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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第十一話 魔性(Ⅰ)~変化の女怪【★挿絵有】

 さほど高くはない4層構造の天守閣を降り切るのに、大した時間はかからなかった。

 ロザリオンとアシュヴィンはすぐにエントランスまでたどり着いた。


 階段を降りた長い廊下の先にあるそこは、5m四方という狭い空間に鉄扉を備えた代物。

 先刻身体で感じたとおり、鉄扉は見るも無残に――。衝撃とともに2つに折られて内部に吹き飛び転がっていた。


 その扉を――。軋む音とともに踏みしめ、歩いて来る一つの人影。

 身構えたロザリオンとアシュヴィンの予想に大きく反し、それに続く影は全くなく、何と「侵入者」は完全な単独であることが分かった。


 しかも――。そのシルエットは、「女性」。

 決して戦士然とした逞しさも上背もない、160cmそこそこの一般女性のものだ。

 だが、アシュヴィンはその姿を前にして、全身の毛穴に刺すような戦慄を既に感じていた。

 その戦慄は、女性が一歩踏み出した瞬間に数倍に膨れ上がった。疑いようはない。

 ――強い。圧倒的強者にしか放てぬ、絶対的な「力の気配」だ。


「ハァーイ!? ハルメニア大陸からはるばる来たっていう冒険者諸君? 元気?

中々面白い奴らだって聞いたの、フィカシューの奴から。ネズミを追ってたらオオカミの群れが出てきたって! 狩猟(ハント)好きのあたしとしちゃ、神様がくれたそんな楽しみ前にして、無下にできないじゃん? だからあたし一人で来たの。会えて嬉しイヨ!?」


 おどけたように身体をくねらせ、肩をすくめて両手掌を天に向ける独特のポーズを取る女性。

 レムゴール訛りであることに変わりないが、騎士然としたフィカシューと異なり、ハルメニア大陸では聞かれない独特の軽妙な口調が印象的だ。

 身につけているのは、フィカシューと同じ騎士鎧だが、身体の所々が露出し動きやすい女性仕様ともいうべき形状。身体の線はスレンダーでスタイルが良く、くせ毛の長い赤毛が背中まで伸びている。

 貌はそばかすのある白い肌、ツンとした鼻と肉感的な唇を備えたそこそこの美人だ。眉は細く両目は笑みを含んで垂れ、一見親しみ易く見えるが青い瞳は酷薄な光をたたえ、狩猟を趣味とする発言が象徴するような残忍さを多いに感じさせた。


 ロザリオンはアシュヴィンを制して一歩進み出、勢い良く“神閃”を抜き放ちつつ云った。


挿絵(By みてみん)


「わざわざ、我らに面会せんとおいで頂いたとは恐縮だ。フィカシューどのには大変お世話になったゆえ、貴殿にも丁重なもてなしが必要だと思っている。

私はハルメニア大陸調査団、“レエティエム”のロザリオン・アレム・ブリュンヒルドと申す者。貴殿の名をお聞かせ願っても良いか?」


 鋭利な眼光で敵を睨みすえるロザリオン。そのそびえる長身から放たれる殺気、そして剣気ともいえる圧力は歴戦の戦士を怯ませるにも十分なはずであったが――。当の女性は全く緊張感のない面持ちを崩すことなく、大笑いしながら返した。


「ハハハハハッッ!!! 本当聞いたとおり!! あのミスタ騎士道さんとおんなじ口調でしゃべるんだねえ。いいよお、教えたげる、これから死んでくあんタニ」 


 上目遣いのままの体勢の女性の肉体に――。

 変化が、現れていた。


 背中の――鎧の一片が上方に吹き飛び――。音をたてて天井にめりこんだ。

 そして、露わになったであろう背中から、何かが突き出た。

 結晶手と同じ鉱物状に変化した――肋骨が、4本。巨大に、長く、節を作り出しながら。


 ロザリオンとアシュヴィンの貌は、一瞬で凍りついた。


「ヘイヘイ、なんて貌してんのよ。ちびっちゃったかなあ? あたしの恐ろしさにい?

あたしはね、アンネローゼ・ダグラス。“ケルビム”の“エグゼキューショナー”さ。仲間うちじゃあ――“タランテラ”のアンネローゼって呼ばれてルヨ!!」


 女性、アンネローゼの叫びと同時に――。


 彼女の姿は、信じがたいモノへと変貌しつつあった。


 背中の――まさに巨大な「足」と形容して良い4本のそれは膨張を続け、次いで下半身に異変が起き始めた。


 下半身の装甲が吹き飛んだ後一瞬生まれたままの姿になり――すぐに結晶で覆われ尽くした。

 それに留まらず、猛烈な勢いで膨張を続けたのだ。


 床の石を砕き重量を増し、その大きさは縦横の幅2mを超えなおも膨張し続けた。そしてアンネローゼは己の巨体を4本の足で支えつつ、背中の2本の足と結晶化した両手とで――。手狭となった空間を破壊しにかかった。

 振りかぶった足は、城門破壊槌なみの打撃兵器と化し、壁と天井を――。轟音とともに土塊を崩すように破壊し続ける。


 城塞は明らかに傾き、最上階のメリュジーヌとモーロックは振動の感覚とともに危機にさらされているはずだが、ロザリオンとアシュヴィンはそれを気にしている余裕などなかった。


 囚われていたのだ。狂った現実の光景に対する目眩のするような恐怖と、絶望に。


 日が傾き、赤く染まった空と、下に広がる森林。それに対し完全に暴露されたエントランスの床の上で、敵は変化を終えていた。


 そこには巨大な、蜘蛛と人間の合成生物(キメラ)ともいうべき怪物がいた。

 全長4m近く、六本の長い節足状の「結晶足」で大地に立ち、いわゆる「腹」にあたる部分もまた、結晶で完全に覆われる。アンネローゼと名乗った女性の姿は、その上にそびえる上半身として姿を残す。ただし、両手はこれもまた巨大化した結晶手となって2m近くも伸びた状態で。


 もはや脳が、追いつかない。フィカシューが見せた異形結晶手の時点で常識を覆す驚愕であったが、さらに数段、戦慄すべき事実。

 敵の姿の見た目はほぼ、かのグラン=ティフェレト遺跡で創られた古代の合成生物(キメラ)と類似する。彼らの重量と巨体という武器を兼ね備えつつ、しかし似て非なる、完全な知能をもった「人間」の変化の姿。その存在が有する戦闘力だけで想像もしたくないが、忘れてはならないのは彼女ら“エグゼキューショナー”が持つもう一つの能力。サタナエル一族と同一と思われる半不死身の再生能力だ。彼女を殺すには、4mの高みに存在するあの小さな小さな首を落とすか、巨大結晶足に完全に護られた向こうにある心臓を破壊し尽くすしかないのだ。


 気が遠くなるような、戦局の不利もさることながら――。あまりに絶望的な敵の戦力。アンネローゼは自らの所属らしき“ケルビム”なる名を口にした。もしかしたらその力を隠していたかもしれないフィカシューを含め、このような怪物が当たり前にゴロゴロするような集団を相手取って、勝ち目などあるのだろうか。

 自分と仲間達を襲う、逃れられない死。それを凍るような感覚で背中に感じたアシュヴィンの貌色は紫に近くなり、震える唇の脇を何条もの冷たい汗が流れていた。


 そして敵は当然――。相手の精神的衝撃からの回復など待ってくれるはずもなかった。


「これやると、元に戻ったときにもアソコ丸出しになっちゃうから恥ずかしーんだけど。

そんときには――あんた達だあれも生きちゃないから、問題ないのよネエ!!!」

 

 小動物を見下ろすように尊大な視線を投げかけていたアンネローゼ。嘲笑とともに――無慈悲に人外の攻撃は開始された!


 巨体から想像もつかないスピードで、数mの距離を詰める。そして4本の足で巨体を支えたまま、「腹部」から突き出た足の中では最も前方にあるうち左の足を、無造作に振るってきた。


 そのスピードたるや――。一般的な抜刀術の速度にすら匹敵した。それも、1mそこそこのブレードなどというレベルではない。確実に重量を伴った、戦鎚レベルの暴力武器でだ。

 これを受ける形になったロザリオンは、現在大陸一の抜刀術の使い手として、スピードには難なく追いついた。構えていた“神閃”を敵の軌跡に合わせ、立てて完全に受け切る。衝撃音は、いわゆる武器対結晶手と同じ独特の音ではあったが――。「音量」が違いすぎた。鼓膜を破るような音量に違わず、ロザリオンの身体は間断を置かず地から浮き、暴力的な勢いで水平に吹き飛んだ。


「くうううううう!!!」


 歯を食いしばりつつ、空中でどうにか体勢を整え、迫る壁に足から垂直に接する。恐るべき衝撃を吸収しきれず、壁は粉々に砕け散ったが――。ロザリオンの鍛錬されし超肉体と、超一流の体術はこれをいなしきり、どうにか負傷を最小限に抑えて着地していた。内側から容赦なく痛む両足をこらえ、着地後間髪をいれず、ロザリオンは攻撃に移行していた。


「黒帝流断刃術 “氣刃の弐”!!!」


「――!!」


 下から袈裟に斬り上げる動作とともに、刃から放たれる昼光の巨大刃。高速で迫る3m強の凶器を見て、アンネローゼの貌が初めて歪む。が、彼女はこの“氣刃”の情報をすでにフィカシューから得ていたからか――。初見の技に焦りつつも対処した。「前足」ともいうべき2本と、「両腕」というべき2本を交差させて“耐魔(レジスト)”を収束、光の刃を散らしてしまった。


 ここで減らず口を返そうとした様子のアンネローゼは、即座に表情を再度を固くした。


 迫る背後の、殺気をいち早く感知したからだ。


「――っおおおおおおーーっ!!!」


 闘志を剥き出しにしたアシュヴィンの姿が、そこにあった。魔導の力で上空に達し、高高度から水平に構えた両手の二刀を振り抜こうと迫る。ロザリオンの攻撃を受けきっていたアンネローゼのうなじと背中は無防備だ。完全に取った。そう思った。


 しかし――。前面で交差させた前足をさらに急速に伸ばし、後方に至ってこれを交差させたアンネローゼのスピードがアシュヴィンの刃に勝った。魔導を乗せたアシュヴィンの渾身の斬撃は高らかな音とともに弾かれ、後方に吹き飛ばされた彼は10m先で地面に軌跡を描きながら、どうにか着地する。


 恐るべき、技量。肩で息をするアシュヴィンは、上目遣いの濁った目でアンネローゼを睨みつけた。圧倒的肉体の有利に加えて、この女は戦士としても超一流であり、見た目の軽薄さに反して優れた勘と知性を備えている。


「オーーウ!! ボウヤ、中々ヒヤッとさせてくれるじゃん!! やるう! あんたもね、女騎士さん!! その物騒な飛び道具、どうやって出すの? 教えてくんない!? そしたらあたしも一気に他の奴らの上に行けるってもんよ! 教えて、教エテ!?」


 余裕を見せる女怪に相対し、青ざめた貌で睨み返すロザリオンは、アシュヴィンに向けて云った。


「……逃げろ。逃げるんだ、アシュヴィン!!!」


 ハッと貌を上げたアシュヴィンに向けて、ロザリオンは続ける。


「こいつは私が、食い止める!!! お前は『あいつら』を連れて、ここを脱出しろ!!!

そして、この化け物の情報を、なんとしても本隊に伝えるんだ!!」


 目を見開いたアシュヴィンは、しかし即座にかぶりを振った。


「イヤです!!! その命令は受けかねます!! ロザリオン様!! あなたはここで死んでいい人じゃない!!」


「何を云うか!!! 私は軍人だ!! 勝利のため覚悟はできている! お前が勝利をつなぐのだ、アシュヴィン!!」


「あなたの両肩には、お父様とお母様、ダフネ様の尊い犠牲がかかっている!! サタナエル嫌いのあなたが今回参加を受けたのは、大事な人達が願った一途な大陸の平和のためでしょう!! こんなところでこんな奴に捧げていいあなたの命じゃあない!! そんな簡単に諦めないでくださいっ!!!!」


「――!!!」


 ロザリオンは驚愕の表情で、沈黙した。そしてこのやり取りを明らかに不快に感じたであろう表情の、アンネローゼを尻目に――。少しだけ冷静さを取り戻したアシュヴィンの脳裏には、目の前の怪物ですら及ばない力を持つ、ある一人の戦士の姿が思い起こされていた。


 アシュヴィンにとって最も身近な存在であり、愛する存在である――大陸最強の戦士の姿が。


(シェリーディア――母さん――!!)

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― 新着の感想 ―
[一言] 矢継ぎ早に事態が進行していますね。 そして前作でも今までいそうでいなかった魔物との合成人間が遂に登場。 レムゴールはこういう技術が普通に存在しているという事で、かなりヤバい大陸のようですね…
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