表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レムゴール・サガ  作者: Yuki
第二章 死洋への航海
23/131

第五話 大海の洗礼

 ――“レムゴール調査船団”が、ハルメニア大陸を後にしてより、10日目。


 おそらく超巨大生物の根城であろうと目されている、深海海域に差し掛かったところで、その試練の最初の機会はやってきた。

 海に挑む者が受けねばならない、洗礼ともいうべき試練が。


 すなわち、荒天と荒海である。


 夜と見紛えるほどの、禍々しい雲に覆われつくした空。そこに光り轟音を轟かす稲妻。

 風速秒間30m以上と思われる暴風。それが引き起こす、10~20m以上の高波。

 

 桶をひっくり返したような豪雨と暴風で叩かれ、撹拌された樽の上のような状態で揺られる乗組員達。とてつもない危険が伴うが、船の転覆という最大最悪の危機の前には、それは些細な事だ。命をかけて、自船を守らねばならない。


「そっち!!!! モタモタすんじゃねえ!!!! マストを固定しろっつってんだろが!!! 殺されてえのか!!!! 死ぬまで漂流してえのか!!!!」


「舵がもたねえ!!!! 一族の野郎来い!!!! おめえらの馬鹿力なら踏ん張れるだろ!!!!」


「そっちのガキ!!!! ボーッとしてねえで船底を見てこいやあ!!!! 浸水してたら一巻のおわりだ呆けがあああ!!!!!」


 荒くれた水夫たちの怒号だ。本来の身分は“レエティエム”の人間より下の平民で力もないが、海の上では絶対の司令官だ。この緊急事態では無礼な発言もやむを得ぬ当然のことであるし、従わねば自分たちが死ぬ。必死に命令どおり動いた。

 マストの固定には身分関係なく多数の軍人たちが動き、舵の維持にはモーロックやレミオンなどのサタナエル男子が加勢し、幾人かの法力使いは彼らに“定点強化(アメイリオレーション)”で加勢した。いずれの面々も全身は滝に打たれているかのようにずぶ濡れだ。怒鳴りつけられたアシュヴィンは甲板を両手で掴みながら移動し、船底に様子を見に行く。


 駆け下り、厨房や各室、倉庫、ランビキ室、クローク部を見回る。そこを這うように駆ける間も、前後左右に揺さぶれる船内で何度も壁に激突、転倒しそうになった。彼の“純戦闘種”の身体能力で大方は持ちこたえたが、スタミナに欠けるアシュヴィンは肩で息をするほどに消耗した。


 そして、最後のエーテル・タンク室に彼が入ると、そこではラウニィーが一人で魔力の注入を行っていた。


 アシュヴィンはドアに手を付きながら彼女に云った。


「はあ、はあ――ラウニィー様!! 大丈夫ですか!?

いくらあなたでも、そんな無理をしたら本当に倒れてしまう!

お願いです、他の者に代わってください!」


 彼女はさっき本来の順番を終えたばかり。それに限らず、ろくに睡眠もとらないで本来順番でない者に一人で代わることを繰り返している。

 振り返ったラウニィーの眼の下は、隈で真っ黒だった。アシュヴィンの懸念が当たっている証左だ。


 だがラウニィーは、いつもと変わらぬ優しい笑顔で、静かに云うのみだった。


「心配してくれてありがとう、アシュヴィン。けど今は、一人でも多くの人員を船の保全に割かないといけない。一人で事に当たれる私がここを維持するのは必要なことなのよ。

大丈夫。私も若くはないけど、まだまだそこまで落ちぶれてないつもりだから。倒れたりはしないわ、早く行きなさい」


 アシュヴィンはぐっと奥歯を噛み締めた。そしてやにわにラウニィーの隣の席に座り、魔力の注入を始めたのだった。


「イヤです。僕は、僕一人でもラウニィー様の助けになります」


「アシュヴィン……」


「いいんです。レミオンたち一族のような体力がない僕は、甲板の仕事で役に立てない。魔力には自信があります。少しでもラウニィー様の負担を減らしてみせます」


 ラウニィーはやや目を潤ませた。赤子の頃から知っていて可愛がってきたアシュヴィンが、ここまで頼もしく、そして優しい少年に育ってくれたことが嬉しかったのだ。


「わかったわ、ありがとう。よろしくね、アシュヴィン」




 

 一方の甲板では、戦場のごとき状況が――。大自然という強大すぎる敵との戦いを繰り広げる戦士たちの姿があった。


 シエイエスやシェリーディア、メリュジーヌら指揮官も総出でマストの固定に尽力している。さすがに人間離れした“レエティエム”の戦士たちが全力を出すと、竜巻の中のような超暴風に煽られ暴れまくるマストもどうにか持ちこたえた。

 それを眼下に見ながら、艦橋の上で舵を支える、レミオンとモーロック。


 力には自信があるレミオンだが、この大波の中の反動力を押さえつけながら、安全かつ他船と距離を離さないように舵を操るのは困難を極めた。その状況下においては、自分をはるかに超える巨体、怪力を有するベテラン戦士の存在は何よりも頼もしかった。


「――モーロック様!! やっぱあんたは凄え。これほどのパワーをずっと継続できるのは、一族でもあんたぐらいですよ!!」


 普段おっとりしたモーロックだが、さすがに現在は鬼のように険しい形相となっている。その表情の中、口元に笑みを作り彼は返した。


「まあおれは、これぐらいしか取り柄がないからのお!! そういうレミオン、おまえも随分成長したの。正直おまえがそっちを支えとってくれるから保ってくれとるようなもんだ。

天から見とるレエテ様も安心であろうの! ――正直今は、できるならこの嵐を鎮めてくれるのをお願いしたいところだがなあ!!」


 ――レミオンはアシュヴィンなどよりずっと、猜疑心の強い人間だ。そのレミオンとしては当然、モーロックに裏切りの嫌疑をかけざるを得ない。アシュヴィンと同じ理由で。

 モーロックは組織サタナエル滅亡時、奇跡的に生存していたところを年上のラクシャスとともに保護、囚われた。13歳の少年であった彼は当時からおっとりした性格で、レエテに目をかけられ可愛がられたと聞く。一見裏切りの可能性は低く見えるが、その心中は他人には分からない。


 そして眼下で必死に、小柄な身体に見合わない怪力でロープを引く、メリュジーヌ。彼女と険悪なレミオンであるが、戦士として正しく高潔な内面を持っていることは認めている。レエテに懐き家族同然の関係を築いてきた彼女だが、同じく心の深い内は分からない。まして彼女は組織の虐待を10歳まで受け、レエテの組織討伐に僅か1ヶ月間に合わず地獄の「追放」をも受けてしまった身。レエテがもっと早く来てくれたら、と彼女を逆恨みしていた可能性もある。 


 疑い始めればきりがないが、レミオンがアシュヴィンと大きく異なる点は、内心この状況を憂うどころか逆に楽しみ始めていることだ。不謹慎なことではあるが。

 裏切り者によってどのようにもたらされるか分からない危険。そしてそれを防ぐために頭脳をフル回転させ、場合によっては自分よりはるかに強い戦士を敵に回さねばならない可能性もある、そのスリル。


(面白え――。面白えぜこいつは。そそられるぜ。絶対えに俺が下手人にたどり着き、戦って勝利をおさめてやる。見ていやがれ――) 


「任せてください、モーロック様!! 俺あこの状況が、この任務自体が、楽しくてしょうがねえんですよ! いくらでも戦ってみせますよ。どんな敵だろうが自然だろうが、勝ってみせますよ!!!

ハハハハハ!!!!」



 

 *


 丸一昼夜の死闘の末――。


 嵐は去った。地獄のような暴風を創り出した積乱雲が去った空は、一面抜けるように青く広く、爽やかだった。試練は過ぎ去ったのだ。

 すぐに被害状況の検分が行われたが、事前によく訓練されていた“レエティエム”面々に被害はなく、水夫も同様だった。また、さすがこの状況を見越し万全の設計を施されただけあり、魔工船はほぼ無傷であった。

 当然この試練はまた断続的に訪れるだろうが、次回は訓練から実地に至った経験を存分に活かし、今回よりも速やかに効率的に対応ができる安心と担保がある。


 現在はその代わり、暴風とは真逆の試練。帆船にとって致命的な無風状態が訪れていたのだった。


 帆船は、帆で風を受け進む。舵からキール板とマストを自由自在に操作すれば、どの方角から風が吹こうが、それを推進力にして望む方角へ進行することができる。

 よって風が全くないということは、波と海流しか推進力を生むものはなく、ほぼ足踏みしているのと同義。ラウニィーなど風魔導を得意とする魔導士に風を起こしてもらうこともできるが、極めて短時間の話であり継続的には不可能だ。


 気候はどうにもならず、風が吹くのをただひたすら待つ以外にない。

 ひとまず時刻が正午を回ったこともあって、食事を取るという決定が、シエイエスから念話を通じて各船に通知された。それぞれ船内で昼餉が支度され、乗組員に振る舞われることになったのだった。


 ここボルドウィン船においても、船内の厨房で料理された野菜魚介のシチュー、パンが振る舞われて甲板上で昼餉が催されていた。

 この外洋には豊富な魚介がおり一本釣りで都度水揚げされていたし、魔導士が行う蒸留によって飲み水が尽きることもなかった。危険に満ちた航海ではあるが、最も重要な生命線が保たれていることが最大の安心材料ではあった。


 木の盆と食器を持って甲板上に現れたエイツェルとアキナスは、隅の方でコンテナに座るエルスリードの元に歩み寄ってきていた。


「おーい!! エルスリード! ゴハン持ってきてやったよ!!

一緒に食べようぜ!!」


 声をかけるアキナス。エルスリードは少し色の悪い青い貌で彼女を振り仰ぎ、どうにかといった体で笑顔を作った。


「ありがとうございます、アキナスさん。でも私今……ちょっと食べられる状態じゃないかも……」


「まあそうかもしれねえけど……ちょっとは食べねえと身がもたねえぜ」


 彼女に近づいたアキナスとエイツェル。それぞれコンテナに腰掛け盆を置き、アキナスは豪快にパンにかぶりつき、サタナエル一族として食欲旺盛なエイツェルも、大盛りのシチューに舌鼓をうつ。エルスリードも消極的ではあるがパンを手に取り、小さな口で少しかじる。

 それを見たエイツェルが、笑顔で親友に話しかける。


「そうそう。ちゃんと食べないと! せっかく船に慣れたところであんな凄い嵐が来て……。また酔った状態で魔力の注入を頑張ってくれて、あんたの身体はヘトヘトなはずなんだからさ。

――どうしても食べれそうにないなら、ネメア様に声をかけてここに来てもらおっか?」


 少し意地悪な笑みを投げかけるエイツェルの言葉に、エルスリードは驚愕して目を丸くし、例によって貌を沸騰させた。


「な、な、ななな何で、ネメア様を――やめてよ、エイツェル!! 変なこと云わないで!」


 狼狽しきったエルスリードを見て、二人の女はたまらず大笑いした。


「はっははは!!! ネメアの奴も相変わらずの自覚なしの女たらしだなー!! オメーほどの堅物にそこまで入れ込ませちまうのは、立派な才能だぜ。

だがまあ、あいつに限らず今回の航海はイイ男がホントに多いよな」


 アキナスが笑いながらエイツェルに振った一言で、今度は彼女がドギマギと落ち着かない態度になった。


「そう、ですよね――! アキナスさんは、どの人がイイとかあるんですか――?」


 アキナスはその言葉を受け、好色そうな目と唇の端を動かして考え、舌なめずりをしながら云った。


「まあ、ちょっと一人には絞れねえなあ。アタイは雑食でさ、結構趣味が幅広いからさー。

ノスティラスの美形双子やオメーらのとこのレミオンはカワイイし、魔工師のレイザスターや連邦のムウル様もワイルドでそそられるよなあ……。

結婚してるのでも良けりゃ、エストガレスのジャーヴァルス様とか、やっぱり一番はここだけの話……。オメーの義父(おやじ)さんのシエイエス様が抱かれたい男最高峰かなあ……へへへ」


 最後はかなり不謹慎な発言になりつつ、頭の中があらぬ妄想に舵を切ってしまったのか、遠くを見る潤んだ目で涎の垂れそうな表情になるアキナス。ただ美男子のはずだがさすがに――。鬼よりも恐れている大師匠ナユタの夫、ルーミスの名を出すのは自粛したようだ。


 発言を受けたエイツェルとエルスリードはそれぞれ微妙な表情を浮かべた。義父に懸想していると宣言された困惑はもちろんだが、アシュヴィンの名が出ないことに安心と不満を抱くエイツェル。レミオンの名が出たところで少々貌を歪めたエルスリード。女子ならではの会話から、それぞれの想念に沈んでしまいつつ、食事を口に運ぶだけの短い沈黙の時間が訪れた。



 しかしその沈黙は――。

 これまででも最大級の緊急度を孕んだ報せによって、たやすく破られることになったのだ。


 突然船底から甲板に駆け上がってきた、ネメア。その端正な貌は完全に固まり、その上で蒼白となり汗を流し、この船の指揮官として冷静沈着を誇るネメアが、はっきりと「恐怖」を刻んでいることが明らかな表情となっていた。

 そして声を限りに、最大の警告を総員に発したのだ。


「総員、ただちに配置に付け!! すぐに!!! すぐにこの海域から脱出する!!!! 風魔導が使用できる者は、南西の方角からあらん限りの風を吹かせよ!!!!! 使用できぬ者も魔力を提供しろ!!!!

海底から――この真下から――浮上している!!!!! 『目』が、音を感知した!!!

超巨大怪物だ!!!! 繰り返す、超巨大怪物の接近だ!!!!!

総員ただちに配置に付けっ!!!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ