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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第三話 訪れしその刻

 エイツェルを太刀持ちのように従わせるロザリオンを先頭に、アトモフィスを中心とした前衛部隊は行軍を再開した。


 エルスリードは獰猛な目でロザリオンの背中を睨み据えていた。武勇伝によれば彼女の亡父である英雄ホルストースも、“魔人”ヴェルを始めとしたサタナエルを怯ませるほどの眼光と殺気を有していたらしい。それを彷彿とさせる強い気に、アシュヴィンは圧倒された。


「あの女……。絶対、許さない。あの高慢ちきな性格なら、必ずどこかでボロを出すわ。それをシエイエス様に糾弾し、目にものいわせてやる。絶対あの上から偉そうに見下ろしてる貌を、地面にこすりつけさせてやるから」


 小声でつぶやかれる物騒な言葉に、苦笑いの中で冷や汗を浮かべながらアシュヴィンが応える。


「気持ちは、僕も同じだけど……。あの人の失敗を願うよりは、僕たち自身がより大きな手柄を立てることに邁進しないかい、エルスリード?」


 エルスリードはその言葉を聞き、殺気を緩めて微笑みを浮かべた。彼女の艶やかさと可愛らしさを併せ持った極上の笑顔を向けられ、アシュヴィンの心臓は跳ね上がった。


「そうね、あなたの云うとおりだわ、アシュヴィン。あの女の足を引っ張るようなことを云ってたら、同類も良いところだものね。

やっぱりあなたは冷静だし大人ね。今回も私、あなたと一緒に行くわ」


 そう云って身を寄せてくるエルスリード。アシュヴィンの鼓動は益々早く抑えが効かなくなり、たちまち脳と貌に大量の血が上った。

 上陸時、彼女とまさかの抱擁をかわしてしまったあの「事件」。レミオンに恐ろしく嫉妬され、駆け巡った噂で知り合いから嫉妬されたり冷やかされたりして大変だったが――。アシュヴィン自身は片時も頭を離れない夢として、中空に漂うような気分を味わい続けていた。そんな中、今もそうであるようにエルスリードの方は満更でもなくといった風情で、アシュヴィンに好意的な態度を取り続けている。

 

 幼い頃から大好きだった彼女。女性として意識するようになってからは、狂おしいほどに恋い焦がれてきた彼女。その彼女と結ばれる、自分のものにできる機会(チャンス)がこんなにも早く、思いがけず巡ってきたのか?


 エルスリードの肩をそっと抱き寄せたい欲望に駆られながら、理性と引っ込み思案半々の思いでそれを押し留めたアシュヴィン。彼がエルスリードに何か云おうとした瞬間、前方のロザリオンが右手を高々と上げて軍の停止命令を出すのが目に入った。


「ここで、良かろう。陣営を張る。

総員、すぐに準備にとりかかれ。

――――!?」


 命令を下した直後、即座に表情を引き締めて右――東の方角を見たロザリオン。


 その瞬間は何が彼女をそうさせたのか、理解できなかったアシュヴィンも、遅れて1秒の後に気づいた。



 何かが、急速に近づいてくる。並の速度では、ない。

 

 馬、などでは到底出せない速度だ。そう――中空を飛んででもいなければ出せないであろう、速度。おそらく時速、80~100km。


 それだけの速度で、確実に魔力が近づいてくる。一体、ではない。無数にだ。



 迫りくる緊急事態。

 それを察知したロザリオンの命令は早くかつ的確だった。


「総員!!! 戦闘態勢を整えつつ、決して『武器を抜くな』!

東に対し、魚鱗 の陣形を張る!! 前方は私と、武器を即座に発生できる一族、その後衛に魔導士だ!!!」


 敵か、そうでないか。動物か、人か。

 いずれも不明な相手に対する、的確な判断。完全なる臨戦態勢を整えつつも、相手が人間であった場合の「対話」に備える。

 最低限武器を収めてさえいれば、攻撃の意図がないことを伝え、対話に持ち込める。仮に交渉が決裂した場合、一瞬で結晶手を発現できるサタナエル一族と――。おそらく現在の世界で、「最も速く鞘から武器を抜ける人間」であるロザリオン自身が防御と攻撃に移る作戦だ。


 

 訓練に訓練を重ねた精鋭たちは、わずか15秒で陣形を完成させていた。前衛部隊の中でも後方にいたメリュジーヌとモーロックも神速で駆けつけ、ロザリオンの後方を固める一族の中に加わった。

 

 舌先だけ出して唇をなめる、子供のような外見のメリュジーヌは、部隊長に云った。


「お~~? いよいよ、来ちゃった訳? このレムゴール大陸最初の『人間』が~~?

面白いなあ……! ねえねえロザリオンちゃん、あんたがあたし達一族を嫌いなのは知ってるけど、このあたしは相手が人間だった場合の交渉役には向いてると思うのー。どうーー?」


 将軍格として同格の――外見は到底そう見えない年上の女性に対し、ロザリオンは後ろを振り返らずに応えた。


「せっかくの申し出ありがたいが、ここは任せてもらおう、メリュジーヌ。モーロックも外見に威圧感が強い。ここは私が最適格だ」



 そして鋭い眼光を前方に走らせる、ロザリオン。


(来る――。

あと150m――。 100m――。

――!!)


 

 思念をかき消すように、「それ」は風切り音を響かせながら驚くべき速さでついに――。


 目前に現れた。



 樹々の間を滑るように、縫うように低空飛行してきた、その生物。


 

 ドラゴン――ではなかった。爬虫類のような鱗は持っているが、頭はつるりとして突起も、角もない。全長2m半か。トカゲには類似していて爪のある四肢を持ち、その背中の翼は翼長2mと狭く前後に長い。ハルメニア大陸でいう、ラルヴ・ワイバーンの亜種のような生物であった。


 「彼」は――おそろしい深手を追っていた。胴体を深く切られ、血の軌跡を描きながら飛行してきていたのだ。


 そしてそのまま、力尽きて地面に落ち――。


 地をえぐり取りながら数m進み、動かなくなった。



 その生物に対して――。

 もはや“レエティエム”の面々の視線は、僅かほども注がれてはいなかった。


 

 彼らの視線は、その生物に騎乗していた――。

 「人間」。間違いなく人間である3人の存在に、注がれていたのだった。


 

 生物に据え付けられていた鞍は、2人乗り。


 そこに、まずブロンドの長い巻髪をもつ大人の女性。30代半ばか。それほど美しいとはいえない痩せて骨ばった貌、同じく痩せた身体を麻のチュニックとスカートで覆い、木底のサンダルを履いている。その農婦風の容貌は、頭の先からつま先まで、埃と泥でひどく汚れている。

 

 彼女の後ろの鞍には、同じような粗末な汚れた服を来た、10代前半と思われる女の子と、10歳に満たないであろう男の子がいた。巻毛の金髪を始め、多くの特徴が女性と共通しており、間違いなく親子であろうと思われた。


 彼女らは一様に、紫に近い蒼白な貌と絶望的な恐怖に歪んだ表情、震えの止まらない様子を目前の「異邦人」たちに晒していた。騎乗してきた生物が力尽きよろめき、体勢を崩して両手をついた状態で、女性が距離10mほどに迫った100人以上の軍勢と――。ロザリオンを見上げ、必死の言葉を叫ぶのを、“レエティエム”の一同は驚愕の表情のまま受け止めるしかなかった。



「――だ――誰!!?? 誰でも――いいわ、助けて!!!!

あいつらから、“ダルダネス”の連中から――あの“エグゼキューショナー”から――!!!

私達を助ケテエエエエエ!!!!!」



 ――イスケルパとはまた異なる、特異なイントネーションを持つ、ハルメニアと共通の、言語。

 クリシュナルを始めとした、レムゴール人と目される人物が話したという、言葉。


 それが、レムゴール大陸で始めて耳にする――異邦の文明人の、第一声だった――。

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