第十二話 史上最悪の大罪(Ⅱ)
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「……!!! そんな……」
アシュヴィンは声を絞りだすのがやっとで、話を黙って聞いているヨシュアも、身体が震えていた。
クリシュナルが記憶を失っていたことで謎に包まれていた過去。まだ話の途中である現時点でも、ハルメニア大陸において辿ったそれに通ずる悲劇でしかなかった。
ある程度の想像はついていたものの、人外の能力が引き起こす展開はたとえ場所が変わろうとも凄惨なものとなること、それもまだ自分の能力を把握していないがゆえの早い段階だからこそ起きる結果は衝撃的なものだった。
「のう?……どの時代、場所であろうとも同じであろ。異質なものはおのずと人々に怖れられ、軋轢をうむもの。この出来事までで終わっておれば、世の不幸な史実の一つとして扱われむしろ同情すべき話になっておったかもしれぬの。
だが、そうはならなかったのじゃ。この出来事は一体の悪魔を世に生み出す始まりでしかなカッタ」
「……」
「単独生き残り、ドラン高原に帰りついたクリシュナルは、一族の者達に事の顛末を語ってきかせた。
この中でまず奴は、己が過ちとはいえ仲間3人の命を奪った事実を隠ぺいし、全ての被害をアケロンの人体実験によるものとシタ」
「……!!」
「そして族長の立場も利し、仲間の復讐と外部の脅威への反抗を、一族へ強く説いた。
人体実験を経て判明した、今の自分たちの超人の力、不死身に近い能力をもって団結すれば、数万の部隊もたやすく皆殺しにできると。そう説き伏せた。
クリシュナルの『声』だけは自分一人にしかない特殊能力だと後で判明したのは誤算だったであろうが、この能力は、持つのが自分だけでも充分な強さ。そう考えたようだ。
一族に残っていたのは若者だけだったこともあり、戦は総意をえた。そして限られた時間内――能力の自己検証もかねて、集団戦法の錬成をおこなった。
一週後、ギルディ=デボネアでの事件を受け編成された――アケロン正規軍3万、がドラン高原に攻め寄せることとナッタ」
*
そうして始まった二度目の戦は、前回とはかけはなれた展開を見せることとなった。
サタナエル一族約100名はアケロンの平地側の険に最初から陣取り、身を伏せて敵を待ち構えた。
高所から、クリシュナルは敵の指揮官の位置をあらかじめ把握。
ぎりぎり数百mまで引き付けたところで、扇形の陣形で一気に攻め立てた。
陣に突出したクリシュナルは、全開での「声」の力を、続けざまに発動。
射程100m内の人間と馬をほぼ即死させる死の技は、数分で3000を超える屍の山を築き――。
数万の陣形を縦に、線状に割っていくという戦史上前例のない侵攻によって、瞬く間に中央にまで到達。
そしてそのまま、中央にいた軍指揮官もろとも、「声」で葬り去った。
後は簡単だった。統率を失い、未知の破壊兵器を目にして恐慌におちいった烏合の衆。何万いようが、それは羊の群れと何ら変わりがなかった。
超人の身体能力を持て余しうかれる、サタナエル一族の若者たち。彼らは生まれて初めて味わう他者の蹂躙と血の匂いに――酔いしれるように殺戮を重ねていった。
追い立てられた結果――3万の兵団はたった5千に減り、敗走・惨敗の憂き目をみた。
大勝利を収めたクリシュナルは、自身と同じく疲労のいっさいない仲間を扇動し、さらに南へ攻め寄せた。
この程度ではまだ足りない。自分たちへの恐怖を存分にアケロンの民に植え付け、逆らう芽を封じようと説いたのだ。そうして全員が全能感に突き動かされた異常な状態のまま進軍、勝利を重ね、ギルディ=デボネアを東わずか30kmに臨む鉱山都市ジェリコを陥落させた。
そして今度は城塞を占拠し、恐怖におびえる市民を支配し数か月間、居座った。
そこで数百年分を取り返すかのように、捕虜から情報を聞き出し、また異常な早さで読み書きを覚え、書物に目を通してレムゴールの文化や歴史を学んだ。
知識を得たクリシュナルの中に、今度は支配欲、が首をもたげていった。
ここで知った、凄まじいエネルギー内蔵量をほこる蒼魂石、数千万の民を擁する国家。これらを手に入れるため、彼女はギルディ=デボネアを陥落させ、アケロン州王の地位につくことを目論んだのだ。
しかしアケロンも、ここまで一族の侵攻をただ指をくわえて傍観していたわけではなかった。
元々、武と魔導に長ける大陸有数の血筋に加え、州王直属の戦闘者集団“騎士”を擁する強国。
シエラ=バルディとの攻防戦の最中だったため、時間は要したが――。
数度の戦闘から得た敵の戦力を分析し、対抗するに十分な戦力と準備を重ねていたのだ。
そして攻め寄せたサタナエル一族に対し、当時の王弟エミール・ラシャヴォラクに率いられた“騎士”20名が対抗した。
エミールは、当時の大陸で最強と言われた魔導剣士であり戦闘者だった。彼の元で力をふるった“騎士”たちも並みいる戦士、魔導士、法力使い達であり、歴戦の勇者だった。
初めて出逢う、自分たちより少数の敵軍。これに戸惑いながらも戦闘を開始したクリシュナルらは、すぐに敵との圧倒的な差を思い知らされることとなった。
身体能力で押し切れない相手ならば、即ち実戦経験の差がものをいう。
まず「声」の届かない射程外から魔導矢とボルトの射撃で、クリシュナルの喉と肺を狙撃しこれを封じた。
命は拾ったものの、最大の武器を失った一族はここで戦の主導権を奪われた。
人数では勝り善戦はしたものの、戦闘者としては赤子同然の一族若者らは、自分たちに近い身体能力と圧倒的戦歴をほこるエミールらに成すすべなく敗北。
頸椎と心臓が弱点と知られている今、その不利も覆せずに命を奪われていった。
しかしそれでも尚、クリシュナルの身体能力と戦闘センスは群を抜き、エミールらの想像を超えた天才であった。
一対多の状況の中、負傷しながら一歩も引かない抵抗を見せ、“騎士”の2名が討ち取られた。
そして呼吸器をある程度再生した彼女は、その時点で最大の「声」を発動し、“騎士”側の被害と大きなスキを作り出し――。
生き残った仲間40名ほどを率い、全力で南に向かい逃走していった。
その後数週間、追手を逃れ続けたクリシュナルらは、途中の都市で強奪を繰り返しながら、アケロン南端のヌイーゼン山脈に辿り着いた。
この場所へは――。決して闇雲に流れ着いたわけでは、なかった。
クリシュナルには明確な目的があった。
ジェリコ占領中に得た知識の中にあったそれは、山脈の“監視者”についての伝承。
支配の夢やぶれた彼女は、己と一族の生存を目的に、再びアケロンの民に恐怖を植え付けようとしていたのだ。
それも、これまでと比較にならない規模をもった、愚挙としかいえない現象の発動を狙っていたのだ。
これを阻止するため、エミールと“騎士”に加え、説得を受けた近隣国、アンカルフェル州の戦闘者も加わった戦団が山脈に分け入った。
彼らのような魔力強者が侵入することは“監視者”を起こすリスクを上昇させるが、災厄を起こそうとしている張本人を何としても殺害せねばならないからだ。
ここで後世に語りつがれる血生臭い戦闘が繰り広げられ、エミールと数人の騎士は、山脈内――。つまりは“監視者”の体内奥深くへついにクリシュナルを追いつめた。
このときただ一人生き残った騎士の証言によれば――クリシュナルは確信をもったかのように邪悪な笑みを浮かべ、広大な天蓋へ向けて全力の声を放った、という。
これを引き金に、大災厄はついに最大限の解放の憂き目を見、“監視者”はヌイーゼン山脈を鳴動させて「上体」を完全に山脈から這い上がらせた。
この大規模の山脈崩壊により、クリシュナル、エミールは行方不明となった。
そしてついに、語るも悍ましい大破壊と大殺戮が、レムゴール大陸を襲った。
神代級の巨体から放たれる「音波」と、数十kmにおよぶ「腕」による破壊。
ドラギアをはじめ、当時アケロンとアンカルフェルの南部に存在したいくつもの大都市が文字通り地上から消し飛ぶ壊滅の憂き目をみた。
多くの死者は、訳も分からず天から訪れた災厄に一瞬で命を奪われ、苦しみを味わうこともなかったであろうが、災害の境界線にいた生存者は、これまで寝食をともにした家族と家と町が消滅し、代わって赤黒くえぐられた大地が広がる光景を目にし、精神に異常をきたすこととなった。「腕」による直接の被害をまぬがれた彼らも、その大部分は「音波」の影響によりさらに死者を増やすこととなった。
数時間に及んだ死の破壊は、やがて駆け付けた“不死者”による“監視者”の沈静によって停止。
ギルディ=デボネアまで届く大轟音をたてて山脈内に戻っていった“監視者”の退場をもって終結したのだった。
その死者数は――。
現在までの調査によれば、およそ700万人。
事後の負傷者の死、多数の孤児を生んだことでさらにこれを増やした。アケロンの中では全人口の1/3にあたる被害であり、国家の存亡を揺るがす巨大災害となった。
白昼を襲った真の悪夢。嘆きの叫びと子供の泣き声が地上を埋め尽くしたこの日。
この巨大災害は、後世をして、こう呼ばれることとなった。
“史上最悪の大罪”と。




