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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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エピローグ 美しき大魔女【★挿絵有】

 そこは、視界にある全ての面が、金属で覆われた場所だった。


 高さ8mはある上方の天井も、幅10m以上になる壁も、踏みしめられる床も、全てが。

 そして恐ろしく深い、奥行きを持っていた。そこは長く続く、廊下であった。


 鈍色のプレート状の構造物が貼り付けられた廊下内は、ところどころに脈打つように不気味な紋様のパイプ状構造物が束をなして露出し、無機物の様相の中にもどこか有機的な要素を主張している。等間隔に設けられた窓から差す光を反射してはいるが、光よりも闇に属する世界を構成し、そこに居る者の心までも冷たく閉ざすかのように感じられた。


 その金属の廊下を、胸をそびやかし歩く一人の男。

 紅い重装鎧に、肘から剥き出しとなった腕。鋭利で精悍な貌つき。薄紫色のこわい長髪。

 “エグゼキューショナー”、フィカシュー・ガードナーであった。

 リザードグライドに騎乗したままだった戦闘中には判明しなかった身長は、190cm弱と見える。手足の長い、引き締まった戦士型体型だ。

 相変わらず表情を読み取らせない不敵な顔つきではあるが、その細い両眼は心なしか、闘志を発散しているように見える。


 フィカシューはやがて、廊下の最奥部にある扉に、たどり着いた。

 高さ3m、幅4mに及ぶ両開きの扉。取手を掴み、力強く引くと、重々しい金属音とともに扉は開いた。

 

 そこは――。広大な廊下から類推される以上の、広大な空間であった。

 高さは15m以上、40m四方はあるであろう、ホールと呼んで差し支えないほどの広さの一室。

 声を出せば反響することは確実な、その空間には一つの明確な特徴があった。

 それは、膨大な数の「本」、それを収める大量の「書棚」であった。

 室内は天井に至るまで書棚に覆い尽くされ、そこにアクセスできるよう上に向かって高低差を設けられており、上方の書棚にはいくつも梯子が設置されている。目も眩むような本の洪水は、それが何万冊、何十万冊に及ぶのか想像するのも億劫なほどであった。


 その室内の中央に、巨大な机と側机が鎮座していた。

 身分の高い貴人の、執務机といった風情だ。だがその上には――ありとあらゆる本が軽く100冊以上、いくつもの塔となって積み上がっている。それはしかし雑然とした印象は全く抱かせず、本の分類、積み上げた本人の優先順位に従って整理されたことが明らかであり、極めて整った状態なのであった。


 その執務机に向かって座った場合、フィカシューのように扉から入ってきた来客は視界に入らない。だからであろうか。そこに座る部屋の主は、本来あるべき場所ではなく、机の脇に豪華な椅子を移動し腰掛けていた。

 身体が完全にすっぽりと収まる椅子に埋もれ、優雅に長い脚を組んで座り、めくった本のページに目を落とす一人の女性であった。


 身長は160cm強ほど。細身ながら身体のラインは艶めかしい曲線を描く。黒のニーハイソックスとパンプスに覆われた美しい脚、その上のくびれた腰、さらにスレンダーさにそぐわない豊かな乳房は、男の劣情を最大限にかきたてる。彼女が本をめくるたびに腕が当たって、ピッタリとした黒いボディスーツの下の乳房が大きく揺れる様は、意識していないであろうがゆえによりエロチックさを増加させる。しかしその上に纏った白いトーガの素材は上等な絹であり、豪華な刺繍からして彼女の高い身分を伺わせた。

 それを裏付けるかのように――彼女の白い貌は、絶世の美貌と呼ぶべきほどのものだった。

 やや緑味がかかった白髪は、片目を覆うように前髪が切りそろえられて七分目で分けられ、耳の後ろから背中まで伸びるストレートの長髪。剥き出しになった耳とうなじはゾクゾクするほどの性的魅力を放っていたが――。貌はそれ以上に美しい。小ぶりだが肉感的な唇、人形のように真っ直ぐ鼻筋の通った細い鼻、細く緩やかに垂れた眉。翡翠色の瞳の上を恐るべき毛量と長さの睫毛が覆っている。女ですら羨望を越えた嘆息しかつかせぬ、最上の美女であった。


挿絵(By みてみん)


 彼女に向かって、フィカシューは数秒の間の後語りかけた。


「相変わらずお好きなようですな、本が。日がな一日本に埋もれ、知識の収集に余念がない様には素直に関心しますよ。今日の収穫はありましたカナ? “アルケー”ティセ=ファル・ラシャヴォラク様」


 語りかけられたティセ=ファルは、視線を上げることなく、本をめくる手を止めることなく、言葉を返した。


「そうだな――。今日は、人が己を自己認識するに当たっての究極の考察とでもいうべきかな、そのような説を提唱する、ある哲学の本に興味を惹かレタ」


 姿よりもやや若い、少女のような澄んだ声だ。

 

「“我思う、故に我あり”と。

わらわにとってもこの世は現実の実感を持たぬくだらぬもので有り続けたゆえ、あるいは世界の全てもわらわ自身も、虚無・夢幻のごときものなのではないかと疑った経験はある。そのような究極の状況に至ったとき、それでもわらわ自身が実存すると証明するものこそが、『考えている己は、確かに存在しており実存するのだ』という事実。そのような内容であった。

この類の形而上学は、そなたの好みではなかったカナ、フィカシュー」


 フィカシューは口角を上げ、軽くかぶりを振った。


「いいえ、拙官も好きですよ、形而上学は。拙官はむしろ、この世の全てが夢幻であってほしいと願う側の人間ではありまスガ」


 ティセ=ファルは、それでもなお目を上げず、表情も変えずに言葉を返した。


「……確かに、それはわらわも思うところではあるな。

ところで、ここへやって来たそなたの用件は、先刻のテオスの報告の件ということで間違ってはおらヌカ?」


 フィカシューは、両手を軽く広げながら肯定の言葉を返した。


「間違いございません。テオスが遭遇したという“不死者”ドラガン。ヤツが現在ダルダネスに滞在し、これまで長きに渡り見せてこなかった明らかな干渉行為を行ったことは、由々しき事態。あの者の監視および処断を、このフィカシューにお任せ頂きたいというのが、まず最大の用件にございマス」


「我が“ケルビム”はあの存在をことさらに敵視するが、わらわは大した興味をひかれぬ。人は、生命が有限であればあるほど、生き急げば急ぐほどに高尚な哲学も文明も生み出してきたのだからな。ゆえに、一切をそなたに任せることに何の異存もない、フィカシュー。手に負えるものならば、ダガ」


「ありがたき幸せ。

加えまして、先んじて上申しました件も、ご検討をいただけれバ幸イ」


「そなたが遭遇した、ハルメニア大陸からの侵略者の件か? あの件はディーネらに任せようと思っていたのだがな。

中々の手練ぞろいだというではないか。あのアンネローゼを倒し殺しきったほどだ。『銀髪褐色肌』の血の者も、紛れているのだろう? ドラガンと同時では、いかにそなたでも手に余ロウ」


「心配は御無用。あの時のような不覚は二度と取りませぬ。お任せを頂けれバト」


「……いいだろう。州内の変異兵は好きなだけ連れていけ。用兵に関しては、そなたはエグゼキューショナーの中でも随一。判断は誤らぬと信じてオル」


「ありがたき、幸せ。

それは早速出立させていただきますゆえ、これニテ失礼」


 そう云ってフィカシューは素早く踵を返しマントを翻し、扉に向かって歩き始めた。


 5、6歩ほどを歩いた、その時――。



 フィカシューは、まさにコンマの桁を数行下回る早業にて、行動に出ていた。


 やや前傾となった彼の背中から、“結晶触手”が、ボルトのごとき速さで伸長したのだ!



 マントを突き破った“結晶触手”は、真っ直ぐにティセ=ファルの組んだ脚の間に奇襲をかけていた。

 脚を突き破り、下腹部から串刺しにするつもりだ。



 だが――。その目論見が成就することは、なかった。


 ティセ=ファルの前面、1mほどの場所の空間が、突如反時計周りに歪み――。


 そこに形成された信じがたい厚さの“障壁(バリエレ)”によって、強引にねじ切られ潰された!   


 グシャア! という大音量の衝撃は、そのまま衝撃波というべき攻撃の波となって、“結晶触手”を潰し飲み込みながら、本体のフィカシューに迫ってくる。


 フィカシューは諦めたかのように、己で“結晶触手”を寸断させて背中から分離させた。

 残りの“結晶触手”は、完全に潰しきられて存在を現世から消した。



 背を向けたままの体勢のフィカシューに対し、ティセ=ファルは――。


 彼が室内に入ってきたときと寸分変わらぬ体勢で本に目を通し続けながら、声の高さすら変えずに云った。


「そなたが背を向け、わらわは精神の警戒を解いた。“障壁(バリエレ)”も緩めた。かつ足元の方が先に防御力を弱めたのも事実。その見極めは完璧だ。奇襲として申し分はない。

だが変異すらせぬそなたの攻撃を許すほど、わらわの魔力に隙はない。いかなる部位であろうと、防壁がゼロになることもまた、有りえぬ。

隙あらば襲撃を許すと、わらわはそなたらエグゼキューショナーに常々伝えてはおるが――。だからといって奇襲にのみこだわるのは感心はせぬ。そなたの真価は変異にこそあるのだろう? 正面より今一度出直してくるこトダ、フィカシュー」


「……」


 フィカシューはそれに一言も返さず、振り返ることもなく、一礼だけして扉の外へと去った。


 そして扉を閉めると、一気に緊張から解放されたことと身体の一部を失った痛みとで、滝のような汗を流しながら肩を上下させ始めた。



(化け物が――。“暴虐の打壊”の異名をとった大魔女だけのことはある。今のところ殺せる気はせぬな――。

まあ良い。敵が強大であればあるほど、混乱もまた大きくなる。いずれチャンスは来るであろう。

期待しているぞ、“不死者”。そしてロザリオン将軍、それを救った双剣の小僧。アンネローゼのヤツを殺した貴様らにモナ――)



 レエティエムにとって、異郷の障害となった組織、“ケルビム”。

 危険な思想を持ち危険な統制をもって行動する組織内は、かくも混迷の様相を呈していた。

 その中で陰謀を巡らせる一人、フィカシュー・ガードナーは、冷たきダルダネスの金属の巨城の中で、さらなる極凍の様相をもって不敵な笑みを浮かべるのだった――。




第三章 不死者の大地


【参考資料:第三章完了時点のレエティエム進路】

挿絵(By みてみん)

次話より、第四章 異邦国家ダルダネス

開始です。

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