第十三話 魔性(Ⅲ)~爆炎の継承者
アシュヴィンとロザリオン。二人の絶体絶命の危機に、救いの神として現れたのはまさしく――ムウル・バルバリシアとアキナス・ジルフィリアの両名に他ならなかった。
ムウルの愛剣は、この世に並ぶもののない硬度を持つ最強金属、アダマンタインで出来た神剣アレクト。いかに結晶手であろうとも、切り刻むことなど訳はない。敵の結晶節足を瞬時に切り落とし、ロザリオンを救い出し抱きとめたムウルは、卓越した体術で着地するなり仲間の痛々しい姿に目をやった。ロザリオンはすでに激痛により失神しており、半開きになった唇からは苦しげな浅い息が吐き出されている。ムウルの緋色の双眸は、激しい怒りを湛えてさらに爛々と輝いた。
「おい、アシュヴィン!!!」
野太く鋭い、彼独特の一喝にアシュヴィンは背筋の伸びる緊張とともに返事を返した。
「は――はい!!!」
「ロザリオンをこんなにしやがったあのクソ女、お前はどうしてえ!?」
獰猛な問いに対し一瞬戸惑ったアシュヴィンだが、すぐに眼光鋭く返した。
「倒し――いえ。殺して――やりたいです!!!」
その答えに満足したように、ムウルは口角を上げた。
「いい心意気だ。俺がやってやるなあ簡単だが、お前にも女を護れなかった男としての責任がある。きっちり落とし前つけろ。ロザリオンは俺が責任もって看る。俺達を全滅させようとしてやがる敵だ、遠慮はいらねえ。あの化け物女を確実に殺れ。 『あいつ』と協力してな!!!」
鼓舞を受けたアシュヴィンは、ハッと敵の側に目をやった。
そこには――魔力の重圧をかけながら敵アンネローゼとにらみ合う、アキナスの姿があった。
両手をクロスし構えるアキナスの手には、二本の真っ赤なダガーが握られていた。異邦人のアンネローゼには知る由もないが――ハルメニア大陸の者ならば例外なく、この独特の構えがある偉大な大魔導士、生ける伝説のそれと瓜二つのものであることを理解するであろう。
アンネローゼは、節足を切り落とされた痛みだけではなく――もう一つのある要因によって、余裕の表情を完全に消滅させていた。
「なによあんた……。こいつらの仲間みたいだけど、結構な魔力をお持ちみたいじゃない。
あたし、キライなんだよねえ。『魔導士』ってやつが。しかも男が寄ってきそうな無駄な色気出しやがって……! 『あいつ』に似すぎてヘドが出てくるね。あの忌々しい筋肉ダルマを先に殺りたいとこだけど、喜びな。あんたは特別に、先に始末してやルヨ」
罵声と挑発を受けアキナスは、鋭い眼光を保ったまま、不敵に微笑んだ。もしここに――シエイエスやルーミスが居たのなら、その笑い方までもが、師匠である大魔導士にそっくりだと苦笑したことだろう。
「アタイも――嫌いなんだよねえ。あんたみたいに愛想よさそうな成りして、裏で腹黒い本性隠してるようなヤな女がよ。ついでに云うと、蜘蛛もさ。
しかも、大丈夫かい? 余裕ぶっこいてたらしいメッキが、ボロボロ剥がれてるみてえだけど?
まず、その引きつった面どうにかしな。怖いんだろ? アタイの力が、いや――正確に云えば『爆炎魔導』が」
飄々とした涼しげな口調で返される挑発に、アンネローゼはたやすく引っかかり、激昂した。
「この――アバズレ女がああああ!!!! 今すぐブッ殺してやらああああああああアア!!!!!」
彼女ははるか高みにある貌を怒りで真っ赤に染め、残った1本の節足と、両手結晶手を伸ばしてアキナスの小さな姿に覆いかぶさるように襲いかかった。その様子は明らかに焦燥をにじませており、アキナスの指摘が事実であることを証明しているようなものだった。
アキナスは、初見の敵が持つ異常な姿、巨体にも全く物怖じしていなかった。あの“死海”のクラーケン襲来の時ですら、笑顔で仲間を鼓舞しようとした肝の太さは――。師匠の大導師にして女王、ナユタ・フェレーインも認めたほどのもの。
左右上方の三方から襲いかかる敵の魔手に対し、アキナスはまず防御行動をとった。
「“赤雷輪廻”!!」
数千度の高温を誇る、地獄の業火の輪。3mの直径を誇るそれに触れたアンネローゼは、たちまち目を見開き、苦痛の叫びを上げた。
「ううああああああ!!!! 熱ちい!!! あああアア!!!!」
節足を引っ込め、身をのけぞらせるアンネローゼ。余裕の表情を崩さないアキナスは、すかさず踏み込み、アンネローゼの「腹」の前で構えを取り、云った。
「やっぱりな。結晶手ってのは元々熱伝導率の高い物質。そんな代物をあらん限り面積広げて身体に纏ってたら、身体の内部を丸焦げにしてくれって云ってるようなもんよ。ロザリオン様に勝ったなら“氣刃”を散らす程度には器用なんだろうけど、耐魔の実力自体は大したことねえな、あんた。そういうことで遠慮なく――アタイのお師匠直伝奥義をブち込ませてもらうぜ!」
言葉を切るなりアキナスの全身から噴き上がる爆炎。それが前面に集約され、ダガーの前端から強大な圧力を得て打ち出され、槍の先端のごとき形状をなしてアンネローゼの腹の中心に命中する。
「“魔炎業槍殺”!!」
「ぐうううがあああああああああああ!!!!! えええええええええ!!!!!」
今度は自分が白目を剥き、苦痛に半狂乱となるアンネローゼ。反射的に両腕の結晶を解除し腕に戻し、熱で焼けただれる内臓を収める胸のあたりを激しくかきむしる。
その様子を見たアキナスは、アンネローゼの「背後」に向けて、鋭く叫びを発した。
「今だよ、アシュヴィン!! 仇を取りな、ロザリオン様の!!!」
その声に、ハッと背後を振り返ったアンネローゼだったが、全ては遅きに失した。
彼女の背後、2mほどに迫っていた、人影。それは――。
4mの高さに跳躍し、右手の“狂公”を引き絞った弓のごとく水平にしならせた、アシュヴィンの鬼気迫る姿に他ならなかった。
アンネローゼに声を発することも許さず、最後の力を振り絞った剛剣の斬撃は、彼女の胸を――。鮮やかに真っ直ぐ、「通過」していた。
「こ――の――クソガキャあ――アア――」
急所である心臓を両断され、胸から上をゆっくりとずらされ――。はるか下の地面に落下させられていく、アンネローゼの断末魔の貌。
司令塔と核を失った下半身はたちまち結晶化と変形を解除され、白煙とともに変異。
胸から上を失った裸の女性の下半身となって、血の海の中に倒れ伏していった。
「――ハアッ!!! ハア、ハア、ハアアアアア!!!」
着地と同時に、アシュヴィンは胸を押さえて地にうずくまった。痛む胸と絶え絶えになる呼吸に苦しむも、難敵に勝利した安堵が彼の中を支配していた。
そっと近づき、かがんで彼の背中をさするアキナス。微笑みながらアシュヴィンに声をかけた。
「よくやったよ、アシュヴィン。頑張ったじゃねえか。オメーの勇姿はしかと見たから、目一杯誇張してエルスリードに報告しといてやるぜ」
思いもよらぬ名前を出され、反射的に貌を赤くしてアシュヴィンは激しく咳き込んだ。この経験豊富な女性は、思春期の少年少女の想い想われなど全てお見通しであるかのようだ。
だがすぐにアシュヴィンの想念は、アキナスとは対照的な、一人の無垢な女性の方へと向いた。
「そ――それよりも……っ! ロ……ロザリオン……様は……ハア、ハア……!
大丈夫なんですか……!」
アキナスはまたも絶妙な笑みを口元に湛えながら、アシュヴィンに返した。
「多感なお年頃で色々大変だねえ、オメーも。大丈夫だよ。こちとらあのルーミス様が法力を込めた『止血膏』を大量に持参してんだ。あれを傷に詰めれば、ロザリオン様のひでえ傷もたちどころに治るさ」
云われて目を向けたアシュヴィンの視線の先で、ムウルが戦いにまるで無関心なごとく一心に、ロザリオンの両腕に処置を施している様子が目に入った。アシュヴィンは心から安堵した。大戦当時の「止血灰」から改良を遂げた軟膏状の「止血膏」は、半液体状の流動性と保持性を両立し、そこに込められた法力を長時間傷口に対して維持する。ましてや大陸最強の法力使いルーミスが力を込めたというならば、そこに法力使いが数人いるのと同等の効果を発揮するであろう。
いずれにせよ、レムゴール大陸で不幸か必然か敵対することになった勢力の「将」というべき実力者を、初めてレエティエムは討ち取った。
そこに至るまで3名の負傷者を出したものの、死者を出すこともなく。実力者たちの救援あってのことだが、自分も一矢報いるにとどまらず止めを刺すことができた。
メリュジーヌも、きっとモーロックを護って再生を遂げさせてくれている。この陣容でならば強大な敵にも必ずや通用し、今後の作戦でも最強の遊撃部隊として機能するだろう。
とはいうものの――この半日ほどであまりにも急展開が相次ぎ、情報量も多く、正直なところ脳が追いついていけていない。自分とロザリオンが回復したら、まずは自分が得た情報と、ムウルらが持ってきたであろう情報を合わせ整理する必要がある。そう思いをめぐらせ、まずは自分の呼吸を整えることに専心しようと決めるアシュヴィンであった――。