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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第十九話 不死者ドラガン【★挿絵有】

 その男に、場の全ての視線が集中していた。


 意識が、瞳の中に吸い込まれる。一挙手一投足に注目し続けざるを得ない。そのような、人間の枠を大きく超越した何かを確実に感じさせる人物。

 自分に投げつけられた弟の無残な身体を抱きかかえながら、エイツェルは思った。これに少しでも近い、既知の超越的人物を挙げるのならば、母レエテか女王ナユタぐらいだ。だが彼女らには極めて人間らしい情愛と包容力があり、圧倒的な超越者でありながら親しく身近に感じられた。この男には、それがない。飄々とした外見で口調もくだけているが、鋼鉄のように冷厳で人間性を見いだせず、ひれ伏したくなるような畏怖をしか見る者に感じさせぬのだった。


 事実――。仮に今立ち上がろうとしたなら、上空から巨大な岩で押さえつけられたかのように、それは叶わないだろう。確信できた。


 “不死者”ドラガン。そう呼ばれた男はテオスの言葉を受けて答えた。


「声だけで気づいたんなら、“ケルビム”の野郎として俺を知ってる、というよりゃあ『見知った』って風だな。

てこたあどこかで会っタカ――?」


 テオスは身体を硬直させたまま、それに返した。


「ボクがまだ『ほんのガキの頃』だ。覚えてなんてないだろう。そんなことより貴様のような存在が何故――見も知らない異大陸の連中の肩をもつ。狙いは何なンダ?」


 ドラガンは、指ぬきの黒革グローブをはめた白い指で葉巻を荒っぽく口から放し、白い煙を一つ吐いた。黒馬にも、己の身体にも、いっさいの武器を帯びていない。もしも戦闘者であるのなら、この男もエグゼキューショナーと同じく、肉体の硬質化や変形のみが武器なのであろうか。


挿絵(By みてみん)


「狙い――ねえ。そんな大層なもんじゃねえさ。

そう、気が向いた――。云うなりゃあ、そんな程度の『気まぐれ』ってやつだな……。

ああ、因みに云っとくとな……そいつらだけじゃなく、“ネト=マニトゥ”もだからな。

誰も手をかけず、連れず、おたくだけでお帰りいただクゼ」


 そう云ってドラガンは、馬の腹を軽く膝で蹴った。

 巨馬が小さないななきを発しながら、一歩大地を踏み出す。


 それだけで、その場に居た者全員が感じている圧迫感の度合いは急激に跳ね上がった。


 テオスの表情は畏怖から確実な恐怖へと変化し、彼は歯噛みしながら一気に翼を広げた。

 エルスリードの魔導によって穴を穿たれた翼は戦闘の間に、彼らのもつ再生能力でほぼ元の状態にまで再生できている。


「……チッ! 逸るなよ、“不死者”。仰せのとおりに退散するさ! 残念極まりないけどね。

ハルメニア人の少年少女諸君、ボクはキミらの貌を忘れない。

もしも今後遭うことがあったら、その時は生かしちゃあおかない。よく覚えておくこトダ」


 瞬間、地を叩く突風とともに、テオスの硬質の翼は大きく羽ばたかれ――。


 その巨体を上空へと一気に舞い上がらせ――瞬く間に虚空へと消えていった。

 その様は、まさに命の危険を感じての這々の体、というにふさわしかった。



 敵の退散を見定めたドラガンは、葉巻を口に咥え直して一同を振り返った。


 当面の脅威が去った直後、すぐに動き出したのは――キラと、キリトだった。


「おかあさん!!! おかあさああああああん!!!! うわああああアア!!!!」


 泣き叫んでセレンに駆け寄り、その身体にしがみつく二人。しかしドラガンはその様子を見て首を横に振った。


「遅かったな……。あと1分、俺が来るのが早けりゃ、母ちゃん助けてやれたのにナ。残念ダ」


 そう、既に――。セレン・コルセアの息は絶えていた。

 目を剥き、傷を押さえたまま。急所を貫かれ、通常ならば法力の力も及ばぬ致命傷であったと見えた。


 そう云うと、ドラガンは下馬せぬまま、エイツェルとレミオンのもとにまで肉薄した。


 はるか上を、極限の緊張の面持ちで見上げるエイツェルの目に入ったのは、黒いシャツの裾をまくりあげ、もう片方の手の爪を手首に食い込ませるドラガンの姿だった。

 むしるような動きをする手指の先から、赤い血が流れ出し、少なくはない量の雫となって、レミオンに向かって落ちていった。

 エイツェルは下半身の場所まで移動し、レミオンの上半身をその上に接触させており、彼の身体は音を立てて再生を始めていたところだった。その痛々しすぎる凄惨な傷口に向かって垂れたドラガンの血液は、到達するやいなや驚くべき反応を見せた。

 

 レミオンの身体が、一瞬ビクンッ、と脈打つように震えた。そして次の瞬間、レミオンの再生スピードが――目に見えて上昇したのだ。

 元々サタナエル一族の再生力は、急激な細胞分裂が肉眼ではっきりと分かる不気味で激烈なものだ。それがさらに加速している。筋肉と筋肉が蟲のように動いて互いをつなぎ合わせ、骨などは急激すぎる再生のために極めて大きなゴキゴキッ、という砕けるような再生音を上げ、粘土や漆喰でつなぎ合わせるがごとくに連結していっている。当然それが発する熱量も相当なものになるようで、蒸発する水分による水蒸気も大量であり、抱きかかえるエイツェルが感じる熱さも比喩ではなく火傷しそうなほどの高温であった。


「……てえ……。あ……ちい……。

てめえ……何者(なにも)んだ……。俺に、何……しやがった……!」


 意識が消失寸前の朦朧状態だったレミオンの意識は、この血の劇薬による効果か覚醒したようだ。

 

 そのレミオンを――ドラガンは、真正面から見据えた。


 表情に不敵さは一点もなく、凍りついた形相で、まさに凝視していたのだ。


「……じられねえ……。まさカ……本当ニ……」


 ドラガンの口から、はっきりとは聞き取れない呟きが漏れている。それがレミオンの貌に対してなのか、魔力など別のものに対してなのかは不明だが、ドラガンは改めて感じたレミオンの何かに対し、尋常でない驚愕を感じているようだ。

 それが――結果的にセレン以外の、この場の全員の命と危機を救うことになった謎の男の動機でもあるのだと、根拠なくエイツェルには感じられたのだった。


「……レミオン……! う……ヒクッ!! 

……ご……めんなさ……い……! わたし……う……わたし……!」


 エイツェルはハッとなって目線を下に移した。いつの間にかそこには、エルスリードの姿があった。

 

 極めて痛々しい――肉体的でなく精神的に、だが――様子だった。普段クールな彼女とはかけ離れた、涙でぐちゃぐちゃになった表情。先がおぼつかないほどに大きく震えた手で、レミオンの傷口に触れ、血の感触を受けてビクッと手を引っ込め、両手で口を押さえてわなないた。


「……こんな……つもりじゃ……ヒクッ……! いや……イヤ……!

わたしの、魔導で……こんなに……ひどいケガ……! わたしが……あなたを……こ……殺してたかも……しれないなんて……!!

うあああああ!!! ごめんなさい! ほんとうにごめんなさいっ、レミオン!!! あああああああ!!!!」


 そのまま完全に泣き崩れるエルスリード。

 自分もレミオンを案じていたエイツェルは涙ぐみながらそれを見守ったが、レミオンは――。

 エルスリードが思いも寄らない罪の意識と心配を、こんなにも――不謹慎だが可愛らしい様子で狼狽するほどにしてくれたことに驚愕し、彼らしくないおどおどした態度になった。そもそも「お馬鹿さん」ではなく名前で呼んでくれたのすら数年ぶりで、完全に赤面し貌も直視できないほどに照れてしまっていたのだった。


「お……おう……。や……た、大したこと、ねえよ……。俺らにとっちゃさ……。

お前のせいじゃ……ねえし。……心配……してくれてありがと、な……エルスリード……」


 エルスリードは、やはり口では邪険にしていても、レミオンのことを幼馴染として掛けがえのない家族として思い続けてくれていた。そう感じ微笑むエイツェル。


「心配は当然よ。あんたはエルスリードの命の恩人なんだしね。たぶん脱走したんでしょうけど、助けてくれて本当にありがとね、レミオン」


 そう云ってエイツェルは、レミオンの傷口に目を向ける。

 恐るべきことに――。一族でも治癒に30分はかかるであろう彼の大傷は、この3分ほどの間にほぼ修復を遂げてきていた。目に見えない内部はまだ再生の最中だろうが、間もなく歩けるまでに回復するのは確実であった。

 エイツェルは目線を上げ、ドラガンに向け言葉を発した。


「――あなたも、ありがとう。どこの誰かは知らないけど、あなたが来てくれなかったら今頃あたし達は――」


 上げた目線の先に、すでにドラガンの姿はなかった。


 彼の姿はすでに、5m以上も先の樹々の間に、背後を向けつつ在った。


「恩に着るこたあねえ。俺が勝手にやったことだ。

もう一つお節介を焼いとくとな、おたくらハルメニア人の向かうべき先ハ、『北』ダ」


 振り返り発したドラガンの言葉に、エイツェルは目を見開いた。


「おたくらの目的はなんとなくだが分かってる。今俺らが居るこの地域はご想像どおり、レムゴール大陸の南西端に当たり――。ヌイーゼン山脈で区切られた北が、その目的に適う場所だよ。

今ダルダネスに攻め込んでるお仲間と合流し、“アルケー”をぶっとばし、必ず『北』ヘ来イ」


 話しながらもドラガンと彼の馬の姿はどんどん遠くなり、樹々の影が作る薄闇にどんどん溶け込んでいく。


「いずれまた、神のお恵みありゃあ会うことになるだろうぜ。

その時まで――このドラガンの名を、忘れないどいてくレヤ――」


 そのまま立ち去る気だ。エイツェルは必死になって、ドラガンの背中に向けて叫んだ。


「待って、ドラガン!! 教えて、あなたは何者なの!?

――それに――そう、知っていたら教えて!! 

“ヴァレルズ・ドゥーム”とは――それは一体、何なの!?」


 そう、それはレエティエムにおいて、「もしも友好的レムゴール人と対話した場合、必ず尋ねるように伝達されていた事項」であった。

 セレンは、“ヴァレルズ・ドゥーム”が何であるのか、全く知らなかった。が、この男なら――。謎めいたパワーを感じさせるこの男なら、あるいは知っているのではないか。


 その予感が的中したのか――。“ヴァレルズ・ドゥーム”の一言を聞いたドラガンは、大きな青い瞳を大きく見開いた。驚愕したかのように。

 だがすぐに――。目を閉じ、口の端から白い煙を吐き出しながら笑みを作った。どうやら、己の素性ともども、知っていたとしても今は話す気はないようだ。


 そしてドラガンは――。

 そのまま背を向けて手を振り闇に溶けていってしまった。


 

 エイツェルはしばらくの間虚空に手を伸ばしたまま、ドラガンが去った先の森の中をただ呆然と見つめ続けたのだった――。

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