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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第八話 危機と、苦渋の作戦

 レムゴール軍人との戦場となった場所から南西に5km。

 総司令官シエイエス・フォルズ率いる調査部隊本隊は、進軍を急遽停止していた。

 エイツェルとエルスリードの前衛部隊よりの帰還、彼女らが伴ってきたレムゴール人家族という思わぬ賓客との遭遇によって。


 即時偵察に出したクピードーの連絡で、敵レムゴール軍人が一時撤退したこと。それ以降の追撃がなさそうだということ。前衛から撤退してきた兵士たちの証言で、隊長ロザリオンら4名が撹乱目的で別方向へ逃亡したことなどを掴んだシエイエスは、一時野営の命令を出した。すぐにでも動きたいが、状況がわからぬ中で無闇に動く判断を避けたこと、ロザリオンらの腕を信じてのことだった。


 ムウルとアキナスが率いる後衛部隊も合流し、250名ほどの規模となった本隊は、昼餉をとりながらシエイエスの決定を待つこととなった。


 急遽建てられた、直径10mほどの天幕。

 その中に、ネメア及び記録係をともなったシエイエスと、母子の家族が椅子で対面。

 母子の傍らには、子どもたちにひどく懐かれてしまったエイツェルが同席を許され、エイツェルの希望でエルスリードも同席していた。


 レムゴール人の目から見て異邦人の頭領と思しき、威厳を放つ人物。シエイエスのその迫力に圧倒され、母親はあからさまな警戒心を見せて身体をこわばらせていた。


「ほ……本当に、あいつらは追ってきてないの!? 私達は、助かっタノ?」


 シエイエスは柔和な笑顔を見せながら、それに答えた。


「ああ、大丈夫だ。安心してほしい。貴方が最初に会った部隊の者が撃退し、一時撤退していったそうだ。

申し遅れた。私はハルメニア大陸より来た調査団“レエティエム”の総司令官、シエイエス・フォルズという。よろしければ貴方とお子さんたちの名前を教えていただけないだろうか?」


 女性は不安を残しながらも一縷の安堵感を見せ、大きく息を吐き出したあと言葉を継いだ。


「ありがとう。私はセレン・コルセア。娘はキラ、息子はキリト。

ここから北東に20kmくらいのところにある町、ゼネリブ出身よ。……最近さらわれて、今の今まで州都ダルダネスにいたけレド」


「そのゼネリブと、ダルダネスの人口はどれほどに? 軍はどれほどの規模に?」


「ゼネリブは2000人ぐらい、ダルダネスは30万人ぐらいかしらね。軍のことは詳しく知らないし……今はどうなってるかわからないわよ。3年ぐらい前に北の山脈の向こうから突然やってきた『あいつら』に、いいようにされてかラハ……」


「『エグゼキューショナー』とやらの属する勢力か……。一体どのような連中なのか?」


「ゼネリブにいた私たちは、詳しいことを知らないわ。3年前に突然人の行き来と物の流れが途絶えてあいつらの噂が流れてきたあと、半年前何の前触れもなく町にやってきタノ」


 セレンはそこで貌を青ざめさせ、胸を抱きかかえて身震いした。


「思い出すのも恐ろしい……。30人ぐらいでやってきて警備兵を皆殺しにして、無言で街に押し入ってきた。そして交渉も会話もなく町長達を殺し、私達を『マニトゥ』と呼んで……支配した。

うちの(ひと)も含めた男を連行して労働をさせ、子供たちを10人ずつくらい、ダルダネスにさらっていった。うちの子たちもそうよ。皆しばらくして戻ってきたけれど、何をされたのか全く覚えてないって。

その後あいつらはこの子たちを神聖な存在『ネト=マニトゥ』だとか呼んで、育て終えるまで私たち女を生かしておく、って云った。私、自分が殺されるのと子供たちが心配なのとで……。恐ろしくなって、あいつらのリザードグライドを盗んで逃げてきたのよ。

お願い……私たちを絶対安全な所へ連れていって。子供たちも何をされたのか良く調べて。私まだ恐ろしくて、たまらなイノ……!」


 再び情緒が不安定になり始めたセレンだったが、シエイエスはこれをなだめすかし、もう少し詳細な情報を聞き出そうと対話を続けた。

 が、30分ほどで彼女も子供たちも限界と判断し、休ませることにした。


 可愛らしい笑顔のエイツェルに促され、一家は天幕の外へ向かっていった。


「さあ、こちらへどうぞ。キラとキリトだっけ? 君たちもお姉ちゃんと一緒にいこ?」


「うん! おねえちゃん、いまからボクたちといっしょにあそんでくれナイ!?」


「いいわよ。お母さんをお休みさせてあげてからね……」


 エイツェルを見送り、エルスリードは憂鬱な青い貌で深いため息をつきながらシエイエスに云った。


「エイツェル……すごく辛いでしょうにあんなに明るくふるまってくれて……。

シエイエス様。私もアシュヴィンが心配で仕方ありません。早く捜索隊編成の、ご許可を」


「うむ……。アシュヴィンは、ロザリオンから撤退命令同然の指令を受けたにも関わらず、途中でお前たちと別れ戦場に引き返したのだったな?」


 シエイエスの言を受けたエルスリードは胸に拳を当ててうつむいた。この頃アシュヴィンに対して好意を見せ始めたように見えるエルスリードは、幼馴染という垣根を超えた心配度合を表情に貼り付けているのだ。


「ええ……。あのセレンさんをおぶって走っていた状況だったのに突然。ずっと青い貌で何か考えこんでいた様子だったので、心配して声をかけたんですけど」


 シエイエスは沈黙し目を細めた。かつてレエテ一行の冒険行に身をおいていた時代から変わらず、この表情を見せるのはすなわち彼の優れた頭脳が高回転し、最適解を導き出そうとする時である。幾度となく一行を救い導いてきたシエイエスの現時点の答えは、今出たようだ。


「アシュヴィンは、昔から人一倍勘が鋭いやつだった。あいつの直感を信じ、それを中心に今は策を実行するとしよう。

ネメア。お前ならばこの状況、いかに裁く?」


 シエイエスはネメアを振り返り、問うた。内政面のヘレスネルと並び戦略面で己の後継者に見定めているネメアに対し、シエイエスは自分の答えが出たあとに彼に考えさせるのが常であった。

 ネメアは、尊敬する師の問いに貌を引き締めながら答えた。


「そうですな。アシュヴィンが敵の脅威と対応の疾さを危惧したと仮定もし――。

まず護りよりも攻めに転ずる必要を感じますな。それも早急に。

ロザリオン達は敵の撹乱に動いたと察しますが、彼女らだけでは心許ないし危険。別働隊の役割を見越し、2名のみ派遣が適切かと。これにはムウル様と私が向かいまする。

本隊については別働隊と離れ大きく迂回し、ゼネリブを目指す。

シエイエス様、エイツェルとエルスリードにはセレンどの一家の守護を託し、ルーミス様とラウニィー様の待つハルマーへ。

シェリーディア様ら魔工船部隊には、ハルマーへ引き返し、我らとの合流を図っていただく。

以上が最良かと」


 これを聞いたシエイエスは満足の笑みを浮かべ、答えた。


「さすがだ、ネメア。概ね正答だ。『マニトゥ』という概念、そしてあの魔力を持たぬ子供たち。謎は多いが敵が我々を絶やす意思を明確にしている以上、護りや交渉は悪手。ましてアシュヴィンが感じたように敵が早期に体勢を固めようとするならば尚の事――攻めねばならぬが、一箇所にかたまることも避けねばならん。敵の拠点もセレンどのの情報で明確になった以上、シェリーディア達も呼び戻し、別働可能な戦力を集中すべきところ。上出来だ」


 安堵の表情を浮かべるネメア。シエイエスは話しながらもすでにクピードーに持たせる書状にペンを走らせながら続けた。


「だがまだ十分とはいえん。

まずセレンどのらを守護させるのは、エイツェルとエルスリードだけだ。

本隊が向かう先は、ゼネリブでなくダルダネスでなければならん。我らの敵はレムゴール人そのものでなく、『エグゼキューショナー』の背後にいる勢力と判明した。それを直接叩く必要がある。そのためにも――。唯一変異魔導を操れる俺自らが潜入に当たるため、俺は本隊に残る」


「――!! そ、それは――!!」


「そしてロザリオン達の救援に向かうのは、お前ではなくアキナスだ。お前は俺が抜けたあとの本隊の指揮に必要だからな。アキナスもどうやら、ムウルのやつと相性が良いようだから丁度良いしな」


「シエイエス様。私はエイツェルと一緒にアシュヴィン達を助けに向かいたいのですが……」


 上目遣いで控えめに抗議をするエルスリード。シエイエスは優しい笑顔で立ち上がり、エルスリードの肩に手を置いた。


「気持ちはよく分かるが、こらえてくれ。お前たちが経験を積む機会はまだある。今回の件は敵の全貌が見えていない以上極めて危険だ。エルスリード、お前に何かあったら俺はナユタに貌向けできんしな。

お前の力は頼りにしている。エイツェルと――レミオンのやつを、どうか宜しく頼む」


「シエイエス様――」


 そのように云われては引き下がるしかない。エルスリードは敬愛するネメアにも目で促され、心を決めた。


(アシュヴィン……どうか、気をつけて。必ず生きて帰ってきて……)


 


 同じ頃、野営地の他の天幕。


 ここは、ドミナトス=レガーリア連邦王国将軍、ムウル・バルバリシアの天幕だった。


 ハルメニア大陸有数の実力者であり、サタナエル大戦の功労者である彼の地位は、レエティエムの中でも高い。軍団内部では故国の位は考慮されないものの、周囲が彼を放っておかぬのだ。彼はシエイエスのそれに匹敵する大きな天幕の中で、己の得物である神剣アレクトを丹念に研いでいた。


 150cm以上に及ぶ刀身を誇る、調度品のように美しい長剣。前国王ソルレオンの愛剣だったそれは、地上最硬のアダマンタイン製。その表面は、本来赤銅色のアダマンタインの痕跡を根本にのみ残し、どのような技術なのか白銀にコーティングされていた。これを研げるものはアダマンタインしかないのだが――。近年国王キメリエスが大々的に行った発掘作業により、王国内から複数のアダマンタインのかけらが見つかり、その一つをムウルが賜り研磨に使用しているのだ。


 無邪気な少年時代からは想像もつかない、岩のごとき巨大筋肉に汗をにじませた、上半身裸の姿。神経を集中させて作業するムウルの耳にある声が入ってきた。


「……ムウル様。アキナスです。入っても、よろしいでしょうか?」


 ムウルは手を止め、これに答えた。


「あー、いいぜ。入って来いよ、アキナス」


 ぶっきらぼうな野太い声に、ハッと息を飲む音を発しながら、幕を開けて薄暗い天幕に入るアキナス。

 その貌は、嬉しくてたまらぬように笑みをたたえている。


 彼女はしなやかな動きでムウルに近づき、彼の座る長椅子の隣に腰掛けた。


「精が出ますね、ムウル様。こんな薄暗い場所で、随分集中なさってるようで」


 魔工船でエイツェルと会話していたときと同一人物と思えぬほど、艶のある媚びた話し方。迷いなく隣に座ったが、話している間にも身体にしなを作り、どんどんムウルとの距離を縮めている。


 ムウルはその彼女に目を向け、答えを返した。


「まあな。俺あこう見えて、本来静かな所が好きでよ。師匠であるソルレオン様、稽古つけてくれたレエテ様。二人の思い出が詰まった品を手入れする時あ、いつもこうしてんだ。

お前もナユタ様からもらった大事なもんについちゃあ、同じじゃねえか?」


 ムウルに身体を寄せてきていたアキナスは、この世で一番恐ろしい人物の名前を耳にして、一瞬身体を凍りつかせた。そして大きく身震いすると、また元に戻った。


「ま、まあ……そうですねえ……。お、お師匠のこと思い出すだけで、アタイは震えちゃって、ほ、他のことなんて考えられなくなるっていうか……」


「そうかあ。羨ましいなあ、そこまで尊敬できるお師匠がまだ現役で、生きてるなんてよ。大事にしろよ」


「あ、うう……ありがとうございます……。

そ、それはともかく! ここまでの道中も、ありがとうございました。アタイ、ムウル様がこんなに頼りになって、こんなに話の合うお方だなんて、思ってもみませんでした」


「そうか。そいつあ奇遇だな。俺もおんなじように思ってたところだ。そんな場合じゃあねえのは分かってるが、すげえ楽しかったぜ、アキナス」


 自分が一番欲しかった台詞を云われ、アキナスは見る見る貌を紅潮させ、瞳をうるませる。

 

「……嬉しい!! ムウル様!」


 声を上げて一気にムウルのたくましい剥き出しの腕に抱きつくアキナス。

 頬をすりよせ、豊満な乳房を力の限り押し付けてくる。


「お、おい……アキナス」


「すごい……汗だく。それに、いい匂いする……」


 目をとろりと半開きにしたアキナスは、そのままゆっくりとムウルの筋肉で盛り上がった胸に指を近づけ、汗のしずくを取る。そしてその指をそのままゆっくり口に含み、喉を鳴らして嚥下した。

 ムウルの喉からも、嚥下する音が聞こえてくる。


 アキナスは両手をムウルの首にかけかえ、下からねだるような視線を投げかける。


「アタイ……もう我慢できないんです……。わかってるでしょう……?」


 早くから目をつけていた男の一人。近づきになったチャンスを逃したくない。そう思ってやってきたアキナスだったが、今やすでに身体の奥底から堪らないほど熱い気持ちがこみ上げ、何十年も恋い焦がれた相手のようにムウルを求めてしまっていた。


 迫られたムウルも、男として理性を発揮できる限界を超えていたし、相手の方からの誘いならば逃すことなど埒外。


 彼は情熱的にアキナスの細く柔らかい身体を抱きしめ、滑らかな唇を貪るように奪った。

 そして身体を持ち上げるとベッドロールに横たえ、魔導衣を引抜がして白い肌を顕にし――。上に覆いかぶさっていったのだった。

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