第十四話 芽生える微かな心
かくて“エグゼキューショナー”アンネローゼに勝利した「遊撃部隊」――アシュヴィン、ロザリオン、メリュジーヌ、モーロック、ムウル、アキナスの6名は倒壊と敵襲の危険のある城塞を捨てて野営を張っていた。
激闘から2時間あまりがたち、場所も2kmほど東に移動した上での野営。ロザリオンはまだ痛むらしい腕の傷を押さえてアシュヴィンに、モーロックはさすがの再生力で完全な巨体を取り戻してメリュジーヌに、それぞれ寄り添われて座っていた。
その場に居なかった者と意識を失っていた者は状況説明を受け、かつアシュヴィンとムウルとの間で情報交換がなされた。それぞれが得ている情報と、ムウルが携えてきたシエイエスの司令とが出揃い、一行は現状把握と今後の目的明確化を終えていたのだった。
「なるほどな……。“ケルビム”ねえ。その内情や規模はセレンどのの情報でしかわからねえが、一筋縄じゃあいかねえ組織なのは間違いねえな。が、少なくとも“エグゼキューショナー”とやらはあの蜘蛛女を含めて5人、“アルケー”やらいう司令官は1人、しかも結束は脆い。そうで良かったよな、アシュヴィン?」
ムウルから言葉を振られたアシュヴィンは、大きく頷いて答えた。
「はい。たしかにそう云っていました。フィカシューとあのアンネローゼを除く3人と“アルケー”は州都ダルダネスとかいう都市にいるのだとも。それは理解できたんですが……申し訳ありません、それ以外で奴の云ってたことが未だに考えても理解ができなくて」
「そりゃあ聞いた俺たちだって分からねえし、お前の責任じゃあねえよ。たぶん今後の情報と、シエイエス様ほどのお方の頭脳をもってせにゃあ分からんだろうな。“マニトゥ”ねえ。レムゴール大陸も得体がしれねえぜ」
「おれが想像するになあ、ムウル。“マニトゥ”やらいう概念は、魔力の有無に関係あることじゃと感ずるぞい」
うっそりとモーロックが云う。彼は城塞で己が護られる足手まといになってしまった事を深く悔い、土下座までして仲間たちに許しを乞おうとして皆になだめられたばかりだった。だが険しい表情は晴れることなく、彼は低く続けた。
「お主も会ったんじゃろうが、あの魔力のない不気味な子供。あれをどうやってか知らんが量産し、“ネト=マニトゥ”なぞと丁重に扱っとるなら、普通の魔力を持った人間こそが“マニトゥ”に他ならんちゅうことじゃ。もっとも、魔力なら奴らも持っとったわけじゃが、おれら一族のような不死身の能力を持った者は『人間』に数えんっちゅうなら納得はいく。どっちにせよ、あの子供らに罪はないがおれは心底ぞっとしたぞい。もし“ケルビム”とやらが地上の人間を全部あれに変えようとしとるんなら、本当に狂っとるとしか思えん所業ぞ」
そこで、彼にしなだれかかる恋人のメリュジーヌが言葉を遮るように口を出した。
彼女もモーロックを護るためとはいえ、ロザリオンの危機に助けに行けなかったことを悔いて彼女に詫びていた。が、彼女自身になだめられた後は、すっかり普段の明るいメリュジーヌに戻っていたのだった。
「もう、気苦労ばっか抱えるあんたの悪いクセよー、モーリィ。あたしらごときが考えたって、今は何の解決にもならないじゃん。それはシエイエス様にお任せしようよお」
これに、笑みを浮かべてムウルも同意した。
「メリュジーヌの云うとおりだ。お前の云うことも筋が通ってて正しいかもしれねえが、モーロック。今俺たちに求められてることは、推理じゃあねえ。
作戦行動だ。ダルダネスに向かうネメアの本隊と連携し――潜入を目論むシエイエス様とともに、都に分け入り――。“エグゼキューショナー”を倒し、“アルケー”とやらをとっ捕まえてレムゴールと奴らの内情を吐かせる。いかに素早く行軍し、いかに敵を倒すかだ。
そのためにも、もう皆身体を休めて明け方の出発に備えるんだ。いいな?」
この遊撃部隊においてレエティエムの指揮系統上もっとも階級が上であり、指揮官となったムウル。彼の命令を受けて、一行は交代での睡眠を取るとこととした。
最も消耗の少ないムウルとアキナスがまず見張りに立ち、他の4名が休憩することとなった。
早々と同じ床に着いた恋人同士のメリュジーヌとモーロックを横目に、アシュヴィンはソワソワし、目を合わせずにロザリオンに云った。
「ロザリオン様……それじゃあ早くお休みになってください。僕はあっちの離れた場所で寝ますから……」
いそいそと移動しようとするアシュヴィンだったが、己の右腰に下げる“蒼星剣”の鞘に強い抵抗を感じ、驚愕して振り向いた。
そこには、横座りしたまま鞘を手で掴み、貌を赤くしてうつむくロザリオンの姿があった。
「……その……私は……。
お、お……お前に……ち、近くで……寝ていてほしいのだが……ダメ……か?」
「一緒に寝て欲しい」。妙齢の美しい女性――しかもほのかに淡い感情を持ち始めている相手にこう云われて男が経験するとおりに、アシュヴィンの心臓は飛び跳ねた。その反応を見てハッとしたロザリオンは、激しくかぶりを振って云い直した。
「い、いや……違う。私はまだ、傷が痛むから……な、何かあったときに、隣で介助をしてもらえる者が居たほうが……いいと……そういうこと、だ……。いや、お前が……い、いやだというなら仕方ないが……で、できたら……」
そうは云うが、これだけの力で鞘を握っている人間に介助が必要とはとても思えない。また介助して欲しいなら命令すれば済む話。意志を問うている時点で、個人的感情であることを暴露しているようなものだ。
アシュヴィンは音を立てる自分の心臓を自覚しながら、数秒戸惑った後に小さく頷いた。
「わ……わかりました。それでは、ここで……ロザリオン様に背を向けて私は寝ます……。
何か、あったら……お声かけ、ください」
そう云ってアシュヴィンは1mほどの距離を空けてロザリオンの隣にベッドロールを敷くと、言葉どおり彼女に背を向けて寝転がった。
寝転がりはしたが――母以外で初めての大人の女性、しかも美女への「添い寝」。興奮してしまいすぎてとても眠れたものではない。貌を赤くして身を丸めて悶々とするアシュヴィンだったが、背中合わせのロザリオンは彼以上に赤い貌で両拳をぎゅっと胸にあて、身体を動かしてアシュヴィンとの距離を縮めていたことを――知る由もなかった。
(あーあ。こりゃあオメーのお母様も、幼馴染のお姫様たちもびっくり仰天の、ただじゃあ済まねえ事案だぜ、アシュヴィン。この状況どう捌くのか、それともオメーが取り込まれちまうのか――いずれにせよ修羅場の正念場だねえ……くわばらくわばら)
十数m先からこの様子を目ざとく見咎めていたアキナスは、目を三日月状にしながらひとりごちるのだった。
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