第四話 若き封印者達(Ⅳ)~力及ばぬ、最大の脅威
気脈の封印を成し遂げた探索任務一団。
洞穴から帰還したラウニィーとアシュヴィンは、先行していたエルスリード、負傷したレミオンと付添のエイツェルを加えた5人でディベト山地底湖を抜け、コルヌー大森林へと舞い戻っていた。
怪物の討伐のため散っていた一団の大半は、大森林に展開中。そしてその中には――。今回探索任務を率いる指揮官の任にあたる人物がいる。
探索任務の終結と解散には、人員を呼び集め、指揮官がそれを宣言する必要があるのだ。
ラウニィーは黒い義手の左手を天に掲げる。彼女の義手は、ノスティラス皇国が誇る「魔工」の技術によって、魔導の力で稼働する半機械。魔導増幅効果もあるこの手で放つ方が、魔導の威力は大きい。そこから放たれたのは――轟音とともに輝く白い稲光。雷撃魔導だ。雷撃は天で霧散し、周囲数kmに渡って確実にその姿を知らしめた。これがすなわち、「乱れの封印完了」を示す信号であったのだ。
それを確認した一団は、すかさず周囲を警戒し、武器を抜き放って臨戦態勢に入る。そして構えを解かずに東に向かって移動を開始する。
なぜならば――味方に対して自分達の居場所を教えることは、敵に対しても同様であるからだ。いつ襲撃を受けてもおかしくはない。
その中でレミオンは――彼から距離を取ろうとするエルスリードに近づこうと纏わりついていた。
彼の重傷は、一族の異常細胞分裂によって完全に、何事もなかったように再生を終えていた。そして両手に発現した結晶手を打ちならしながら、意地でも自分と目を合わせないエルスリードに話しかけ続けるのだった。
「エルスリード。さっきも云ったが俺は、デイゴンどもを30体以上は仕留めたぜ。前に約束したよな、俺が探索任務で敵を20体殺ったら、ローザンヌでのディナー付デートに付き合ってくれるってよ。この後、もちろん一緒に来てくれるよな? ……なあ?」
エルスリードはここまでずっと無言を貫いていたが、どうやら突き放す方に作戦を変更したようだ。
相変わらず鉄仮面のように表情を変えずに、抑揚のない冷たい口調で返した。
「一体何年前の話をしているの? そんな約束をした覚え、私には砂粒ほどもないんだけれど。
星の数ほどいる、あなたの大事な恋人たちの誰かと間違えてるんじゃないかしら? 色男さん。
……そういう訳で、話は終わり。私から離れて今から一切、話しかけないでくれる、お馬鹿さん?」
「おいおい、頼むよ。わかった、じゃあ云うよ。約束したのはな、一年前だ。次回探索任務要員候補の件で、お前のお袋さん――陛下が来てうちの親父と会談したあのときさ。お前たちはやる気はあるかって親父が話を振ってきやがったとき、俺がそう云ってお前に振ったら、『あなたが本当にできるのなら、考えてあげてもいいけど』って確かに云ったんだよ」
「たとえその時そう云ったんだとしても、今現在では完全確実に、気が変わったの。よって約束は無効よ。そうよね、エイツェル?」
エルスリードに話を振られたエイツェルは、すでに極限の苛立ちの表情だった。弟レミオンの女グセの悪さは札付きのため、もう云いすぎて口を出したくもないのだが、被害者が幼馴染の大親友となれば話は別だ。
「そうよ、馬鹿レミオン!!! いい加減にしなさい!!!
エルスリードがあんたのせいでどれだけ、迷惑してると思ってんの!? あんたみたいな女たらしにしつこくしつこく云い寄られてるせいで、本国のボルドウィンで後ろ指さされて、イヤな噂をたてられてるんだから!!! そうよね、ラウニィー様!?」
ここでボルドウィン魔導王国関係者として、自分に話が振られると思っていなかったラウニィーは、苦笑して言葉を濁した。
「うーん……そうね、そんなことも、聞いたような、聞いてないような……」
そこで、鋭い目つきでレミオンをにらみながら、アシュヴィンが口を開いた。
「レミオン。君の会談の話は、大事なところが抜けてるよ。
あのときエルスリードは君の賭けを全然相手にしてなかった。けど陛下が、『あんた、男の誘いひとつあしらえもしないのかい、やっぱまだまだ子供だねえ』って娘の彼女を挑発したろ。それでムキになって、売り言葉に買い言葉で云ったんじゃないか」
「そう、そうよ!! さすがはアシュヴィン、よく覚えてるわよね! すごいわ!
聞いたでしょ、レミオン!!! あんなの約束でも何でもないの! 潔くあきらめなさいよ!!」
「てめえ、アシュヴィン!! ろくに女のことも知らねえくせに余計なこと云いやがって……!!
云わせてもらうがな、てめえだってそれより前、エルスリードに約束迫ってただろうが! それも口に出すのも小っ恥ずかしいような内容でなあ!!」
「そ、そんな、それこそ何年前の話だよ! 子供の頃の話を持ち出されたって――!」
赤面して云い返そうとしたアシュヴィンは――しかし瞬時に表情を変え、前方を睨みすえた。
ラウニィーも、エルスリードも、エイツェルもレミオンも、ほぼ同時に同様の反応を見せた。
いや、さすがにラウニィーだけはすでに魔導の放出準備を一段階上げていた。未熟な若者たちよりも一寸早くに気づいていたようだ。
――迫りくる、ただならぬ敵の襲来に。
徐々に、徐々に近づいてくる。地響きが。怖気を振るうような大音量の叫び声が。同時に樹々をなぎ倒す音が交じる。それは――レエテの武勇譚に刻まれている、かのサタナエル将鬼、巨人レヴィアターク・ギャバリオンが接近する様子に酷似していた。すなわちそれは――4m近い人外の巨人と同等以上の体格を持ち、そして馬車と同等という恐るべきスピードで迫る「何か」が接近する状況を示していた。
もう、100mの距離をおそらく切った。予備知識を持つ一同はこの時点で、接近する敵が何者であるのかを感じ取った。そして恐怖に近い表情を浮かべる若者たち。「何か」の正体がそれほどの脅威となる怪物であることを意味する反応であった。
やがて、目前の大樹が4つ、「切り刻まれて」倒壊した瞬間、敵は姿を現した。
「カアアアアハアアアアアアアアーーッ!!!!」
腹の奥底からの、摺動するような威嚇音。強烈な音波に、ビリ、ビリ……と大地と人間たちは震え、樹々は一斉にざわめいた。もはやエイツェルは声が漏れそうなほどに怯え、冷静なエルスリードですら手元が震えていた。
それは、全高6mに達する、人と爬虫類が融合したような悍ましい怪物――テューポーンだった。
下半身は鱗に覆われているがほぼ人の形態をとっている。筋骨隆々の男性の下半身だ。その上半身から先は、ほぼ「巨大なトカゲ」と云っていい形態。目は赤く、牙をむき出した口からは長く巨大な舌が伸びている。
両腕は、先端が刃物のように鋭くなった、太い触手状。刃は刃渡り2m以上におよび、大樹ですら瞬時に真っ二つにする威力はすでに披露済だ。それだけでも凄まじい脅威だが、それを助長するのは八本の長い尾。背後から花びらのように展開するそれの先端にも、1mほどの刃が切られている。もはや一旅団を投入しようとも、一太刀浴びせることなく切り刻まれ全滅するであろう「兵器」だ。しかも厄介なのが、発散する脅威の魔力。知能を持つ「彼」は、魔導や耐魔に相当する力までも使うのである。
元々旧カマンダラ教が生み出した合成生物として、グラン=ティフェレト遺跡地下深くに眠っていたと思われる。それが近年増長を続ける気脈の乱れに呼応して復活を遂げ、遺跡を根城に出没するようになったのだ。
アシュヴィンとレミオンはさすが、女性たちを守ろうと健気に前面に出るが、彼ら二人の強さをもってしてもこの魔物に太刀打ちできないことは明白だった。
冷や汗を浮かべる二人をそっとかき分け――静かな闘志を燃やした表情のラウニィーが前に出る。
「下がっていなさい、皆。アレは、残念ながら今のあなた達では倒すことはできない。ここは私が片付けるわ」
導師として今や、大陸で3本の指に入る大魔道士ラウニィーが本気の魔導を両手に充填させた、そのとき――。
「シイイイイイィィィィィーーッ!!!!!」
突如一同の後方から一つの影が、大音量の気勢とともに飛び出してきたのだ!