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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第四章 異邦国家ダルダネス
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第四話 権天使~アルケー

 アシュヴィンとアキナスは即座に貌を見合わせたが、言葉を交わす必要はなかった。

 

 “アルケー”。彼らレエティエム調査団全員の標的であり、エグゼキューショナー達を統率すると思われる敵の首領。魔力のない人間を生み出し、魔力を有する人類を滅ぼそうとする組織の、首魁。その狂気の目的の理由と、レエティエムの最終目的に利する重要な情報を持つとされている人物を、早くも目にすることができる。

 迷う理由も議論の余地も、なかった。


 ざわめき移動を始める群衆に紛れ、二人は流れに身を任せる。幸いにもこの出来事のお陰で、重要な場所と思しき「アルセウス城」なる場所まで、情報収集せずとも自動的に連れていってもらうことができる。

 ただ――少し移動しただけで彼らは、この出来事がなくとも問題なく辿り着くことはできていた可能性を目の当たりにすることになった。


 見えて来ていたからだ。あの時森林を抜け、遊撃部隊全員で目にした、驚愕の建築物が。他のあらゆる建築物を足下に見下ろし、威容を誇る――。かすむような高度までそびえ立つ黒鉄の城が。


「『アルセウス城』というのは……。あのアダマンタインの巨大な天守閣の、ことなんでしょうかね……?」


 アシュヴィンの問に、不敵な笑みの表情に戻ったアキナスが答える。


「その可能性は、限りなく高えだろうな。いきなり敵さんのお膝元に辿り着けて、かつ首領(ドン)にお目見えできるなんてのは、初手でゾロ目出すぐれえの強運だ。こんだけの群衆にまぎれてりゃあ発見される事もほぼねえだろ。アタイもオメーも『持ってる』ってことだ。

――だが」


 急激に目を鋭くしてアキナスは云った。


「ここに来る直前にも云ったが、魔導士だっていうアルケーの野郎は――。恐らくとんでもねえ、バケモンだ。メリュジーヌ様とアタイが感じた、瞬間的な魔力の柱。そいつは事によっちゃあお師匠にも匹敵しかねねえ、馬鹿げた強さだった」


 それを聞いたアシュヴィンの貌は青ざめ、飛び出さんばかりに目は見開かれた。


「そ……そこ、まで……?

あの、ナユタ陛下の……域の、魔導士だって云うんですか……? そんな、それじゃ……」


 ハルメニア最強の大魔導士にして戦闘者、ナユタ。その強さをアシュヴィンは子供の頃から目にしてよく知っている。シエイエスも、ルーミスも、母シェリーディアですら模擬戦であしらわれた。彼女に勝つことができたのは亡きレエテただ一人。神の域の戦闘者なのであり、すなわち勝負にすらなる事が想像できない相手なのだ。したがって――。


「ああ、そうだ。たとえ見える位置まで肉薄できても、今勝負を挑むべきじゃねえ。状況を見極め、相手の性質を見極め、対策を練ってから多対一で挑む。それを忘れるな」


 話しているうちに、数百mを移動した二人。人垣に押され、幾つか大通りの角を曲がった。

 

 その間、アシュヴィンはある違和感を感じていた。

 彼らと一緒に移動している群衆一人ひとりが、先程と比べ明らかに――活き活きとし喜びのようなものさえ浮かべているように思えたのだ。老若男女問わず、ではあったが特に、男性の方がその傾向がより強いように感じられていた。


 移動しながらも、周囲の風景を方角と一致させながらしっかりと頭に叩き込んでいくアシュヴィンとアキナス。

 やがて群衆は、巨大な橋を渡った。それが、所謂「堀」に渡された巨大な跳ね橋であったことを、如実に証明する建造物が眼前にそびえ立っていた。


 城、であった。それは鈍色に光る金属の壁、そこから時折生物のように不気味にむき出すパイプやケーブルのようなもの、天に向かって伸びていく尖鋭的デザインを持ち何よりも――。巨大であった。

 やはり間違いなく、あの時見た天守閣こそが、目的のアルセウス城だったのだ。

 遠く離れた森林から見てさえ、120mを超えると認識させた、飛び抜けて高い建造物。直下の地上から見たそれは、建造物の域を越えて小高い山とさえ認識された。


 その手前には、群衆で見えづらいものの広場があることが確認できる。ローザンヌ城前閲兵広場に匹敵すると見え、軽く一万人は収容できる大きさであろう。


 押し合い、へし合いしながらできるだけ前に出ようとするアシュヴィンら。どうにか彼らは、広場内の一角に居場所を確保できた。そこはすなわち――。アルセウス城の壁から突き出た、高さ30mほどの場所にある巨大バルコニー、“アルケー”が姿を現し下知を下すと思われるその場所を、向かって左斜めという方向から観察できる位置だった。


 衛兵にコントロールされ、一定の人数が広場に入ったところで跳ね橋の人の流れはせき止められた。やがて群衆はどよめきを収め、徐々に静まりかえる。

 それを合図にしたかのように、バルコニーの柵に向かって人影が、近づいてきた。


 その人物を前にしたアシュヴィンは、しばしあらゆる思考を停止して、ただただ魅入られてしまっていた。


 女性であり、絶世のと表現すべき美女、であった。スラリと高い背丈、長い手足、抜群のポロポーション。サタナエル一族の銀髪と見紛う光沢を放つ、緑のアクセントが入った長い白髪。純白のトーガとサラサラのストレートの髪が風で広がり、それに合わせて細い両手を広げる様は神話の女神そのものの神々しさだった。アシュヴィンに限らずその場の男すべてがひれ伏したくなるような、真の高嶺の花というべき美しい姿であった。


 女性――“アルケー”ティセ=ファル・ラシャヴォラクは、涼しいが笑みを浮かべぬ仮面のような表情で、一同を見回した後に言葉を発した。

 それは――数万人の人間に届かせる「大声」ではなかった。何とそれは、「念話」であった。

 まるで耳元でささやかれるかのような優美で艶やかな声が、脳そのものに響いてきたのだ。


(ダルダネス州民の諸兄。日々の労働ご苦労である。

お陰で今月も、農産物・畜産物の収穫および鉱石の採掘、建築――“更生施設”の稼働が順調に進んだ。ダルダネスの繁栄を願う諸兄の思いと、我ら“ケルビム”の理念に諸兄らが示してくれた理解がもたらした偉大な成果であると、“アルケー”たるこのティセ=ファルとしては感謝の念に堪エヌ)


 淀みのなく耳清い、きわめて知的な話し方だ。清らかさと性的魅力を兼ね備え、特に男性にとって恐ろしく心地よさを感じさせる。それまで絶望の様相と、時折衛兵に殺意を込めた憎悪の視線を送っていた群衆の男性達は、目に見えて表情と目許が緩み小さな歓声を上げ聞き入っている様子だった。アシュヴィンも――そこまでではないが例外、ではなかった。ただ、ティセ=ファル――名乗られた“アルケー”の名前だけは、脳に刻みつけていた。


 しばらくの間ティセ=ファルによる、ダルダネス現況の説明とそれに対する感謝の言葉は幾つか続いた。さらに彼女は言葉を継ぐ。


(仲々理解いただけぬのは致し方なきことではあるが、我らが更生施設にて“ネト=マニトゥ”を創生し続ける理由は、あまねく人類の未来のためである。それは“マニトゥ”にあたる諸兄らにも、いずれ恒久の平和、安寧という形で還ってくるということを約束するものである。しばらく辛い状況に耐えていただかねばならぬが、どうか理解願いたい。

本日も、例によって特別配給を実施するゆえ、心と身体を休めていただきたい。休息日の実施、酒・石鹸・上綿・肉・麦俵の配給、それぞれの区にて受けられるガ良イ)


 この宣言に対し群衆から、今度は女性子供も加えた全員から大きな歓声が上がった。


 今の話からして“ケルビム”は苛烈な支配による労働を強要している実態は認めつつも、“マニトゥ”にあたる大人たちをいずれは皆殺しにするという真実を、都市ダルダネスの民衆には明かしていないようだ。

 美しい女性による虚飾の甘い言葉でごまかし――そしてこの、飴と鞭政策。月に一回温情ある救済措置と配給を行い、思うところある民衆を生かさず殺さずに労働に従事させることに成功しているのだ。あの“アルケー”ティセ=ファルは、手を汚す実行部隊としての役目をすべてエグゼキューショナーに押し付け、自身は不純物を沈殿させた上澄み清水の役割を担っている。そしてそれは、この上ない成功をダルダネス支配体制において確立しているようだ。


 一時の安寧、快楽でも人は騙され宥められる。まして苦境の中でのそれは、いかなる崇高な理念をも駆逐する場合がある。先程のハロラン老人のように、奥底に敵意を抱えていても懐柔され決起を起こすには至らないのが実情なのであろう。

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