物、“魔熱風”。
10とも云われる複数の武器の機能を備え、幾多のサタナエル標的を沈めてきた銘器だ。
シェリーディアは、再度下段からの攻撃を選択した。
本来、敵に読まれた方向から二度の攻撃は、フェイントでない限りありえないが、違った。
攻撃のレベルが、違ったのだ。
「赤影流抜刀術 “紅陽刃 天衝の断”!!!!」
先程と異なる、攻撃の精度と威力を極限まで「溜める」イスケルパ大陸の絶技、抜刀術。
それを下段から上段まで、天を衝く勢いで振り上げるのだ。
当然ながら魔導の刃と耐魔で防御に入る、テューポーン。
しかし、今回ばかりはそれは、紙も同然であるかのように何の防御効果も発しはしなかった。
テューポーンの右側を真っ直ぐに上昇した魔導の巨大刃は、彼の全ての触手と尾を斬り飛ばし――。内臓をも露出させ、瀕死の重傷を負わせた。
「ギイイ!!!! ギイイイイイイェェェエエエエエエアアアアア!!!!!」
斬り上げるとともに己も勢いと爆炎魔導で高く上昇したシェリーディアは、テューポーンの肩に着地。
そして魔導刃を消した本来の刃を彼の脳天に突き刺し、限りなく不敵な笑みを、浮かべた。
「あばよ、古代のバケモン。ミイラになったご主人様を追って、地獄に逝きやがれ!!!!」
そして左手をトリガー付近のレバーにかけ動作。「固定砲台」と化した“魔熱風”で超々至近距離から秒間10発以上という地獄のボルト連撃を叩き込む。それはしかも、シェリーディア自身の強力極まる魔導を付加されていた。そして攻撃を終えると彼女はすかさず跳躍し離れ、地上に軽やかに降り立つ。
頭部をグチャグチャに破壊され、胴体にまで深々とボルトの山が突き刺さったテューポーンは、鍛冶の溶鉄のように赤い高温状態となり――次いで全身を炭化させて崩れ落ちていった。
ラウニィーは16年来の友人の強さを改めて目の当たりにし、それが今や神魔の域まで成長していることを感じて身震いした。
シェリーディアはサタナエル大戦を共にした戦友レエテ亡き今、大陸最強の白兵戦戦士であり魔導戦士であった。38歳を過ぎた今も、他の追随を許していないのだ。
シェリーディアは血まみれの姿のまま、敵を見据えた不敵な笑みから途端に、相好を崩した笑みに変わった。八重歯を光らせながら振り向いた彼女は、真っ直ぐにアシュヴィンに向かって走り寄り、抱きすくめようとしてきた。
「アシュ!! 大丈夫だったかい、ケガはない? アタシはアンタのことが心配で心配で――」
しかし彼女の目論見は、瞬時に姿を消したアシュヴィンの回避によって成就しなかった。
離れた場所に現れたアシュヴィンは、恐ろしく迷惑そうな赤い貌で、シェリーディアの目を見ずに云った。
「……やめてくれよ、子供じゃないんだから……! 場所をわきまえて、もらわないと……」
「何だよう。可愛い息子を母親が抱いて何が悪いんだい。そんなところで父さんの『力』を使わなくたっていいじゃないか……。まあ恥ずかしいならしょうがないね。
エルスリード、アンタがアシュについててくれて、アタシはそれでも安心だったよ。ありがとうね、いつも」
エルスリードは、ラウニィーに対したときのような砕けた表情に変わり、言葉を返した。
「いいえ。シェリーディア様のためなら私は、いつでもお力添えをしたいと思っていますから」
それにうなずき返したシェリーディアは、レミオンの方を睨みつけた。
「よお、レミオン。アタシの地獄耳は知ってるよねえ? しっかり聞こえてたよ。アシュのことを好き放題云ってくれたねえ……」
レミオンの性格ならば本来、母親に対してドギマギするアシュヴィンを全力でからかってしかるべきだ。
しかしレミオンは――。シェリーディアが現れた瞬間、あろうことかテューポーンとさえ比較にならぬほどに「怯え」、借りてきた猫のように縮こまってしまっていたのだった。
「ご、ご免なさい……。許して、ホントに、勘弁して、ください……」
「許すと思ってんのか? アシュはねえ、アンタと違って繊細なだけなんだよ。何度云ってもわからねえか、この耳は!?」
「ひ、痛い痛い!! お願い、勘弁して……ごめんなさい……『義母さん』!」
涙まで流すレミオンを見た姉エイツェルは、打って変わって途端に弟のことが可哀想になったのか、青い貌でシェリーディアに云った。
「お、お願い『お義母さん』、レミオンを許してあげて? 反省……してるとはいえないかもだけど、あたしも憎たらしいとは思うけど……。こういう子なんだし、悪気はないんだし……ね? 怖がってるからそのへんで許してあげてほしいの」
エイツェルに云われたシェリーディアは、途端に態度を軟化させて微笑み、レミオンを解放して云った。
「ああ、そんな貌しなくていいよエイツェル。アンタはいつもいい子だし、アンタがそういうならこの悪ガキのことぐらいすぐ忘れてやるよ。ごめんね。
……とはいえ、わかってるねレミオン。アシュの変な悪口云いやがったらアタシはいつでもアンタを釣り上げるからね」
「…………はい」
そして「内縁の子どもたち」と実の息子アシュヴィンを見た後、シェリーディアは周囲を見渡した。
自分が率いてきた部隊の大半が、もう集ってきていることを確認したシェリーディアは、高らかに声を上げた。
「諸兄!!! 此度探索任務催行者、アトモフィス自治領シエイエス・フォルズ・サタナエル伯爵、ならびにボルドウィン魔導王国ナユタ・フェレーイン国王の代行指揮官として宣言する!
気脈の乱れ封印は、ボルドウィン魔導師府ラウニィー・グレイブルク導師の手によってなされた。怪物どもも諸兄の活躍により著しくその数を減少した!
ここに探索任務の終結を宣言する!!!
速やかに点呼をとり被害状況を確認せよ! 状況把握しだい対処し団を解散するものとする!!」
母の力強い宣言と、それに対する一団の歓声を聞きながら――。
アシュヴィンは初めての名誉ある探索任務の終わりを実感するとともに、まだ戦闘者として未熟である自分に思いをはせ、もっともっと強くなろうと心に誓うのだった。