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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第三章 不死者の大地
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第一話 未知なる民を求めて【★挿絵有】

 レムゴール大陸への上陸を果たし、領土ハルマーの占有を宣言したハルメニア大陸人の軍団“レエティエム”。


 即席の城塞を拠点としつつ、いまだ内外で行うべき課題は山積みであった。


 内に対しては城塞を簡易都市の体裁まで発展すべく、都市計画に沿った開発を行う必要があった。

 外に対しては、もちろん調査と――いずれかに存在しているであろう文明の「民」と対話を成立させる必要性の両面の要素があった。


 このうち、外に対しての課題には、さらに「陸」と「海」の二手に人員を分ける問題があった。


 シエイエス以下、首脳陣が一昼夜をかけて協議し――。人員の振り分けは決定。


 それが各船の勢力に発表されるやいなや、宿泊所となった母船を飛び出し、“ハルマー城塞”に押し掛ける一人の人物がいた。


 レミオンである。

 彼は衛兵の制止を振り切り、城塞奥の会議場の扉を叩き開けた。

 そこに居る父シエイエスが目的だ。


 10m四方ほど、高さ4mはある広々とした会議場。

 中央に配置された会議机で、シエイエスは一人の女性と会議中であった。

 彼はゆっくりと貌を上げ、眼鏡の奥から息子を鋭利な目線で射ぬいた。


「……レミオンか。来る頃だと思っていた」


 胸をそびやかし、会議机に歩み寄るレミオン。その貌は紅潮し血管が浮かび上がり、激しい怒りを表現していた。

 そのまま机を激しく叩き、唸りのように低く獰猛な声を発する。


「さすがは、親父だ……! 俺の行動を予測し、タイミングまで読んでやがるあんたなら、今俺が云いてえことも全部――分かってるって事だよな、ああ!?」


「当然分かっている。

お前が調査部隊に選ばれず――。ハルマー駐留部隊に配属され、建設と兵站基盤維持の任務を命じられた、そのことだろう?」


「ご明察だ! ふざけんじゃねえ……!! 誰がこんなとこで指くわえて女子供みてえに待ってるかよ!

俺は、俺の戦士としての力はあんたも認めてるはず。どんな危険が待ち受けてるか分からねえ敵地に初めて踏み込むってそのときに、俺を戦列に加えねえ道理はねえはずだ!!

しかも……あんた自身は調査部隊を率い、あまつさえ……。アシュヴィンにエルスリード、エイツェル姉ちゃんはそこに選ばれ……俺だけが外されるなんてふざけた話ときた。受け入れるわけにはいかねえ!!!」


「……その選定の理由は、先だって俺が演説で話した内容を理解していれば、自ずと知れること。

お前にいちいち説明し直す気はない。大人しく持ち場に戻れ」


「ああ!? 説教する気も起きねえ、シカトを決め込むってか!?

冗談じゃねえぞ!! 俺を調査部隊に入れるって言葉を聞かねえ限り、ここから出てく気はねえんだよ!!!」


 殺気立って父に詰め寄ろうと、荒々しく歩み寄るレミオンだったが――。


 突如として彼は右の脛に痛みを感じ、次の瞬間視界が見事に一回転し――。

 背中の痛みとともに、床に叩きつけられていたのだった。


 驚愕し天井を見つめるレミオンに、上から冷淡な声をかける女性。


 先刻からシエイエスと会議を行っていた、当の女性だ。


「……噂どおり、子供のように聞き分けがありませんねえ、レミオン・サタナエル。

お父上に代わり、ワタシがご説明を差し上げましょう。

調査部隊の第一の目的は、戦ではありません。情報を得ることです。それを、まずは未知の民と対話し平和裏に遂げることこそ最上。対話が叶わなかった時に、はじめて武力は必要となるのです。お父上が演説で言及しておられる通りに。

アナタは、図らずここで示した通り、極めて好戦的で理性に欠ける人物。『侵攻軍』ではなく『使節団』の立場ありきの調査部隊に、著しく不適格。これが、アナタが選定されなかった理由です」


 黒縁の大きな眼鏡を指で上げる、160cmに満たない小柄な法衣姿の女性。肩までのふわふわな金髪、丸い輪郭の中の知的で美しい貌。だが蔑むような冷淡な表情の中、凍るような視線でレミオンを見下ろしている。

 この小さな女性が、186cm、89kgのレミオンに反撃も許さず、たやすく「足払い」と「投げ」を打ち――。一瞬で彼を倒したのだ。


挿絵(By みてみん)


「戦闘力に関しても、まだ誇れるほどのものではありません。戦闘者としてでなく、為政者としての力量を買われて参加を認められた――。このヘレスネル程度に手も足も出ないようであるならば」


 エストガレス王国財務大臣にして、大陸一の政治家と呼び声も高い――ヘレスネル・ザンデ女史、21歳。

 名宰相と謳われるドレーク・ザンデは、アシュヴィンの亡き父ダレン=ジョスパンの元懐刀。その縁でドレークの偉大な知性は良く知っていたが、彼は戦闘者ではない。

 ヘレスネルはそのドレークの娘。名前は有名で、法力使いであることも知っていたが、これほど強い戦闘者だとは想像もできないことだった。


 相手は身分の高い貴人ではあるが、最後に云われた侮蔑の一言が、我慢できないほどにレミオンの癇に障った。彼は怒りの衝動のままに身を翻して立ち上がり、ヘレスネルに掴みかかろうとした。


 だがヘレスネルは涼しい貌のまま、眉一つ動かさず――。

 円を描くように両手を回転させて、レミオンの太い腕をいなし、左右に払いのけた。それだけで止まらず、瞬間移動したかのように彼の背後に回り込み、背中でクロスさせた両手を掴んで思い切りねじりあげた。たまらず痛みでレミオンが悲鳴を上げる。


「う――がああああ!!! 痛っ!!! 痛ええええ!!!」


「懲りないお方ですねえアナタ。続けるというのならワタシもやぶさかではありませんよ、楽しいですし。

ですが続きは、城塞の外に出て行うが適切。そこで存分にお相手を差し上げましょうか」


 ――これほど強く、しかも意地の悪い女を相手にするのはもう御免だ。そう判断したレミオンはついに根を上げた。


「……分かった! 分かったから、放してくれ!」


 ヘレスネルが手を放すと、レミオンは激しく苛立ちながら両肩を大きく回し、次いで大音量の舌打ちをして――。最後に父シエイエスを睨み、足音も荒く退出していってしまった。


 少し裾を払い、椅子に座り直したヘレスネルに、シエイエスは苦笑しながら云った。


「不出来な息子が迷惑かけて済まんな、ヘレスネル。ご指導ありがたいし、また腕を上げたようだな」


 ヘレスネルは表情を変えず、しかしやや貌を赤らめて背筋をそわそわさせながら云った。


「お褒めに預かり……感謝します、シエイエス様。

いえ、血破点開放は今や一流法力使いの常識でありますし、戦闘術もルーミス師の英明なるご教示の賜物です。師に比ぶればワタシなどは、まだまだ拙き未熟者も良いところで、精進せねばと肝に銘じております」


 シエイエスは、時代がかった言葉使いを好む、この変わり者の女性を高く評価していた。

 戦いにおいてもそうだが、何よりもずば抜けた知力と緻密な政の能力。自分の後継者に足る、とまで目をかけている相手だったのだ。


「いい心掛けだ。では、会議を再開しようか。今後の物資調達消費の収支、設備と人員維持に関するコストの見積もりに関してのな――」


 話しだすシエイエスは一瞬、レミオンが去った扉を見やった。何かの可能性に勘付き、その優れた頭脳を対策に巡らせるかのように。

 


 *


 こうしてレミオンは、不本意極まるハルマー駐留部隊に配属となった。

 駐留部隊の指揮官はルーミス、ジャーヴァルス、オリガー、ラウニィー、レジーナ。1000人の兵員が務める。

 ラウニィーとレジーナは留守を努めつつ気脈の観測と究明にあたり、来たるべき探索任務(クエスト)への備えを進める。


 対して調査部隊は、海と陸に別れ、このレムゴール大陸の文明との接触を図り北上する。


 海は、シェリーディアとフォーグウェン兄弟、ヘレスネル、レイザスターが指揮を執る。

 人員300名をもって魔工船2隻を駆り、海岸線を北上、岸から街や村が存在するかどうかを調査する。


 陸は、最初に文明に出会う確率、国家の首都に行き当たる可能性が高いことから、“レエティエム”総司令官にあたるシエイエス自らが率い調査にあたる。

 ムウル、ロザリオン、レミオン以外のアトモフィス勢力、ボルドウィンの若手勢力ほか300名で構成する。


 陸路の北上にあたって障害となる、鬱蒼とした森林。不整地が多く馬より(かち)の移動が適切と判断したシエイエスは、その旨を伝え準備を指示。


 あくる朝、ついに出立となったのだった。


 荷物を背負ったアシュヴィンは、並んで歩くエイツェルに話しかけた。


「エイツェル。……レミオンのやつ、大丈夫かな?」


 エイツェルは大きなため息をつきながら、これに応えた。


「あんまり大丈夫じゃないかな。不満だらけでどうしようもないよ。とりあえず今朝はどうにか説得して駐留部隊の作業に行かせたけど、きっと何か問題を起こすに違いない、そんな雰囲気をありあり感じたわ。

心配してもきりがないから、あたしはもう考えないようにするけど」


「その通りよ。これから、森林の中か抜けた段階で、レムゴール人に遭遇する確率はきわめて高い。あの聞き分けないおバカさんに構ってる暇はこれっぽっちもないわ。無理かもしれないけど、少しでも頭を冷やして自分がそうなった理由、さらに云えば――。自分がいかに特別な『血』を引く重要な存在なのか考えてほしいと、心から望むわ」


 相変わらず、レミオンに対して辛辣なエルスリードが仮面のような表情で云う。


 アシュヴィンは苦笑したが、エルスリードの云うことは完全に事実だ。


 いよいよ、未知の大陸に住む、未知の人類へ初の遭遇(コンタクト)を図る時がきたのだ。


 こちらとしては戦う意志はないが、現に無断で土地を侵して分け入っている軍勢が語る言葉を、素直に聞いて貰える可能性は低いと云わざるを得ない。


 いかに説得するか。そしてもしもの場合、いかにして戦い勝利をおさめるか。


 アシュヴィンは無意識に、両腰の双剣“狂公(ダレン)”と“蒼星剣(エペシュトーラ)”に手を触れていた。緊張を収めるための、心の拠り所を求めるように――。

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