第二十話 大人の覚悟
“不死者”ドラガンが去って間もなく、レミオンの傷は全快。身体が真っ二つだった人間とは思えぬ元気さで、立ち上がって彼が真っ先に行ったのは、セレンの遺体の埋葬だった。
結晶手で穴を掘り、遺体を埋める。樹々を切り取り、墓標を作る。墓標に関してはハーミアの“X”“I”印と、レムゴールの流儀が同じであることをエイツェルがキラに尋ね確認した。姉弟で行った作業は驚くべき早さで完了し、即席ながら立派な墓が建った。
再生で失った水分を水筒からがぶ飲みするレミオンの横で、エイツェルとエルスリードはハーミアの祈りを墓標に捧げた。ここに聖職者がいれば聖句を唱え葬式を挙げてやれるのだが、それは叶わない。
長い祈りを終え、目を開いたエルスリードは背中に突如、鈍い痛みを自覚した。
「……え……?」
呆気にとられ振り返った先にいたのは、キラだった。
涙に濡れながらも、子供とは思えない憎悪に満ちた表情でエルスリードを睨みつけ、物を放った後の体勢をとっていた。エルスリードが背中に感じたのは、キラが放った大きな石が当たったものだった。
「ひとごろし……! おかあさんが死んだのは、おまえのせいだー!!
わたしたちをまもるって、おかあさんをまもるって、云ったじゃないか! おまえが変なことしてたせいで、おかあさんを助けられなかった! こんなだったら、わたしたちがさっさと“えぐせきゅーしょなー”にさらわれてたほうがまだ良かったんだ! そしたらおかあさん、手当てされて助かったかもなのに!
おまえはさっき云ったみたいに、わたしたちのことにんげんじゃないって思ってた! だからわざとこんなことしたんでしょ! ひどい! おかあさんじゃなく、おまえが死んでれば良かったンダー!!!」
泣き叫び、怒りと悲しみをぶつけるキラ。エルスリードは身体が震え、その目からは見る見る涙が溢れ出てきた。罪の意識が支配し、キラの方を向いて両手を地につけ、頭を下げた。
「……ごめんなさい……! あなたのお母さんが死んでしまった責任は、私にある……! 私ははっきりと、皆を護るって約束した。それを果たせなかった……。あなた達のこと良く思っていなかったのも確かだし、それも原因だったのかもしれない……。本当にごめんなさい……!」
「ひとごろし!! ひとごロシー!!!」
感情を昂ぶらせ、さらに石を投げつけようとするキラの身体は突然、浮き上がるように上空に持ち上げられた。
そこには――自分を首根っこから右手一本で持ち上げる、褐色の大男の貌があった。
その貌は、今の自分以上の怒りをたたえ、凄まじい迫力を発散させている。たちまちキラはその迫力に気圧された。
「……あのなお嬢ちゃん。母さんが死んじまったのは残念だ。俺もお前ぐらいの時、母さんが目の前で死んだ。悲しみはよおく分かる。それを護れなかった責任は確かに俺らにある。
だがな、今お前があのお姉ちゃんにやった事と云った事は、俺にゃ見過ごせねえぞ」
その声の主、レミオンのただならぬ様子にエイツェルが警告を発した。
「やめなさいよ、レミオン!! 相手は子供だし、その子は何も悪くない!」
「悪くない? そいつあ違うな、姉ちゃん。こいつらは、不幸だが、親を失った。少なくとも今は他人の善意なぞ関係なく、まず自分の力で生きてかなきゃならねえ。大人と同じだ。が、今のこいつは他人への感謝ってものを知らず、底知れず甘ったれてやがる。赤の他人に対してな。自覚させてやらねえとこいつの為にならねえ。ちょっと黙っててくれるか」
有無を云わさぬ、静かな迫力だ。エイツェルは歯噛みして押し黙った。レミオンは続けた。
「いいかお嬢ちゃん。俺は一緒に居なかったから細かいこた分からねえが、あのカラスの化けもんはどこをどう見ても最悪に悪りい奴だ。お前は簡単に云うが、連れ去られてたらどうなってたか分からねえ。だからあの紅い髪のお姉ちゃんは、心でお前らをどう思ってたにせよ、自分が殺されてでもお前ら二人を護ろうとした。それはちゃんと見てたよな?」
「……ウ……」
「そういう人に、まず『助けてくれてありがとう』の一言もなく、『人殺し』『お前が死ねば良かった』。
それは、云っていいことか悪りいことか? ましてや、石を投げて怪我させる。それはいいことか悪りいことか? 頭に当たって死んでたら? それはお前が望んでたことだから、叶ったりってことなのか?」
「…………チガ……」
「違うんだろ? なら云うべきことがあるよな、お姉ちゃんに対して。
――お前らの母さんはもういねえ。てこたあ今からお前は、あそこに居る弟を護ってやらなきゃならねえんだ。大人と張り合ってかなきゃならねえんだ。俺の姉ちゃんはな、母さんの代わりに俺を護ろうと必死になってくれた。悲しいからってやけっぱちになってるようなガキには、できねえことだ。甘ったれてんじゃねえぞ」
これを聞いていた、弟のキリト。泣きじゃくっていた彼は、姉の方を向いてたどたどしいながらも言葉を発した。
「おねえちゃん……ぼく……おかあさんの……。ほうばっかりみてたから……みてた、よ……。
あのおばけ、あかいかみのおねえちゃんをころそうとしてた。だけど……おねえちゃんがぼくたちのほうにむりやりこようとして、おかあさんがおっかけたから……あたって……ころされちゃったんだ……。
……あかいかみのおねえちゃん……わるくなイヨ……」
キラはぐっと歯を噛み締めて、涙ぐんだ。自分を頼ってばかりの幼い弟と思っていたが、ちゃんと母の教えどおり正しくあろうとして一生懸命に見たことを話している。キラも、そのことを自覚はしていた。自分のせいだと。だが悲しみと絶望をただぶつけたくて、感情のまま行動した。それを悔いる気持ちが芽生えた彼女は、ついに大声で泣き出した。
「う――わあああああ!!!! ごめんなさい!!!! ごめんなさいいイイーーっ!!!!」
謝罪し泣きじゃくり始めたキラを、レミオンは小さなため息をつきながらようやく降ろした。
「悪かったな、お嬢ちゃん。
それに母さんが死んじまったのを悲しむのはいいが、絶対え自分を責めるな。お前が悪いわけじゃねえ」
レミオンはそう云って、姉エイツェルに目配せした。微笑みつつため息を吐き、彼女はキラをなだめる為に歩み寄っていった。
レミオン自身は、エルスリードの元に歩みより、肩を掴んで上体を起き上がらせた。
「てなとこだ。自分で云うのも何だが、良いこと云ってたろ、俺? 元気出してくれよ、エルスリード。お前が心配してくれたおかげで、俺もこのとおり元通りになった。だからいつでも受け付けるぜ? さっきはちゃんと聞けなかった、愛の告白ってやつをな」
「……ありがとう。感謝するわ。
あなたにしては、とても良いことを云っていたし、少しだけど私も救われた。
余計なことを云わなければ、見直しても良かったんだけどね、『お馬鹿さん』」
あえなく、「お馬鹿さん」に戻ってしまった二人称に対し、心から落胆したレミオン。失笑したくなるほどに身体を弛緩させ気落ちの様子を見せながら、言葉を返した。
「ええ……!? そりゃあないぜ……! だってさっき、あんなに慌てふためいて涙流して、俺のことを死ぬほど心配して、レミオン、レミオン、て……! ええ!? だって、だってよ……」
「いずれにしてもお母さんを護ってあげられなかったのは事実。私は、あの子達に対して責任を感じているし、必ず安全な場所まで送り届けるつもりよ」
遮るように、強い決意を言葉で表したエルスリード。レミオンも黙ってその言葉に耳を傾けた。
「あの子達には、故郷から強制連行されたお父さんがいたはず。無事を確かめようはないけど、必ず二人を親の元に送り届ける。
セレンさんの証言からすると、彼は州都ダルダネスにいるはず。そこまで護送するわ。
アシュヴィンやシエイエス様達――ネメア様もそこに向かっている。運が良ければ途中で会えるかもしれない。
協力して、くれるわね?」
言葉を向けられたレミオンは――。アシュヴィンやネメア、といった恋敵の名に表情を曇らせつつも、力強く頷いた。
「当たり前だろ? 俺が協力しねえとでも?
さっきは不覚をとったが、もう大丈夫だ。俺さえついてりゃあな。戦場になっちまったら、あいつらの親父も探しにくくなるだろう。他の連中よりも先に、ダルダネスとやらにたどり着いてやろうぜ」
エルスリードは微笑んで小さく頷いた。ハルマーから単身やってきて情報を全く持っていないレミオンには、現時点の調査団が得た情報を道中伝達する必要があるだろう。が正直、今のエルスリードとエイツェルにとって、レミオンの参戦は極めて心強い。エグゼキューショナーとも刃を交え、実戦で学んだものもある。必ずやダルダネスにたどり着いてやると、エルスリードは決意を新たにするのだった――。