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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第一章 受け継ぎ、道を拓く者達
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第二話 若き封印者達(Ⅱ)~誇り高き血統

 *


 一方――コルヌー大森林と隣接する、ダリム公国領ディベト山。


 ここは狭小なダリム公国に豊かな水源を供給する奇跡の険である。大陸有数と云われる豊富な水量を誇る地下水。それが染み出した河川。最後に源である地下に帰っていく、レナウス瀑布。


 このレナウス瀑布こそ、レエテ・サタナエルとナユタ・フェレーインが邂逅を果たした場所。

 地上高くの瀑布最高海抜の場所には大森林同様の石碑が立つが、そこ以外にももう一つ――。

 瀑布の底にある場所にもまた、重要な石碑が建てられていたのだ。


 その歴史に(ゆかり)ある場所でもやはり――。

 戦闘は、行われていたのだった。


 

「おおおおおおらあああああああ!!!!」



 若い男性の声で、凄まじい大音量の怒号を作り出す音波が、広大な洞穴内に木霊する。


 ここは、地底湖。レナウス瀑布のすべての水が落ちかかる自然の驚異の場所。揺蕩(たゆた)う湖に絶えることがない滝の音量にも、怒号は負けていなかった。


 湖の岸壁に沿った陸地。かつてレエテ・サタナエルが初めての「再生能力」を見せた場所であり、記録としての石碑が残る。その碑文を背に男は、戦闘を繰り広げていた。


 敵を相手に舞うように戦う彼は、あまりにも特別な、強く美しい外見を有していた。


 身長は185cm超。均整が取れてはいるが、鋼のような筋肉に全身が覆われている。そしてその外側を、白地に黒い条線の入った耐衝撃性ボディスーツと黒いブーツで覆っている。覗く肌は小麦色の褐色。白銀の妖しい光を放つ異様な頭髪を長く長く伸ばし、部分的に後頭部で結わえている。

 貌にかかるほどに伸びた頭髪の間から見える造りは――いかなる女性もとろけさせるであろうほどに美しく、同時に野性的な魅力に満ちていた。セクシーな大きい口。高く整いすぎた鼻梁。細くつり上がった眉と、その下の切れ長ながら大きい黄金色の瞳。だが外は大人びてはいるものの、どこか未熟で幼い雰囲気の内面も強く漂わせ、彼が実は成年前の少年であることを感じさせていたのだった。


 相手は、巨大な魚が手足を持ったかのような怪物。2mほどの体高に、人形に近い手足胴体、その体表はびっしりと埋め尽くされた鱗と棘で覆われる。鮒のような巨大な頭には、ギョロリと剥いた虚ろな瞳に、ダラリと開いた魚類特有の口が備わる。半魚半人の怪物、デイゴンだ。

 それは1体ではなく、後方の陸地と湖に浮かぶ個体を含めて20体以上は居た。彼らの武器は、口から高圧で発する酸性毒の唾液と、高速で打ち出す自らの鱗と棘だ。


 圧倒的に数に勝る彼らは、恐れげもなく雲霞のごとく男に向かって攻め寄せてくるが――。

 男は、圧倒的な武器と力量で、デイゴンの群れを寄せ付けなかった。


 その武器とは、彼自身の「両手」であった。

 両手の全ての指と手のひらの際が、黒曜石のごとき鉱石に変化している。しかも指は太さも長さも2倍以上に膨張しており、超幅広の黒いダガーを両手に装着しているような状態だ。


 これこそは――。

 かつて超人の一族として大陸に君臨したサタナエル一族のみが持つ身体能力、「結晶手」であった。


 デイゴンの群れが放つ毒の唾液をかわしながら、彼らが頭部を前後に振って飛ばしてくる鱗と棘を、縦横無尽に振るう結晶手で叩き落とす。岩も貫通すると云われるデイゴンの棘を手折りつつ破壊している時点で、男の結晶手は鍛造オリハルコンと同等以上の硬度を有していると知れる。

 

 結晶手もさることながら、男の長いリーチと身体の柔軟性、驚異の身体能力があって始めて為せる業といえた。

 やがて防御から攻撃に転じた男は、水平に薙ぎ払った両の結晶手で、眼前に迫った4体のデイゴンの首を一瞬で薙ぎ払った!


 首や肉片を舞わせ、噴血を撒き散らしながら地に崩れ落ちる敵の躯を男は踏み潰した。そして獰猛な笑みを貼り付けた表情で、高ぶる闘志を叩きつけるような叫びを発した。


「どうした!! こんなもんか!! ああああああ!?

有象無象がよってたかってよ――! この俺を満足させることもできやしねえのかあああ!!??」



 そのとき叫ぶ男の脇を――風が一陣、駆け抜けた。


 

 そして前方に躍り出て両の「結晶手」を振るい――。3体のデイゴンをなます切りにして仕留め、血をかぶる前に後方に戻るという、恐るべき敏捷性でもって男の前に背を向け立った。


 それは、女性であった。

 男と同じ褐色の肌を、革の軽装コルセットとブーツ、ベージュのスリーブとスカート、黒のストッキングで覆う。身長は167cmほどと、女性の平均よりやや高い程度。腰はくびれ、臀部も胸も大きく突き出した魅力的な肢体だ。とくに豊かで大きく突き出た乳房は上半分から先が惜しげもなく外部にさらされ谷間を見せ、男性であれば見入るのを抑えるのに理性を要するだろう。

 白銀の光る髪は長く、頭頂部で結わえられなびいている。細いアーチ状の眉部で水平に切りそろえられた前髪の下は、黄金色のとても大きな瞳。小ぶりな鼻と小さいながら肉感的な唇といった貌立ちは、女性としてとても愛らしい魅力に満ちている。成長してはいるが年齢は成人前の17歳といったところか。


 少女は怒ったような表情で男を睨み、高い澄んだ声で言葉を発した。


「馬鹿レミオン!! 遊んでないで、さっさと片付けるの!!!

あたし達の努めは、導師が入った洞穴を守ることと、こいつら怪物を一匹でも多く仕留めること。敵に本気出させて楽しむ場じゃないの!! あんたならこんな奴ら一瞬でしょ!? 早くなさいよ!!」


 少女を見下ろした男――レミオン・サタナエルは、苦笑を浮かべ少女に向かって返した。


「ああそうだな、エイツェル姉ちゃん。だがよ、これは俺たちにとって初めての“探索任務(クエスト)”。

大陸の災害『気脈の乱れ』を収める、最高に名誉な任務だ。困難と紆余曲折は必要だろ? エルスリードの奴に良いところを見せねえとよ! 

第一腑抜けのアシュヴィンの奴ですら大層な気合が入ってたじゃねえか。俺はあいつなんぞよりはるかに昂ぶってんだ。大いに戦って多いに楽しまねえとな!」


「――この!! アシュヴィンをバカにするのは、このあたしが許さないわよ――」


 少女エイツェル・サタナエルが、レミオンに返そうとした言葉は、そこで途切れた。


 彼女の眼前で――レミオンの右胸をデイゴンの棘が貫通していったからだ。


 会話に気を取られ、敵の攻撃を許すという痛恨のミスだ。


「――!!!」


 口を押さえて絶句したエイツェルの前で、レミオンは目を見開いて、血を噴き出す己の胸を見た後――。


 即座に背後を振り返り、絶望の表情を浮かべた。


 彼の胸を貫通していった棘は、背後の線上にあった、石碑をかすめ傷をつけていたのだ。

 

 わずか数cmの傷ではあったが、それを見たレミオンの表情はあまりに急激に変化していった。

 凄まじい――怒りの表情に。


「――ダメ!! ダメよレミオン!!! 落ち着いて!!」


「てめえ……ら……!!! よくも……!! よくも……畜生の分際で、俺の大事な『母さん』の石碑に、傷を……!!!」


 何かを察したかのような様子のエイツェルに構うことなく――。レミオンの歯はバリバリと音をたて、貌から首にはびっしりと紫の血管が浮かび上がり、全身の筋肉が弦のように張り詰めていった。


 そして次の瞬間――。

 

 レミオンは、構えもなにもない、獣のような様相でデイゴンの群れに突っ込んでいったのだ。


「ううううおおおおおおお!!!! おおおおおおおおあああああああ!!!!」


 その様子は――。


 凄絶の一言に尽きた。


 殺戮兵器と化したレミオンは、先程までとは比較にならない破壊力をむき出しにした結晶手の斬撃と突撃で、デイゴンの個体を殲滅していた。


 一振りの斬撃は、斬るだけではなくあまりの衝撃力によって敵の肉体を粉々にする。先程は繰り出すこともなかった突撃は、一撃で敵の胴体に風穴を開け、内臓全てをはるか湖面に吹き飛ばす。

 陸地にとどまらず湖面に分け入り水しぶきを上げ、それらの殺戮を恐るべき速さの作業として行い、確実に息の根を止めていったのだ。


 やがて、残り5体――4体――3体、になった時点で――。

 デイゴンは完全に戦意を失い、湖の底へと逃げ帰っていったのだった。


「レミオン!! レミオン!!! 大丈夫!?」


 エイツェルは口に手を当て、弟の元へ駆け寄った。レミオンは怒りによって凄まじい攻撃力を手にしたのと引き換えに、防御を完全に捨てていた。デイゴンの大量の死体と血の池を歩いてくる彼は、そこに自らの血も供給するかのごとく全身傷だらけだった。とくに、右胸から腹にかけて貫かれた数十cmの巨大な傷からは血が滝のごとく流れ落ちる。


 普通の人間であれば完全なる致命傷で、とうに意識はないだろう。だが――彼らサタナエル一族の強さの最大の源である「再生能力」。細胞の異常代謝による分裂でいかなる傷も1時間以内に修復する不死身の能力ゆえに、問題にしないのだ。


 レミオンは荒い息を吐きながら姉を制し、石碑に向かってまっすぐに歩いていった。


「大丈夫、だ……ハア、ハア……。心臓は……(コア)は無傷だからよ……。姉ちゃんにケガがなきゃ、それでいい……。けどやっぱ俺は母さんの息子なんだな……同じ場所で同じ傷だらけになるなんてよ」


 そして石碑の前でひざまずき、棘によって傷ついた部分を結晶手でそっと削り、目立たない状態に均した。


「大丈夫かい……母さん。母さんの偉大な碑文を傷つけるなんざ、この世の誰にも許さねえ……。俺は永遠に、母さんを愛してるんだから……」


 愛おしそうに石碑をなでた後、レミオンはがっくりとうなだれた。さすがに体力を使い果たし、再生に専念するようだ。


 エイツェルはレミオンに駆け寄って背中をさすり、彼女にとっても偉大な愛する亡き母であるレエテ(ゆかり)の石碑を見つめた。


(お母さん……あたし……皆のことがとても心配よ。エルスリードのことも、アシュヴィンのことも……。とくにレミオン(この子)は、ほんとは優しいし頭も良いはずなのに、やることなすこと馬鹿であぶなっかしくて見てられない……。

あたし、誰にも傷ついてほしくない……。お願いお母さん、あたしたちを守って……)


 目を潤ませ語りかけるエイツェルの前で、かつて幼い自分に優しい笑顔で微笑みかけてくれた母の幻影がかすかに現れたかのように――。爽やかな風が流れていったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  前作に引き続く圧巻の戦闘描写の凄まじさに脱帽です。少年漫画を読んでいるかのような熱さを感じました。  これからの展開がどのようになっていくのか楽しみにしています。
2020/04/24 10:05 退会済み
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