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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第六話 遠き、行き来た道

 人混みをかき分け、もと来た道を戻ろうとするアシュヴィンとアキナス。

 “アルケー”の演説のため集められた数万の群衆の密度の中移動は困難をきわめ、走るどころかはぐれずに歩くことすらままならない状況だった。


(焦りは、ある。けど――まだ僕たちは誰にも、見つかってはいない。奥深くまで来てはしまったが、せいぜい1、2時間歩いた程度の距離。十分に戻れる。何事もなく。どうか――どうか、そうであってくれ――)


 アシュヴィンは心中希望を失わぬよう自分を鼓舞し続けた。

 大通りを抜け、市場に辿り着く。

 相変わらずごった返す雑沓の中、アシュヴィンは件の土産物屋の主人を見つけ、思わず目をやった。


 主人の職人は、まだ“アルケー”が懸けた懸賞金の事を知らない。彼はアシュヴィンとアキナスに気づいたようだが、特に関心がない、という風に目を反らしてしまった。

 ――が、ここでアシュヴィンは気づいた。焦って市場に戻ってきてしまったのは失敗だった。ダルダネス内で対話を交わしたレムゴール人は彼一人だけだ。その彼に、己の最新の居場所をみすみす報せてしまった。この後彼が心変りすれば致命的な情報を敵に与えることになる。

 ――急がなければ。ますます気は急く。もはや、周囲の群衆の目のことごとくが自分たちに向いているような気すらする。はぐれないようアキナスと手を握り合い、あの巨大な城門へとひたすら急ぐ。



 だが――。綻びと危機の訪れは思いの外、早かった。


 

 背後に無数に近づく、殺気。向けられている先が自分たちなのは、明らかだ。それに加えて、鋭い風切音、群衆の悲鳴。


 群衆を怒号と力でかき分けてくると思しきその主たちは、易易とアシュヴィンの背を視界に捉えるまでに近づいたようで、長と思しき男が大声を張り上げてきた。



「――そこな金髪の男、栗髪の女!! 止まれえい!!! 貌を見セヨ!!!!」



 その一帯の群衆が一斉に怯え、自分を指していない事を確認し――。唯一合致する男女、アシュヴィンとアキナスを見咎めて距離を置き始める。関わりを避けようと。


 またたく間に群衆の中にできた円の中に取り残された二人。


 アシュヴィンは緊張の思いを隠し、両手を挙げてゆっくりと振り返った。アキナスも。

 視界に入ったのは、数十人の兵士たち。全員が、地上に降りたリザードグライドに騎乗している。群衆の頭上スレスレを滑空し、恐るべき速さで自分たちを追ってきたのだ。

 だがフィカシューが率いていた結晶手の兵士とは鎧の色も闘気の強さも異なり、全員が剣を帯びていた。どうやら彼らは“ケルビム”の兵士ではなく、彼らに支配されているダルダネス通常人の兵士であるようだ。

 敵を把握した後、アシュヴィンは口を開いた。


「な――何のご用でごぜぇますか、兵隊さまがた。おいらはこのとおり、姉ちゃんと一緒に買い出しにきただけの、つまらねえ百姓デス」


 被せるように、アキナスも慌ただしく口を開く。


「そ、そうです!! あたしとこの子は、ウェアバンクス農場の(もん)です! 門の兵隊さんに聞いてくだせえ!! 怪しい(もん)じゃありません! 人違いでサア!!」


 朴訥とした農民の演技で、疑いを晴らそうとする二人。だが兵士たちには最初から二人を問いただす目的はないようだった。あくまで――「執行」のため。そう見えた。


「問答は、無用である。貴様らがかのハルメニア軍の間者であることは、知れている。広場より貴様らの行き先を民どもに確認し、たどり着いた。ただちに連行する。これは『エグゼキューショナー』の命にて執行するものでアル!!」


 何者かが、あの広場で自分たちの正体を見抜き、捕縛命令を出した。どうやってかは理解し難いが、それが事実だ。ただアシュヴィンらは預かり知らぬことだが、正体を見抜いたティセ=ファルは、己のイメージを守るために執行命令ともどもエグゼキューショナーに押し付けていたのだ。


 動揺をあらわにする群衆を尻目に、リザードグライドに地を這わせ、騎乗したまま兵士が近づいてくる。はるか高みから殺気を発し近づいてくる彼らの威圧感は凄まじい。

 もう、観念せざるを得ない。行動を起こさねばならない。仮面をかなぐり捨て、全力で状況を打破せねばならない。さもなくば待つのは、「死」だ。


 最初に行動を起こしたのは、一気に戦闘者の形相に変化したアキナスだった。


「――魔炎旋風殺(フェウエレストルム)!!!」


 吹き上げた魔力の柱、素早く交差させた手。それに続いて両手に出現した、高さ10mにも達する業火の柱。

 それは間髪を入れず兵士たちに襲いかかり、それぞれ数人の兵士とリザードグライドを巻き込んだ。そして彼らを業火の中に燃やし続けながら上空に巻き上げる。たちまち群衆は絶叫と悲鳴を上げ逃げ惑い、兵士たちは緊迫の表情で一気に襲いかかってきた。


「今だ、アシュヴィン!!!」


 アキナスの鋭い叫びを待たず、アシュヴィンは動き出していた。彼の誇る、純戦闘種としての神速の踏み込みで。


 彼は姿を視認させぬままリザードグライドに飛び乗り、兵士の腕を手刀で叩き、剣を奪う。すかさず隣の兵士にも襲いかかり、もう一本の剣を奪う。

 兵士が視認したのは――農夫の衣装を来た、二刀流の剣士の姿だった。


「おおおおおっ!!!」


 気迫とともに、アシュヴィンは瞬時に兵士の片手片足、リザードグライドの翼を切り裂いた。敵兵とはいえ、“ケルビム”ではない支配された一般兵の命を奪うことは、彼にはできなかった。戦闘不能にすることを目的に、次々騎乗の兵士に襲いかかり仕留めていく。


 アシュヴィンが目に止まらぬ速さで敵を襲撃する間にも、アキナスは魔炎旋風殺(フェウエレストルム)を弱めることなく、兵士たちを駆逐していく。


「ぐ――うううおオオ!?」


 アシュヴィンらに執行を告げた隊長らしき男は、言葉にならない苦悶の呻きを発した。想像をはるかに超える敵の戦力に。人外の速度と剣技を誇る二刀流剣士と、強大な爆炎魔導士。これでは話が、違う。自分たちを差し向けたランジェラ大臣からは、「注意せよ」程度にしか聞いていなかった。


 返り討ちにあい、全滅の憂き目を見る。

 援軍を要請せねば、そう考え始めた隊長の目は、上空に――「ある一つの影」を見定めた。そして、その表情はあからさまに安堵の表情に変化していった。若干の、「恐怖」を潜在させた表情に。


「――ま――まさか――。そんな!」


 上空からの影に、アキナスが気づいた。そして蒼白となり、絶望の言葉を発した。


 彼女が捉えたのは、一見して鴉、と見える鳥類の姿だった。翼を広げ飛翔してくる漆黒の体躯。

 しかし鴉でないことはすぐに理解された。それはあまりにも、巨大過ぎたから。翼長5m、全長3mもの巨躯であったから。加えて――首にあたる部分から、「人間の男の胸像」が生えているという、悪夢のような異相であったから。

 だがこれほどの化け物でも――さらなる悲鳴を上げ逃げ惑う群衆、アシュヴィンとアキナスにとっては初見の異相ではなかった。だからこそ、その正体が知れているからこその、確信的な恐怖、脅威を感じていたのだ。

 “ケルビム”の指揮官エグゼキューショナー。その一人、“ギガンテクロウ”と呼ばれる男の襲来に対して。


「ヒャッハハハハハアアアーー!!! 凄い魔力の発生を感知したから飛んで来てみれば、ハルメニア人(きみら)かあああ!!! 嬉しいなあ!! このテオス・デュークに、こうも続けて、斃しがいのある獲物との出会いが訪れるなんてねエエ!!!」


 狂気を感じる歓喜の表情で、同じく狂喜の叫びを上げるテオス。彼は弾丸のごとき速さのまま、アシュヴィンに狙いを定めていた。リザードグライドに乗り上げたまま、驚愕の表情で見上げる彼にテオスの容赦ない高高度突撃は炸裂した。凄まじい轟音が鳴り響き、風圧が発生させた高さ数mの土埃がたちまち周囲を覆い尽くした。


「アシュヴィン!!! アシュヴイイイイイィン!!!」


 必死の叫びを上げるアキナスは魔導を消し、彼の元へ駆け寄ろうとした。

 が、すぐに空中から飛び降りてきたアシュヴィンを見て安堵の表情を浮かべた。すんでのところで彼は跳躍して難を逃れていたのだ。


 着地したアシュヴィンは、そのまま敵の方向に向かって双剣を構え、眼光鋭く目を向けた。

 それを見たアキナスも、彼に倣い構えをとった。


 土埃が晴れ始め、巨大な姿を見せ始めたテオス。リザードグライドと彼に騎乗していた兵士は、巨大カラスの爪の下で見るに堪えない肉塊と化していた。

 “タランテラ”アンネローゼの異形を目にしていた二人だが、敵の半獣半人の結晶化した巨躯に見慣れるということはない。嫌悪感と戦慄を貼り付ける二人を見て、テオスは厭らしい笑みを口元に作って云った。


「いーいねええ……。いーい動きだ、少年。そうこなくちゃ、ねえ。

この前は不死者の奴に楽しみを邪魔されたが、今回はそうはいかない。

君等は知ってるのかなあ。“銀髪褐色肌”一族の少年少女と、紅髪ノ美少女魔導士ヲ」



「――!!!!!」



 二人は、目を見開いて驚愕した。ことに――アシュヴィンの驚愕度合いは、アキナスとは比較にならぬものだった。



「き――貴様――! レミオンたちと――エ、エルスリードと――戦ったのか!!」



 レミオンがいた理由は、わからない。だがエイツェルとエルスリードと3人だけ、さらにセレンと“ネト=マニトゥ”の子供二人を連れていた不利な状況下で目の前の化け物に出会ったという事実。それは、アシュヴィンに最悪の想像を喚起させるには十分すぎた。


 アシュヴィンの狼狽ぶりを目にしたテオスは、目を細めた。自分が口にした人物と極めて親しい間柄に違いないこの少年に、良からぬ行為を思いついた。そのようにアキナスには見えた。

 テオスは勿体ぶりながら、言葉を継いだ。



「そう――。そうだよ少年。ボクは君の大切な、レミオンやエルスリードたちと戦った。“ネト=マニトゥ”を彼らから奪い返すためにね。

その結果、どうなったのか。聞きたくはないカイ――?」

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