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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第五話 マニトゥ

 フィカシューの名乗りを受け、ロザリオンは微笑みをさらに崩して彼に一歩近づいた。


 無論――飛行生物に騎乗したままの警戒態勢に触れず、非礼を詫びもしない彼に心を微塵も許してはいない。

 その右手は広げられつつも、全神経は“神閃”の柄に対し注がれている。


「おお、ご身分ご所属までも教示いただき、感謝申し上げる。フィカシューどの。

決してご迷惑はおかけせぬゆえ、貴殿の仰る都ダルダネスへお伺いし、長の方とお話させていただくことは可能であろうか。

まずは無断で上陸してしまった非礼をお詫びし、我らの目的をご説明差し上げたい。

そして察していただけるであろうが、我らは今後の食料・物資の補給の目処も思うように立ってはいない。貴殿らレムゴールの方々のご協力が不可欠ゆえ、どうか交渉をさせていただきたい」


 ロザリオンの申し出に、フィカシューは冷笑を浮かべて応えた。


「事情は理解する、ロザリオンどの。あの大海を、巨大怪物どもの猛威をくぐりぬけて来た貴殿ら“レエティエム”とやら。想像するに少なくない犠牲を出し、持参した物資もいずれは底をつき、苦しい状況なのであろう。拙官個人としては、援助を差し上げたい気持ちは十分にある。

だが――遠きハルメニアと、我らレムゴール。大きくとれば国と国と云い換えてよい我らが、慈善だけで物事を動かせぬことは十分理解いただけよう。

我らに協力を要請するからには、何らかの恩恵が期待できるものと理解してよいのカナ?」


 そこそこに頭が切れて一定の権限があり、かつ現実的で話の早い相手らしい。そう見定めたロザリオンは、フィカシューの言葉に即座に応じた。


「無論だ。具体的にはここで明かせぬが、我らとて金や鉱石など資産は持参している。また、貴殿らがご存知ないであろうハルメニア大陸の実情も詳らかにお話できる。何らかの有益な技術などの情報もご提供できるかもしれぬ。そして、我らは軍隊。もしも戦力としてご協力できる場合があるのならば、その提供についてもやぶさかではない。

いずれにせよ、このような場所で、現場の我々だけでお話できることは限られる。しかるべき場所にてお話させていただきたいのだが」


 ロザリオンは、話しながらも周囲への警戒を怠っていなかった。フィカシューが率いてきた20人の騎士たちは、二人が話している間にも僅かずつの移動・散開を行っており、魔力も高めている。無論、メリュジーヌとモーロックらこちらの大勢も万全だ。いかなる状況にも対処可能なはずだ。

 フィカシューはここで突如、ねめつけるように厭らしい視線を投げかけた後、云った。


「それは――ロザリオンどの、貴殿のように麗しい女性が、寝所までご一緒いただけるという格別の恩恵と受け取ってもよろしいのカナ?」


 その一言に――。

 ロザリオンの脊椎と脳は一瞬のうちに沸騰した。それは、大国の誇り高き将軍位にある自分を、娼婦にしか見ていないという最低の侮辱であったからだ。全力の理性で表情に出ることを阻止したロザリオンであったが、抗議はせねばならない。口を開こうとすると――。


「ハハハ、冗談のつもりであったが度が過ぎたようだ。お詫び申し上げよう。

話題を変えよう。エグゼキューショナーとしての我が目的についてお話をしていなかった。

我らは、そこで死んでおる『リザードグライド』に乗ってきたであろう、家族に用があるのだ。

女が一人、小娘と小僧が一人ずつ、最前ここへやってきたであろう? どちらへ向かったのかご存知ないであろウカ?」


 乗用生物の名前とともに、本題を切り出したフィカシュー。先手で謝罪されてしまったロザリオンは全身全霊で激昂を鎮めながら、冷静に言葉を発した。


「――残念ながら存じ上げないな。我らが来たときこの場所には、そちらのリザードグライドなる生物の死体があっただけであった。そのような家族を目にしてはいない」


 フィカシューの深く落ち窪んだ目が、やや鋭い光を放つのが感じられた。


「左様であったか。至極残念。しかし妙であるな――。

その家族がここへたどり着いたのは、時間にしてせいぜい3分前が良いところであろう。

貴殿ら訓練された100人からの軍隊が、魔導などで索敵しながらここへたどり着く間、全く遭遇せなんだノハ至極不自然」


「我らは初めての地で右往左往している状況で、索敵しながらなどという高度な進軍はできていない。

気がついたらここへ来ていて、その間誰にも会ってはいない」


「なるほど。だがリザードグライドが乗り捨てられたその現場で、左右に展開し陣形を構える理由は? まるで『何者かを我らから護ろうとしている』かのように見えルガ?」


「このような陣形はハルメニア大陸ではごく一般的な行軍形式に過ぎぬ。

立ち入った事を聞くようで申し訳ないが、その家族は貴国の罪人か何かであるのか?

まるで、『獲物を狙う狩人のような』発言をされたところからすると」



 どこまでも巧みにつらつらと云い逃れるロザリオン。フィカシューは冷笑を絶やさなかったが、目の光は見る見る増し、殺気すら漂わせるようになっていた。


 どうやら話し合いで口を割ることはなさそうだ。そう判断し、実力行使に出ようとしている。

 相手の腹を確信したロザリオンは、手をかけないまま抜刀へと全神経を注ぎ始めた。


 フィカシューが小さなため息とともに口を開く。


「そうか――どうやら、ご協力はいただけそうにないな。残念だ。

罪人か。そうともいえるが――少し違うな。『死すべき者』と、『未来の宝』。そう云い換えるべきかな。

貴殿らが知る必要はないことだが、“ネト=マニトゥ”はこの世界の宝であり、取り戻さねばならぬのだ。

対して、貴殿らハルメニア人も含めた――穢れた“マニトゥ”は、この世界に不要な存在。

――たとえ、貴殿らが我らに協力しようとも、結果は同じ。

ここで消えてもらい、今憂いを滅するとしよウカ!!!!」



 叫びが、終わるか終わらぬかの内に――。



 フィカシューが起こした「動作」は、人智を超えたものだった。



 抜刀術の達人、ロザリオンのみがそれを完全に捉え――。


 神速の動きで腰を落とし、右手を柄に走らせ――。

 鞘に掛けた力を一気に開放する形で、長い刃を斜めに走らせた!


「把っ!!!!」


 軌跡を一瞬の光として認識させた、彼女の“虎影流抜刀術 斜陽の閃”は――。



 恐ろしく大音量の衝撃音を響かせ、敵の攻撃を完全に封じた。



 しかし、その独特の衝撃音は、後方に居たサタナエル一族の二人には、あまりにも馴染みの深いもの。

 メリュジーヌは驚愕に目を見開き、攻撃の正体にただただ戦慄を覚えていた。



「そんな、バカなこと――!! あれは、完全に――“結晶手”!?

しかも、あんな――バカでかくて、変形して――あれじゃ、あれじゃまるで――」



 震える唇からメリュジーヌが発したとおり。


 フィカシューは、肘下がむき出しとなった自身の右手を、変形させた。

 ハルメニア大陸において、サタナエル一族しか成し得ない、黒き鉱物状の結晶手に。


 それでいて彼は、離れた位置のリザードグライドの鞍から移動していない。

 結晶手は数mの距離を醜く膨張、伸長させながら斧状の重量武器の形状をなして、ロザリオンを襲ったのだ。

 それは、彼女らレエティエムの頭領格である二人の技。ルーミスの“熾天使の手(セラフィグ)”の膨張変形金属、シエイエスの変異魔導。絶対強者の操る技の要素も持ち合わせていたのだ。


 それを、鞘から払われたロザリオンの“神閃”は、先端を一刀両断にして退けていた。

 この世で最もアダマンタインに近い硬度と云われる名刀を、ロザリオンの神魔の技量と怪力で振るう事によって、結晶手と思われる硬度もものともせず断ったのだ。



 フィカシューの攻撃開始を完全に合図にしたかのように、左右に展開していた彼の騎士たちも一斉に襲撃を開始してきた。


 リザードグライドに鞭をくれ、少し跳躍しつつ一気に前進。鞭を持たぬ、肘から下むき出しになった右手を、フィカシュー同様に結晶手に変形させながら。


 敵の予想外の戦法に驚愕はしたが――。レエティエム(こちら)もまた、ロザリオンの司令によって彼女の抜刀と同時に戦闘体勢に移行している。

 メリュジーヌとモーロックはすでに両手を結晶化させ、それぞれの正面から襲い来る「敵」の掃討に、迷いなく向かっていった。


「いよいよ来ちまったよねーっ!!! 開戦の時がさあああ!!!! 

――“雷電竜爪衝(ブリッツクレイレン)”!!!!」 


 メリュジーヌは両手の結晶手に蒼の稲妻をまとわせ、眼前で交差した後に両の斜め下に薙いだ。


 稲妻は、驚くべきことに巨大な薄い円月輪状をなし、襲いかかってきた二名の騎士の結晶手を薙ぎ払いつつ――。轟音とともにスパークし、胴体へ死の電熱ダメージを与える。

 それを確認することなく、恐ろしい殺気を漂わせた凶相で結晶手を構えながら敵に突っ込んでいく。

 サタナエル一族初の魔導使いにして、彼女を教えたナユタ、ヘンリ=ドルマン両名が認めた、大魔導士。同時にレエテがその白兵戦法を叩き込んだ最高の戦士。両方の属性において天才と謳われた、現サタナエル一族最強の存在、メリュジーヌ・サタナエルがついに本領を発揮し始めたのだった。



 まだ情報は一端ながら、平和な理想郷には程遠い血と暴力の気配を放つ異邦。そして、その尖兵と思しき暴力装置たち。

 彼らの手によって、あってほしくはないがいずれは避けられないだろうと考えていた異邦人との開戦は、思いのほか早くに訪れてしまったのだった――。

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