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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第七話 炎の鳥

 アシュヴィンは動悸を早め、剣先を震わせながらテオスの言葉に聞き入った。


「最初から話そうかな。母親の女を殺し“ネト=マニトゥ”を確保しようとしたボクは、エルスリードの魔導攻撃を受けた。かすり傷だけどね。何ていうんだい、あれは。結晶を『消滅』させる恐ろしい魔導だった。

そして彼女とエイツェル、が“ネト=マニトゥ”を護ってるのを見たボクは、交渉をした。エルスリードは迫真の演技でボクを騙し、隙をついて殺そうとしたが、失敗した。そして彼女を襲い殺そうとしたボクを止めたのが、レミオンだったんだよ。

彼はうっとうしく、ヒルみたいに喰らいついてきた。だからボクは攻撃してきたエルスリードの魔導から彼を盾にしたさ。自分の攻撃で身体を真っ二つにされた彼を見て、エルスリードはショックで泣き出しテネ」



「――うう!! う――」



 ――やめろ。もう、やめてくれ。それ以上、云うな――。

 叫ぼうとした悲痛な言葉は、喉元で詰まり発することができなかった。



「その隙に、同じく弟を殺されて動揺するエイツェルの首をはねて始末した。

勿体なかったがね、彼女。その分、抵抗できないエルスリードをボクの羽で刻んで瀕死にし、事切れるまで――。可愛い彼女を剥いて楽しませてもらった。いい反応をしてくれて、久々に最高の――」



 ――最後まで、言葉を聞くことはできなかった。

 もう身体が、勝手に動いていた。


 最後の3人の無残な死については、テオスの虚言である。しかし事実も取り混ぜて話している彼の言葉は、幼馴染を案じるアシュヴィンに疑いを持ち得ぬリアリティを与えた。

 実感など、ない。だがレミオン、エイツェル、エルスリードという、彼がこの世で最も守りたい大切な存在が非情に失われ卑劣に踏みにじられた「事実」は――。アシュヴィンの脳髄を沸騰させ、温和な性格の彼を瞬時に「鬼」に変えるには十分すぎた。


「貴――様あああああーーーー!!!!!」


 

 ――叫びとともに、空気が、爆ぜた。

 アシュヴィンの両脚が瞬間的に生み出したエネルギーが、魔力の形となって周囲に放出されたのだ。

 アキナスにすら一瞬、その濃密な魔力を受けて呼吸が止まるほどのダメージを与えた。


 飛び上がる無数の小石を残して、姿を消したアシュヴィン。

 その様子を目にしたテオスの貌が、瞬時に様相を変えた。


「おおおオオ!!!」


 必死の形相で上半身部分をひねるテオス。その右腕から右胸部分が――。

 ざっくりと切り裂かれ、噴血した!


 そして、その直後、テオスの背後に――。双剣を振り抜き、背を向けて着地するアシュヴィンの姿があった。

 振り抜かれた双剣のうち、利き手の左に持っていた方の剣が突如ひび割れ、次いで音をたてて砕け散った。所詮は雑兵のなまくら。アシュヴィンの本来の得物“狂公(ダレン)”とは切れ味も硬度もすべてが比較にならなかった。

 しかしアシュヴィンはそんな状況になんら構うことなく――残った右手の剣を左手に持ち替え、再度テオスに殺到する。それは臆病なほど慎重な普段の彼からは想像もつかない行動。完全に怒りで己を失っていたのだ。


「うおおおおおおっ!!!!!」


 その攻撃を受けるテオスの側も――普段の姿ではなかった。軽薄で飄々とした様子は跡形もなく、歯をむき出しにし額に血管を浮き上がらせていた。危うく己の命を奪いかけた、深手の激痛。そしてそれを与えた、取るに足らないはずだった敵の少年。想像を遥かに超えた強さを発揮してきた彼への恐れと怒りが頂点に達したのだ。


「ファック!!! ファッカー!!! クソガキ(ラグラット)がああああ!!!!

嘗めた真似しやがって!!!! ブチ殺してやらあアア!!!!」


「アシュヴィン!!!! 頭冷やせ!!! そいつの云うこたデタラメだ!!! 云ってたろ、『邪魔された』って! オメーの幼馴染(ダチ)あ誰一人死んじゃあいねえ!!!!」


 テオスの悪罵とアキナスの叫びが同時に交差する。そして“ギガンテクロウ”の攻撃と、爆炎の女魔導士が繰り出す魔導も、同時だった。


 テオスはアシュヴィンに対し両の翼をはためかせて無数の「羽」を飛ばし、アキナスはテオスに対し魔炎旋風殺(フェウエレストルム)を継続し命中させるべく放った。


 先に敵に到達した魔炎旋風殺(フェウエレストルム)は、炎柱を激突させると同時に、即座に巨体を業火の中に押し包んだ。そして数倍の太さの炎柱が吹き上がる。内部の温度は数千度におよぶであろう。

 だが――アキナスの期待と裏腹に、アンネローゼのように内臓を焼かれ苦しむ姿はそこに現れなかった。

 後ろを振り向き、壮絶に笑みを浮かべる、テオスの姿があったのだった。

 彼は強力な耐魔(レジスト)の力と、アンネローゼとは異なる結晶体の性質を有していたのだ。結晶体の内部に無数の空洞をもち、高熱を遮断する構造。師ナユタが過去に遭遇した敵と同一の性質であり、何よりも空を駆けるテオスの巨体が軽量を是としていることなど、冷静に判断すればわかることだった。アキナスは己の思考の足りなさに歯噛みした。


 そして一方、アシュヴィンに襲いかかるテオスの羽。それには――強力な風魔導が込められている。激情の中でも見極めたアシュヴィンは、突撃を急停止し即座に耐魔(レジスト)を行使。剣を構え迎撃体勢を整えた。

 現在駆け巡る脳内物質の力によって、アシュヴィンの“純戦闘種”としての潜在能力の一部は発揮されている状態。ボルトのごときスピードで迫る羽の剣を、肉迫したそれから叩き落とそうとする。

 彼の持ち前のスピードと、怪力。通常の能力行使をはるかに上回る現況の中次々羽を叩き落としていくが――。残酷にもそこで、アシュヴィンの致命的弱点、「スタミナ」の不足は発露してしまった。

肉体が限界を迎えた印の、肺を押しつぶすような苦しみを感じたアシュヴィンの太刀筋は即座に鈍り――。最後に残った3枚の羽の命中を許した。

 右腕と左腿を斬られ、残る正面の1枚を剣で受けたアシュヴィンの身体は後方へ吹っ飛び、巨大な水路の一部と思しき壁に激突。石を瓦解させながら血を吐き出した彼にずるずると地面にへたり込んでいった。


「ぐ――かはあ――あ――!」


 衝撃で左手の剣も折れ、両手で苦しむ胸を掻き抱くアシュヴィンには――。もはや攻撃の手段はなく、逃走も回避すらも、行うことはできそうになかった。



 この絶望的状況の中――。


 アキナスは、突然――微笑みを浮かべた。


 鋼のように強い意志をもって下された決断。彼女の中で出た明確な答えが、迷いを払拭していたのだ。



(アタイはどうやら――ここまで、みてえだな。

アシュヴィン。ムウル様、みんな。後は――頼んだぜ。

ラウニィー様、そして――お師匠。ごめんなさい、アタイは――お二人のもとに、帰れそうにありません。奥義を極められなかった未熟者をどうか、お許しください。

どうか、どうか――お達者で――)



 次の瞬間、気迫の表情に戻ったアキナスの全身を、これまでとは比較にならない強さの爆炎が包み込んだ!

 そしてそれはすぐに変形し、明確にある「形態」をとっていた。

 テオスのそれに迫る大きさの、「炎の鳥」の形状を。


極炎鳥刺突撃(フレーメンヴォーゲル)!!!!」


 炎の鳥を身にまとったアキナスは、衝撃波を発するかと思われるほどのスピードで突進――対応する暇も与えられなかったテオスの脇をすり抜け、アシュヴィンに向かっていく。


 そしてアシュヴィンの手前に到達し、炎の鳥はその翼を彼の左右にある壁にはためかせ、爆炎によってそれを崩した。

 安定を失い、5mの範囲で崩れ始めた石壁とともに、アシュヴィンの身体は下へ落ちていった。

 10mは下にあるであろう――濁流をともなった、水路に。


 落下していくアシュヴィンは、その様子を見下ろすアキナスの貌を、表情を見た。


 そして彼女の意志と覚悟を、すべてを――理解した。



「だ――駄目だ、アキナスさん!!!! あなたは――こんなところで、死んじゃだめなんだ!!!!

来てくれ!! 今すぐに、僕と一緒に飛び降りてきてくれ!!! お願いだ!!!!!」



 しかし――その言葉も虚しく、一度優しい微笑みを浮かべたアキナスの貌は――。



 発現時間の短い極炎鳥刺突撃(フレーメンヴォーゲル)に次いで、彼女がさらなる爆炎によって発生させたと思しき瓦礫の山に埋もれていき、すぐに、見えなくなった。


 穴を塞ぎ、自分の身を挺して時間を稼ぎ追手を食い止めるため。

 アシュヴィンを生かすためにアキナスは――己を、犠牲にしたのだ。



 冷水に落ちる直前、アシュヴィンはなおも漆黒の闇に向かって、絶叫し続けたのだった。



「うわああああ!!!! アキナスさん!!! アキナアアアアス!!!!!」

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