第十三話 超国家旅団レエティエム(Ⅲ)~計画の全容
「そう、次なる議題は――。レムゴールへの旅路へ赴く勇者らの確定である。
最前より各国首脳におかれては長い期間、物資兵員および指揮官の人選に努めて頂き感謝を申し上げる。
その折衝を経、リーダーたるシエイエス伯とナユタ陛下が確定した人選および作戦を公開頂き、大陸の代表者たる面々について各国共有されたい」
ヘンリ=ドルマンの宣言を受け、目を閉じてそれを聞いていたシエイエスの目が見開かれ、次いで重々しい言葉が発される。
「――此度の旅路、いや、過酷な冒険行。生きて帰れる保証もない、極めて危険な計画に赴く『軍団』に対してはまず、象徴となる名前が必要である。
大陸の全国家からよりすぐりの強者が集合した、歴史上に全く類を見ない壮観なる軍団。
これに僭越ながら、軍団結集の契機となった我が妻レエテの名を冠し――。我が国首都にも冠した名をもって呼ばせて頂きたい。
それすなわち――“超国家旅団レエティエム”」
シエイエスの低く通る独特の声質で語られる、「軍団」の名。
それを場のほぼ全員が脳内で咀嚼した。
(レエティエム――!)と。
「“レエティエム”は、それをもって“レムゴール調査船団”を結成し、10隻の魔工船に200名ずつ分乗する2000名の威容で事に当たる。
豊富な食料と水、建設資材を積み込み、まずは無事“死海”の踏破を目指す。
次いでレムゴール大陸南西端への上陸を目指し、そこに兵站拠点を建設することを目標とする。
拠点を足がかりに、大陸の探索に乗り出し、気脈の増大と“ヴァレルズ・ドゥーム”の謎を解き明かすのだ」
いよいよ、人選が公開される。
居並ぶ者たちは、生唾を呑む思いで次なるシエイエスの言葉に聞き入った。
「まず――ノスティラス皇国。
提供人員は600名。総指揮官は元“三角江”の四騎士サッド・エンゲルス元帥。
副指揮官は同じく元四騎士レオン殿の遺児、ロザリオン・アレム・ブリュンヒルド将軍。
そして双生児のミネルバトン・フォーグウェン、フォリナー・フォーグウェン魔導将軍。
魔工船の整備を担う魔工匠直弟子、レイザスター・ブライアム師」
おおっ……と一同にどよめきが走った。大戦の功労者サッド、魔工界希望参戦は当然であるが、かたやサッドの内縁の妻で大魔導士のミナァン・ラックスタルドは参戦しないこと。そして近年大陸にその名を轟かす剣豪女騎士ロザリオン、美形の男性双生児で有名なミネルバトンとフォリナー両魔導士ら若き戦闘者の満を持しての参戦。やはりというか当然というか、伝説の魔導士皇帝ヘンリ=ドルマン自身は参戦しないのだということ。それらが一同に感ぜられる印象であった。
「次いで三公国を含むエストガレス王国。
提供人員は600名。総指揮官はジャーヴァルス・ドマーニュ・エストガレス元帥。
副指揮官はダリム公国のダフネ・アラウネア元帥。
さらにドレーク宰相の長女ヘレスネル・ザンデ財務大臣」
先行のノスティラスに比べると反応は薄かったが、それは裏返せば至極順当な当然の貌触れであることを意味する。女王の王配ではあるがレエテの従弟という極めて重要な血を引くゆえに、本人が参加を熱望したであろう魔導戦士ジャーヴァルス。大戦の功労者、隻眼の女剣豪ダフネ。さらには大陸一の遣り手政治家にして財務の天才、法力使いでもあるヘレスネル女史。納得の貌触れといえた。
「次いでドミナトス=レガーリア連邦王国。
提供人員は100名。総指揮官はムウル・バルバリシア元帥。
副指揮官はイシュタム・バルバリシア将軍。
そしてシュメール・マーナの大祈祷師で法力使いの、ガレンス・マイリージアス師」
これまた至極順当と思わせる人選。レエテ一行とともにサタナエル将鬼討伐に尽力し、大陸最高の豪腕と称されるムウル、その妹で天才弓手の敏腕将軍イシュタム。いずれも元国王ソルレオン肝いりの選り抜かれた強者。さらには今回、大陸の各勢力からあまねく人員を招いていることの象徴である、少数派宗教のシュメール・マーナから師を招くという貌触れだ。
「永世中立国リーランド。
提供人員は70名。総指揮官はレジーナ・ミルム議長御自ら。
法王庁。オリガー・ティールパイク司教を指揮官に、司教司祭30名とともに参戦いただく」
どよめきが起こった。目を剥いて参加を熱望したに違いないレジーナは別として、大戦で何の動きも功労もなくレエテに敵対しただけで終わった法王庁は、ここ16年大きく威信を失っていた。その地に落ちた名誉を回復したいと意欲的な参加を表明したことも驚きなら、法王庁と敵対関係にあったシエイエスとルーミスの兄弟が参加を認めたことも意外だったのだ。オリガー司教は大陸中の崇敬を集める、徳高き最高の聖職者。次期法王候補とも云われる彼の参戦が見せる本気も、驚きに拍車をかけていた。
「ほかエスカリオテ王国は兵員300名。北ハルメニア自治領とジャヌス自治領、エストガレスの傘下たる2国には計兵員100名。有望な指揮官を提供できぬ代わり、物資の提供は惜しみなく頂いたことをお伝えしておく」
一拍おいたシエイエスの次の言葉に、一同はさらに聞き入った。
ここから――。現在大陸を牽引する立場で今回作戦の主役といえる2国の公開となるからだ。
「次なるは、我国アトモフィス自治領。
人員は100名。総指揮官は私、副指揮官はシェリーディア・ラウンデンフィル元帥。
一族の女子メリュジーヌ・サタナエル将軍、男子のモーロック・サタナエル将軍。
アシュヴィン・ラウンデンフィル少尉。伯子エイツェル・サタナエル中尉、レミオン・サタナエル少尉」
一同からこれまでで最大の感嘆の声が聞かれた。レエテに建国されし国家アトモフィスにおける人員100は、当然のことながら大半がサタナエル一族だ。今回の作戦はまさしく彼ら彼女らが通常の人間となり、大陸に将来に亘って脅威とならず、穏健で当たり前の人生を送ることを主目的に行われるもの。当事者として、また現地で謎の解決に至った場合に現場にいることを目的としていた。元組織サタナエルのエリート、“屍鬼”唯一の生き残りという過去を持つモーロックが選ばれた意外さも感嘆の一因だった。
そしてついに呼ばれた。大陸で話題の尽きぬ新星たちが。かの名高い悪魔ダレン=ジョスパン・ファルブルク・エストガレスの子であるアシュヴィン。レエテの悲劇の義妹の子であるエイツェルと、英雄の血を唯一人正統に引く子レミオン。年齢と身分からすれば列席を許されない彼らが陣取る末席には、場の全ての視線が注がれていた。
エイツェルは急に注がれる視線に照れ、レミオンは父シエイエスを正面から獰猛に睨みつけ、アシュヴィンは緊張のあまり背筋と表情を固まらせた。
(本当に――呼ばれた。僕らの名が。この名誉ある一大作戦に、加わることができるんだ――!)
アシュヴィンの緊張をよそに、義父シエイエスの言は最後の国の公開に至ろうとしていた。
「最後に、ボルドウィン魔導王国。
人員は100名の魔導士団。
総指揮官は王配たるルーミス・サリナス・フェレーイン宰相兼大僧正。副指揮官はラウニィー・グレイブルク導師。
師範代のネメア・キース・ヴォルマルフ将軍。同じく師範代アキナス・ジルフィリア少佐。王女エルスリード・インレスピータ・フェレーイン少尉。
――以上である」
瞬間――。
場が静寂に包まれた。緊張から、ではない。意外な結末にだ。
ある人物の名が呼ばれなかった、その事実に対してだ。
それは、場の中でも特に、エルスリードに顕著に現れていた。
自分の名が呼ばれたことに対してではない。ある名が呼ばれなかったことに対しての驚愕で、感情を露わにすることがない彼女が――。稀有なまでに目を見開き、口を開けてただただ呆然としていたのだ。
一同を代弁するかのように手を上げたのは、キメリエス王だった。
「シエイエス伯。発言失礼する。
仰られた中に、ナユタ陛下の御名がなかったように思えるのだが、私の聞き間違いだろうか?
よもやとは思うが――」
「聞き間違いではない、キメリエス陛下。
ナユタ陛下は、レエティエムには参加なされない。
陛下は、ハルメニア大陸に残られる」
即座にこれまでで最大級のどよめきが場を支配した。
魔工船の発案者であり、作戦の立案にも、レエティエムの結集にも主導的役割を果たしてきたナユタが、まさかの不参加。
ありえないと思っていた事態に、オファニミスが挙手し発言した。
「それは何故なのか、理由をお聞かせ願えますか、シエイエス伯?
ナユタ陛下は大陸最強の魔導士であり現在、ハルメニア大陸で他を寄せ付けぬ最強の戦闘者の座にある御方。
そして此度の作戦は、何が待ち構えているかわからぬ未知の大陸に赴き――。おそらく間違いなく『侵略者』として、幾億幾千万かわからぬ勢力を全て敵に回す可能性すらある、危険極まるもの。これにナユタ陛下が参加されぬことはありえないと、わたくし考えておりましたがゆえに」
完全に正しいオファニミスの言を受け、シエイエスは答える代わりにナユタ本人の方を見やった。
おそらく彼女が自分で答えたいだろうと思ったゆえに。
「それには私の口からお答えする、オファニミス陛下。
私は僭越ながら大陸最強を自認するがゆえに、それゆえに大陸に残る。
なぜならば根源たるレムゴール大陸で問題が解決されぬ限り、気脈の乱れは絶えず起き続ける。現在の規模と強さで起き続ける限り、事を収め封印を遂げられる強力な魔導士の存在は不可欠。
ゆえにまず私、そしてヘンリ=ドルマン陛下、ミナァン宰相の魔導士三名がこれを強力に監視し、探索任務をもって潰し切る。その目的が第一」
深呼吸をし、ナユタは続けた。
「さらに大陸も平穏を維持しているとはいえ、今回のレエティエムによる作戦も――。いたずらに大陸を疲弊させる暴挙よと、強い反対意見もあることを承知はしている。火種がない訳ではない。
そこで今公開されたような、大陸の名だたる英雄たちが大陸を一時去ることになる。英雄不在の大陸においては、残念ながら絶対の力が不可欠だ。
他を大きく引き離す力を持つ存在がいなければ、秩序のほころびは遠からず、いや驚くほどに早くやってくるだろう。
その抑えたる絶対の治世を行うためが第二」
他の者が云えば不遜に感じられる発言であるが、それが絶対者として大陸に認められるナユタの口から語られれば、異論を挟む者など居なかった。
「それに私は――魔工船を作れたことでもう十分に、満足だ。
レエテへの恩義に報い、思いの丈を十分に発現できた。それを実感した今、未知の土地へ行くよりも――。この大陸でレエテとともにあることを私は選びたい。
何よりシエイエス伯以下集って頂く方々は、十分以上に思いを継いでくれる英雄たちだ。
彼らに全てを託し、私は大陸で、吉報を待ちたいと思う」
諦観を漂わせたようなナユタを、その正面に座っていたエルスリードは唇を噛んで睨みつけていた。
憎しみや怒りの感情もあるのかもしれない。だが傍らに座っていたアシュヴィンが彼女から強く感じたのは、何よりも圧倒的な「悲しみ」だった。
(エルスリード――君は――)
アシュヴィンの頭に渦巻く思考をよそに、ヘンリ=ドルマンの閉会の宣言は告げられた。
「これを以て会議の閉会とする。
レエティエムの結成に向け、各国におかれてはお伝えしたとおり、統制と各種訓練に務められたい。出立日時は本日より一ヶ月後、出立場所はノスティラス皇国デネヴ統候領ディアリバー港である。
それでは、解散――。ハルメニア大陸に、光あらんことを――」