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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第十七話 変貌

「え――!?」


 キラとキリトをひとまず自分の元に保護し、結晶手を出現させて構えをとっていたエイツェル。生まれたときから共に育ってきた、双子のような親友の放った衝撃の言葉に耳を疑い、青い貌で問い返そうとした。


「エ、エルスリード――それは――」


「モタモタしないでよ! 私は本気よ!! あなたも本心では思っているでしょう!? 魔力のない得体のしれない気味悪い『モノ』、人間だなんて感じられる?

少なくとも、魔導士の私には無理だわ。正直我慢の限界なの。私はね、あなたや仲間の命が大事なのよ。そいつら化け物を引き渡せば私たちは助かる。何も迷う必要なんてないわ!」


 恐怖に加えて、自分達への容赦ない差別発言に、キラの幼い表情はショックで歪み涙が流れた。その言葉を毒々しく発し、エイツェルに怒鳴りつけるエルスリードの形相は――。彼女の知る親友のそれでは到底なかった。

 口は歪み、歯がむき出されている。眉間と鼻筋に皺が寄り――何よりもその人間性の感じられない冷酷非情すぎる眼光は、エルスリードの発した言葉を完全に肯定するものだった。


(そんな、それがまさか――今まで見せなかった、極限状態でのあなたの本性だっていうの? そんなはず、そんなはずは――)


 信じられるものではなかったが、目の前のエルスリードの姿は身勝手な「魔女」そのものでしかなかった。


「エル……」


「何よその目。私らしくないってこと? お生憎ね。私本当はこういう現実的な人間なのよ。今までは猫を被っていたけれど。

テオスどの、と仰ったかしら。私達ハルメニア人は目的があってレムゴールにやってきたけれど、あなた方と敵対する気は全くなく、むしろ友誼を結びたいと考えているの。詳しい事情は分からないけれど、あなた方がこの子供達を特別視する心情だけはよく理解できるし、ご協力を拒む理由は全くないわ。この子供達を連れ帰りたいというのなら、どうぞご自由に。ただし、私たち二人の安全だけは保証していただきたい。それができないというのなら、子供は殺すわ!」


 自分に向き直って冷静に言葉を継ぐエルスリードに対し、テオスは頭を下げやや上目遣いに目を細めながら、この美しい紅髪の少女を観察した。

 

 先程まで死にもの狂いで自分を攻撃し、コルセア一家を護ろうとしていたはず。急な変貌にも見え、当然疑いたくなるが――。魔力のない存在に対する恐怖と嫌悪感については、疑いようのないほど確実に持ってはいるだろう。家族を保護するという人道的理由からの軍の決定に嫌々従っていただけ、という可能性は非常に高いといえる。ましてその相手は同胞ではなく、縁もゆかりもない異郷の人間である。

 何よりも――この少女の様子は到底演技などとは思えない、本心を言葉と態度にしているとしか見えず、疑いを持つことは難しい。相方の結晶手持ちの少女が困惑しているとおり、今まで抑えていた本心をこの極限でさらけ出したということだろう。

 

 テオスは笑顔になり、やや翼を広げて見せながら云った。


「――わかった、エルスリードどの。キミの交渉に応じよう。

ボクは“ネト=マニトゥ”のお二人を連れ帰り、キミら二人は安全にお仲間の元に帰る。それで手を打とうじゃあないか。

今からボクはそちらの――エイツェルどのだっけ? 彼女からお二人を受け取った後に、何もせず上空へと飛び去る。お二人にもキミらにも危害を加えないことは信じていただくしかないが。それでどうダイ?」


 エルスリードは微笑み、腕を組みながら頷いた。


「結構よ。交渉成立ね。

エイツェル、それでいいわね? 彼が近づくまで子供を押さえ、確実に渡して!」


 エルスリードの言葉を受けたエイツェルは、貌中に汗をにじませて苦悩の表情となった。


(私どうすれば……どうすればいいの……? 母さん……!)


 たしかにエイツェルも内心子供達に嫌悪がないといえば嘘になる。だがここまで会話してきて、魔力がない以外全く普通の子供である二人を、母親から引き離して怪物に引き渡すなどとは言語道断だ。

 エルスリードも同じ気持ちだと思っていたのに、あまりの変貌ぶりと、それが元から隠していた本性だということが信じられない。が、その様子は真実であることに疑いようがない。

 自分は子供達を連れ、足掻きと知りながらも逃走し抗戦するしかないのか。それともエルスリードの云うとおりに行動するしかないのか。それとも――。


 逡巡し、子供達を抱えたまま動けないエイツェル。そこに向かって、テオスは巨体の両脚を踏み出し、歩き出していた。蜘蛛型のアンネローゼと違い飛行形態である彼は、体内に空洞が設けられているのか、見た目よりも重量(ウエイト)は軽いようだ。踏み出す音も振動もさほど大きくはない。

 そして3~4mほどの距離に迫ったところで、肩――「胸像」が埋まっている根本の両脇、というのが正しいのか、その位置から結晶手が触手のように伸びてきた。


「くっ……ぐううう……うう……」


 エイツェルは大粒の汗を全身に流しながら、テオスに結晶手を向けたままじりじり……と後ろに下がった。足元には、怯えて声も出ない子供達をかかえている。今なら――まだ今なら、子供達を運んで逃げ去ることは可能だ。たとえ、一時の気休めにしか過ぎないとしても。逃げ切れはしないとしても。


「おおっと……怖いのはわかるが、それ以上動かないで我慢してくれよ、ミス・ビューティ。お二人は結晶手でそっと抱き上げるつもりだが、妙な動きをされると傷つけてしまうかもしれない。そうなったら……キミらに容赦はできなくなるかラネ」


 恐怖もあるが、それよりも圧倒的に苦悩をにじませたエイツェルの眼前2m以内に、結晶手が迫ろうとした、その瞬間――。



 テオスは自らの左後方に迫った、巨大な魔導エネルギーを認知した!


「そうかも――とは思ったヨオ!!」


 即座に集中耐魔(レジスト)を展開し、魔導エネルギーを弾くテオス。そのエネルギーは後方の樹を直撃し、幹の部分を「この世から消滅させながら」さらに前進していった。



 その魔導――絶対破壊魔導を放った張本人は勿論――。


「エ――エルスリードッ!!!」



 そう、両手を広げ、原子壊灼烈弾アトゥムゼルストルングを放っていたのは、エルスリードだった。

 不敵な笑みを湛えつつも、その表情は「エイツェルが知る」エルスリードのものに戻っていた。

 その額からは、攻撃を防がれた焦りからか、大粒の汗が滴り落ちていた。


「嘘は良くないなあ、ミス・ビューティ!! 神に地獄へ落とされたいのカイ!?」


 電光石火の疾さで迫るテオス。エイツェルは救援に動けず、エルスリードが第二撃を放てる余裕は到底ない。巨体はあっという間にエルスリードに到達し、伸ばしていた結晶手がたちまち彼女の両肩を捕えた。そして抵抗する力のない彼女を力任せに地面に押し倒した。


「あああ!!!!」


「エルスリード!! エルスリードお!!!」


 エルスリードとエイツェルの悲鳴が交錯する。テオスははるか上から軽薄で嗜虐的な貌でエルスリードを見据えた。エルスリードはそれに鋭い目線で返しながら、苦しげに云った。


「上手くいったと思っていたけれど……これまでの、ようね……」


「うん。キミは実に上手く、よくやったよ。今でもあれが演技だったとは信じられないぐらい、ほぼ9割がたボクを騙しきり、行動にまで移させた。お世辞ぬきに迫真の演技だ。本当大した女優だよ、恐れ入ったね。

けど残念だった。ギリギリで思い出したんだよ。キミらではないがキミらの軍はフィカシューの奴と話をし、ボクら“ケルビム”が“マニトゥ”を根絶やしにし、中でも特にそちらの結晶手持ちの人間を皆殺しにしようとしてる事を聞いた。間抜けの集団でなけりゃもう情報共有ができてるはずだ。ならボクがキミらをここで殺す結論は知っての上で、知らぬ振りをして演技してるって事。そこまで分かれば、あとはキミへ万一の警戒を怠らず身構えていればいいだけだ。本当、本当に惜しかったよ。もう少しでボクの胴体に風穴開けられたのニネ」


 そう云うとテオスは、右の翼を変形させて、巨大な結晶の斧を形作った。そして刃を水平にエルスリードの首の真上にかざし、一気に振り下ろす体勢に入った。


「やめて、やめてえええええ!!!! エルスリードを殺さないでえええ!!!!」


「エイツェル!!!! 今のうちにすぐに逃げて!! キラとキリトを連れて!!

私に構わず!! お願い!! あなたは生きてえええ!!!!」


 エイツェルとエルスリードの必死の叫びが交差する中――。


 敵エグゼキューショナーの無情なる処刑の刃は、振り下ろれた!


 それが到達するかに見えた瞬間――。




「ううううううおおおおおおおおおああああああ!!!!」




 若い男のものと思われる、雄叫びとともに――。

 

 寸前で、処刑の刃は防がれた!



 その男は、185cmほどの、筋肉に覆われた手足の長い体躯をもち――。

 全身を黒と白を基調としたボディスーツ、皮のブーツで覆っていた。


 後ろで結わえた長い白銀の髪は光を放っており――。

 精悍であまりに美しい貌は褐色の肌で覆われ、黄金色の両眼が爛々として敵を見上げる。

 その上でクロスされた両手に出現した「結晶手」が、敵の同じ結晶の攻撃を防いでいたのだ。



 その後ろ姿を見たエルスリードは、歓喜に震えた。

 そして目に涙をためながら、彼の名を叫んだのだ。



「――レミオン!! ああ、レミオン!!!」



 レミオンは、全力の筋力を行使しながらも、目だけを愛おしい幼馴染に向けて、云った。



「俺あ……いつだってお前を護ろうとしてきただろ、エルスリード……!? 忘れたのかよ?

おい……カラスのバケモンよ……てめえ、俺の未来の嫁をこんな目に遭わせやがって、勿論覚悟はできてんだろうなあ……!

ましてや姉ちゃんまで!! このレミオン・サタナエル、ここで誓ってやるぜ。てめえの羽をむしり、食える大きさまで肉片にし、殺してやるってなあ!!!!」

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