第二十二話 異邦の中の、異郷
やや前方を歩いていたモーロックの声で、一同は我に返った。
彼は、樹々の影に身を隠し、その向こうに現れた景色に、息を呑んでいた。
近づいた一行が、その視線の先に目をやると――。
「――ええ――?」
「――嘘でしょ、何よ、これ――!?」
「こいつあ、驚いた……!」
次々、驚愕の声を上げる一行。
そこには、言葉どおりの驚くべき光景が、展開していた。
彼らが今居る森林は、その場所で終わっていた。
代わって展開していたのは、東から南に向かって広がる恐ろしく広大な草原と、農業地帯。北方の連山。
そして「鋼鉄の」巨大都市、だった。
草原の広さは、まるでハルメニア大陸の中原を思わせる。遠くが霞むほどの広さの中、地にはびっしりと短い草が生い茂り、その中で――恐ろしく組織だって開発されたことが明らかな、超大規模の畑と放牧地帯が広がっている。それは下手をすれば中原を超えるのではないかと思われるほどの、広さ、効率性、人夫の豊富さを誇っていた。
そう、畑や放牧地には、人がいた。視認できる限り、数千~1万はいるのではないかと思われるほどの大規模だ。交代や輸送を受け負う人員も考えれば、この一帯の農業に関わる人員だけでも10万には及ぶのであろう。そして実働の農夫と思しき大多数の人に混じって、この作業を管理する立場であろう鎧姿の騎士が見える。この状況からして彼らは――作業の監視役。農業が農家の所有地で自由に行われる中原方式と異なり、強制労働であることを容易に伺わせる有様であった。 作物はおそらく、見えている範囲では大半が麦とトウモロコシ。牧羊家畜は牛が多いようだ。
そして連山は、北の方角に威容を誇っていた。標高はおそらくアンドロマリウス連峰には及ばないが、2000~3000m級の山々が10連以上、見えている範囲で隙間なく北方を覆っている。頂上付近はうっすら雪がかかる程度と見え極寒ではないのだろうが、その高さでは完全に影響下にあるであろう、レムゴール上空を覆う謎の「気脈」が、冷たい空気への反射によるものか不気味に七色に光っている。あそこを越えるには確実に、何らかの気脈から身を護るすべが必要になるであろう。
これが――アンネローゼが口にしていた、“ヌイーゼン山脈”なのであろうか。
さらに――巨大都市。これが最大の驚愕の、対象であった。
城壁に囲まれた都市。セレンの情報から城塞都市であることが明らかなダルダネスなら、その都市構造をしていることは予見できた。ハルメニアで城塞都市といえばドゥーマ、ランダメリア、自然の要素を利用したバレンティンが有名だ。無人の遺跡ではあるがグラン=ティフェレト遺跡も含まれるであろう。だが城壁にあたるものが、石造りではなく――「金属」で構成されている都市など、常識の範囲外でしかない。それが城壁だけではなく、その向こうにある建築物の一部にも、反映されている。
建築物も、金属なのだ。ハルメニアでも、蒸気の機関を備えた鉄城群、魔工都市アルケイディアの例はある。だが規模が違う。天守閣のような建造物がおそらく数百、そして中心に――恐るべき「標高」を誇る城がそびえ立っていた。
刃のように刺々しい形状を天に突き立てるように向かわせる、その城。高さはおそらく120mを優に超えるであろう。この時代、アルケイディアの技術をもってしても不可能な建築技術。周囲数十kmを覆う高さ60m以上の城壁と、それより高い内部の建造物。まるで魔工具の内部を割って見せたような構造を恐るべきスケールで見せつける都市は、レムゴールという大陸の底知れなさと謎の勢力の強大さを誇示しているかに見える。一行は完全に圧倒され、数分間食い入るように風景を見続けることしかできなかった。
やがて、よく見ると金属の都市の周囲には、おそらく高さ数m~数十mの範囲で、無数の金属の隆起が地面から発生しているのが見てとれた。それは一行のいる森林にまでおよび、そのうちの一つ――高さ1mほどの鈍色に光る金属塊が、左5mほど地面から突き出ていることに気づく。
ムウルは何かを思い至ったのか、それに近づき、懐にあったアダマンタイン製の砥石を手に取り、金属塊に向けて振り下ろした。
砥石は、恐ろしく高い反響音を伴って金属塊と衝突したが――。
「ムウル様! 何をされてるんです?」
「見てみろよ。この金属――俺の砥石を当てても傷一つ、ついちゃいねえ。
これがどういうことか分かるよな、アキナス」
「――この金属は、アダマンタイン! ――それじゃ、それじゃあ、あの金属の都市は――」
「そういうことだ。俺も武者震いがするぐらい、信じられねえ事実だが――おそらくあの膨大な金属は全部、アダマンタインだってことだ。
ハルメニアには、馬車一台に載る程度しか存在しねえ希少金属が、あんなに馬鹿げた量、あるってこと。それで城塞までこさえちまう、そんなとんでもねえ状況が、目の前に事実としてあるってことだ」
「――!!!」
一行は全員、恐ろしい量の脂汗を額ににじませた。戦慄していたのだ。常識を遥かに超える、驚愕の事態に。
「ま、ビビっちまうのも仕方ねえ。だが、そうでもないかもしれねえ。奴らの結晶手も、鎧も、馬の鞍も何もかも――。アダマンタインじゃあなかった。そうだよな? ロザリオン」
「ああ……そうだ、ムウル。
目の前のあの光景と合致はしないが、奴らはおそらく、アダマンタインを自由に加工できはしないのだろう。実戦の場で用いていないのだから、確かだと私は思う」
「なら、過剰にビビるこたあねえってことだ。
俺たちの任務はこれまで伝えてきたとおり、何も変わらねえ。
本隊、シエイエス様と連携しエグゼキューショナーを倒し、“アルケー”とかいう野郎を捕え、この大陸のことを吐かせる。気脈のこと、サタナエル一族につながる情報。じゃなきゃ、“ケルビム”やらいう組織のこと、アダマンタインの城のこと。何でもいいから吐かせる」
ムウルは砥石を懐にしまい、鋭い眼光で一同を眺めた。
「メリュジーヌ、モーロック。サタナエル一族として、てめえらの定めに立ち向かう覚悟は?」
二人は胸をそびやかし、これに答えた。
「誰に聞いてんのよ。このあたし、一族最強のメリュジーヌ様が逃げるとでも?
上等よ。神様が出てきたって、立ち向かってやるわよ」
「右に同じじゃ。生先短いおれではあるが、一族のために果てる覚悟でここまで来ちょる」
「ロザリオン、アキナス。お前らもか?」
二人はそれぞれの表情で、しかし強固な決意をみなぎらせた目で、答えた。
「勿論だ。我が大陸の平和のため、気脈を正し、一族を正常化することが私の悲願。必ずや成し遂げてみせる」
「野暮ってもんですよ、ムウル様。アタイはナユタ大導師やラウニィー導師の代理としてここに居ます。大事な仲間の為にも絶対、やりますよ」
「アシュヴィン、お前もだな?」
アシュヴィンは両手を双剣の鞘にかけ、背筋が凍るような表情で、真っ直ぐに見据えたムウルに向けて、返した。
「無論です。僕は尊敬する父とレエテ様に誓って、家族を、家族同然の人を守りたい。
そのために、サタナエル一族皆を救いたい。大陸の平和も、守りたい。
あのダルダネスに、その鍵を握る敵がいるというのなら、容赦しません。
必ず生け捕りにして見せます」
全員の答えを聞いたムウルは口角を釣り上げ、全員に宣言した。
「よく云った! それでは我らレエティエム調査団遊撃部隊は、これより敵地ダルダネスに侵入する。
得体のしれねえ不死者、魔力のねえ人間、化け物の跋扈する大地。だが恐れることはねえ。
俺らにはレエテ様ら、英霊の加護がある! 命を捧げ、任務を果たせ!
神は頼るな。俺たちの手で、やるんだ。
我がレエティエムに、ハルメニアに、最高の勝利を!!!」